午後2時からのオープニングトークの時には、200人を超える人の輪ができた。講師は被爆者の家島昌志さん(右端)
10時から会場設営、展示構成が行われた。(株)フレームマンのスタッフ、写真弘社、ピースボートおりずるプロジェクト、「反核・写真運動」のメンバーたちで作業は行われた。
会場はどんどん出来上がっていく。
大きな横断幕も会場に張り出された。
午後0時40分、展示構成は終了。お疲れさまでした。
最後に作業を手伝ったスタッフで記念写真を撮った。みなさん、ありがとうございました~!♡☆
創立当時、1983年に制作した「反核・写真運動」のポスター。写真・サインはW・ユージン・スミス デザイン:粟津瀞 という豪華なメンバーの協力で制作された。評判がよくほしいという希望者がこの日だけでも5人、大きな写真展のポスターの希望者もいた。
オープンして20分も経たないうちに会場はほぼ満員状態となった。勉誠社から出版された『決定版 広島原爆写真集』、『決定版 長崎原爆写真集』も多数の注文があった。
「反核・写真運動」創立期からのメンバーで、同運動の運営委員の山口勝廣さんも大病を押して来てくれた。右は事務局の眞月美雨さん。
写真展の感想など書けるテーブル。
主催者を代表して事務局長を務めている僕があいさつをした。運動の意義や歴史、写真を撮った人たちの熱い思いなどを語った。
オープニングトークの講師、家島昌志さんは、自身が広島で被爆した状況や昨年のノーベル平和賞授賞式ためにノルウェー・オセロに参加した時の感想など語った。
被団協代表委員の家島さんは、予定時間を15分程オーバーするほど熱のこもったお話だった。
最後に参加していた元総理大臣の鳩山由紀夫さんから「核の無い平和な世界を築くのは、政治家任せだけでなく、我々一人ひとりの責任でもある・・・」と訴えがあった。
この日、会場で長崎新聞(右)の取材を受けた。中国新聞、東京新聞も取材に来ていた。
ファションデザイナーでオリジナルブランドの制作を手掛ける橋本真智子さんと。
