
立秋などは等の昔に過ぎたのに、毎日が酷暑、極暑の日々・・・。家の前の畑のスイカは暑さと降水量の少なさにほぼ全滅。みな割れてしまったのだ。(8月下旬の午後4時過ぎ)

僕と同じ歳の隣人は、サラリーマンを辞めてから農家に前の土地を借りて農業はじめた。最近は本格的な農民になりつつある。暑さが少しは収まった夕暮れ時に畑に出て作業をしていた。(8月下旬)

8月17日、東京芸術劇場で開かれている第38回日本海洋画展へ行った。今後、8月28日~9月3日まで、兵庫県民会館アートギャラリー。9月14日~19日まで、福岡アジア美術館において巡回展が行われる。 現代日本画壇の海洋画を一堂に集めた見ごたえある絵画展です。ぜひご覧ください(無料)

スタッフと記念写真~!♡☆ 毎年発行している全作品が納められた画集(目録)撮影を僕が担当している。

日本海洋画展とマリナーズ・アイ展の事務局を担当している飯田さん(左)と写真家の眞月美雨さん。

8月18日、皆川靖写真展「房総逍遥 Ⅱ 安房・上総丘陵の四季風光」(ポートレートギャラリー/8月17日~23日)を見る。写真展DMと同時出版した同名の写真集(日本写真企画刊・3300円 税込)。皆川さんは千葉県を中心に写真活動をしている。現在、千葉県写真美術会副会長など。

近所の居酒屋でブラリと呑む。大学院生のHさんと芝居や表現について語り合う・・・。
写真家・眞月美雨さんとは、9月28日から10月4日まで新宿御苑前のアイデムフォトギャラリー・シリウスで開かれる、「風」創立15周年記念展に出品する作品などの事など語り合った・・・。
少々ご機嫌な僕でした・・・。近年は呑むと直ぐに眠たくなるので、あまり外では呑まない・・・。

こんなことが実際にあるのか、というぐらい偶然の再会であった。この日、僕は創業70周年となる池袋の沖縄料理の店・みやらびへ久しぶりに顔を出した。友人の画家・美崎大洋さんを誘ったが生憎、体調が悪いらしく断られたので独りで店に入った。珍しく混んでいたのでカウンターへ腰かけてオリオンビールを呑み始めた。そこへ店の幸ちゃんが電話を持って、いま、重松さんから電話でこれから沖縄そばを食べにくるという。しかし、この日は汁が一切なく、麺類は出来ませんと伝えたという。重松さんは諦めて電話を切ろうとしたときに、いま写真家の小松さんが来ましたと告げると、えっ小松さん、懐かしいからちょと顔を出す。と言うのだ。(左から重松さん、琉球舞踊家の陽子さん、僕)

あの忙しい売れっ子作家の重松清さんが、来ないでしょうと半信半疑でいると5分足らずで本当に顔を出したのである。銀座にこれから呑みに行くのでほんのちょとだけですと言ってまずは12年ぶりとなる再会に乾杯をした。東日本大震災直後の2011年7月25日、新潮社から刊行された『宮澤賢治 雨ニモマケズという祈り』のサハリン・ウラジオストック取材やそのあとの打ち上げ以来だったのである。重松さんと陽子ネェネェ~。


2年前までは沖縄藝術大学で、島唄や三線などを学んでいた美海ちゃん。みやらびの女将となるべく、いま修業中。功子現3代目女将の孫にあたるのだ。重松さん、何卒ごひいきに・・・。
左から功子女将、重松さん、陽子ネェネェ~、そして僕・・・。展示された写真は、この店の2代目女将の夫だった写真家・石川文洋さんの作品。右から2点目は僕の作品。功子さんの舞台をを撮影したものだ。もうかれこれ40数年通っている店だ。
みやらびには、昭和の文壇作家をはじめ、画家、俳優など文化人が揮毫した色紙が100枚以上ある。飾ってあるのはその一部だ。佐藤春夫、檀一雄、新田次郎、山下清、山田五十鈴などなど。基本的には鬼籍入った方々を展示しているが、特例に重松さんの色紙は飾ってある。ファンが多いそうだ。
サハリン取材は毎日が愉快だったと思い出話は弾んだ。毎夜、毎夜呑み歩いた。同行した編集者も呼んで会をやろうと盛り上がったのだ。12年も会っていなかったとは思えなかった。僕の母が亡くなったことをはじめ、近況など詳しく知っているのに驚いていると、僕のブログに目を通しているという。「えっ!!」と声をあげると「僕は小松さんのブログを世界で一番読んでいる読者だと思うよ・・・」と言うのだ。僕はとてもうれしかった。書いてきてよかったと思った。まもなく初めて2500回になるが、時々何のためにこんなことをしているのか、と疑問におもったこともあった。でも、重松さんの一言でこれからも続けていこうと決意をしたのである・・・。 合掌

家の前の駐車場から夏雲を望む(2023年8月15日)。