写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

文学の最近のブログ記事

 

s-IMG_4650.jpg

10月25日の句会は、2か月ぶりの体面によるリアル句会であった。講師である中原道夫さんが出席しない句会は、コロナ禍の時通りオンライン句会でおこない、講師が参加するときには、以前の通り新橋で句会をするとことに、この夏からなった。参加者は投句のみの人とも含めて13人だった。

s-IMG_4657.jpg

俳人・「銀化」主宰の中原道夫さん。「一滴」句会の講師を頼んでからもう10年ほどになる。投句を一つ一つ絶妙な語り口で講評していく。この日の朝、新潟から来たと言う。超忙しい俳人である。

<小松風写 句>

ウクライナ戦地の釣瓶落としかな (入選・2点)  うそ寒やユーミンの曲つけしまま (3点)      メルカリや歓喜不平の虫の音  (2点)

◆相変わらずの駄句ぞろいでお恥ずかしい限りではあるが、一応記録として記しておく。

s-IMG_4659.jpg

突出し

s-IMG_4661.jpg

 

s-IMG_4666.jpg

この料理は、僕らが頼んだのではありませんので・・・。隣の席の人たち、ちょと撮らしてもらったのである。ごめんなさい~!

s-IMG_4665.jpg

会場近くのよく行く小料理屋で、希望者8人が参加して懇親会をした。記念写真を撮る前に元アサヒカメラ編集長の岩田溢平さんが用事で帰った。右から会代表の板見耕人さん、4人目が中原道夫さん、僕の隣がこの日入会した大村社会さん。以前、僕が同人をしていた「獐」の会員だった。

s-IMG_4669.jpg

 

s-IMG_4672.jpg

一次会が終わったあと、中原先生と3人でもう一軒ということで駅前のバーに入った。最寄り駅に着いたらまだ9時過ぎだったので、いつもの鮨屋で軽くつまんで帰宅した。この日は珍しく三軒のハシゴ酒だった。家に帰ってから寝酒をしたのは言うまでもない・・・。

 

s-_DSC8781.jpg

神戸市元町南京街の夜。隣の長田区の山陽電機鉄道本社ビル前には椎名麟三の文学碑がある。椎名はかって山陽電鉄に勤めていた。その時の体験が代表作『美しい女』を生んでいる。碑文には「考えてみれば人間の自由が僕の一生の課題であるらしい」と刻まれている。

s-_DSC8928.jpg

神戸を代表する風景のひとつ日本三大中華街(南京街)

s-_DSC8837.jpg

神戸港

s-IMG_4296.jpg

神戸港・メリケンパーク。阪神淡路大震災の遺構として一部が遺してある。

s-_DSC8934.jpg

黄昏る播州平野・姫路市街。山陽新幹線が走り抜ける

s-_DSC8990.jpg

民族学者の柳田國男は兵庫県神崎郡福崎町西田原に1875(明治8)年に生まれる。柳田が「私の家は日本一小さい」と言った生家。県指定重要文化財として1972(昭和47)年に指定されて西田原に現存している。

s-_DSC8992.jpg

家は間口5間、奥行き4間。土間、3畳間と4畳半の座敷、4畳半の納戸、3畳の台所という「田の字型」民家。日本民家の原初形態、江戸期の農家の代表的な形態である。

s-_DSC9031.jpg

河童の河太郎と河次郎の物語が語り継がれている柳田國男の生家前の池。

s-IMG_4415.jpg

柳田國男と松岡家記念館。松岡家の5兄弟を顕彰した記念館の一室。6男の柳田をはじめ、それぞれの兄弟が各分野で活躍し英才であった。

s-_DSC9093.jpg

『古寺巡礼』や『風土』などの著書で知られる哲学者・和辻哲郎は1989(明治22)年に兵庫県神崎郡砥堀村仁豊野の医家の次男として生まれた。幼少期の頃、和辻が村の子どもたちとよく遊んだ市川の流れ。左側の山は甲山。

s-_DSC9133.jpg

作家の椎名麟三は、兵庫県飾磨郡曾左村之内書写村に1911(大正元)年に生まれた。現在の姫路市書写東坂。西国三十三霊場の第二十七番札所・園教寺が山腹にある書写山の山麓の村であった。園教寺の摩尼殿へ向かう塀。

s-_DSC9182.jpg

樹齢約700年の巨大杉。樹高35m、幹回り8.4mほどある御神木と参道。

s-_DSC9211.jpg

室町時代に創建された食堂(じきどう)。現在は1階は写経道場となっている。国指定重要文化財。

s-_DSC9214.jpg

室町中期に創建された大講堂。園教寺の本堂にあたる。本尊の釈迦三尊像が安置されている。国指定重要文化財。

s-_DSC9229.jpg

庭の左側に常行堂があり、三つの堂がコの字型になっている。それぞれが国指定重要文化財である。

s-_DSC9224.jpg

大講堂の正面。この地はトムクルーズが主演した映画「ラストサムライ」や「関ケ原」、大河ドラマ「軍司官兵衛」などをはじめ多くの映画・ドラマのロケ地となっている場所でもある。

s-_DSC9239.jpg

うっそうとした樹木に覆われる参道。

s-_DSC9246.jpg

崖側の参道からの眺め。

s-_DSC9265.jpg

岩山の中腹に建つ舞台造りの摩尼殿から。京都の清水寺と同じ造りだ。国指定重要文化財。

s-_DSC9267.jpg

書写山園教寺の境内にある椎名麟三文学碑。この地に生まれ、深く故郷を愛したことによるもの。書は親交のあった岡本太郎による。

s-_DSC9275.jpg

書写山から山麓の書写東坂方面を望む。

 

s-IMG_3975.jpg

8月23日、新橋において第253回「一滴(しずく)句会」のリアル句会が3年ぶりに行われた。新型コロナウイルス感染拡大で、ここしばらくはネット上での句会だった。この間に創立同人だった人が亡くなったり、創立同人で会の中心的な人たちが病気などで退会したり、ずいぶんと様変わりしていた・・・。それでも俳人の中原道夫講師をふくめて11人が参加し、投句だけの参加は2人、合わせて13人だった。 以下の僕の2句が中原道夫選の入選句として選ばれた。

・泡盛干す二〇二二年五月十五日  風写    ・パナマ帽被る沖縄復帰の日  風写

s-IMG_3981.jpg

句会終了後、有志8人で本当に久しぶりに呑み会へ繰り出した。最初に今年お亡くなりになった同人・豊田瑞穂さんを偲んで献杯をした・・・。

s-IMG_3977.jpg

以前にはよく通った魚が旨い新橋駅前の飲み屋街にある居酒屋へ行った。

s-IMG_3985.jpg

 

s-IMG_3988.jpg

俳句甲子園の審査で前日、松山から戻ったばかりの俳人・中原道夫さんと同人の片桐うららさん。

僕が「一滴」句会の選者としてお願いしてから、かれこれ10年以上が過ぎた。長い間、指導を仰いできたことになる。思い返せば俳人の伊丹三樹彦さんからはじまり、松井牧歌さん、正木ゆう子さん、池田澄子さんと引き継いできた。創立より代表としてこの会を牽引してきた岡井輝生さんもすでにいない・・・。 合掌

s-CIMG6323 (1).jpg

記念文学館のロビー。

s-IMG_1867.jpgs-IMG_1869 (1).jpg

写真展のチラシの表裏。

s-CIMG6336 (1).jpg

会場風景。日本中の名詩ゆかりの地を10数年にわたり訪ね、詩人の鋭い眼と感性で切り撮った写真と紀行文が展示されている。また実際に伊藤さんが使用したカメラ、撮影したネガフィルムなども展示してあり興味深い。

s-image1 (17).jpg

会場入り口のロビーに設けられた僕の著書コーナー。上下や縦横反対など上手く画像処理が出来なく見苦しくてすみません(写真は全て記念館の提供)。

s-image0 (18).jpg

s-image2 (5).jpg

s-image1 (19).jpg

2月5日(土)午後2時から、群馬県にも新型コロナウイルス感染の蔓延防止重点措置が発生されている中、僕の記念講演会が開かれた。参加者は殆んどいないだろうと思っていたが、60人を超える人が参加してくれた。遠く横浜から伊藤信吉さんの長子・憲吉さんとお孫さんにあたる娘さんも参加してくれてうれしかった。僕が手間が悪いので予定の時間を30分もオーバーしてしまい失礼した。でも最後まで一人も席を立たずに聞いてくれたことには深く感謝したい・・・。 合掌

s-image0 (19).jpg

◆小松健一講演「写真家の心 詩人の眼ー伊藤信吉さんのこと」がYouTubeで見られます。https://tsuluos.jp/single.cgi?id=2456 か「群馬県立土屋文明記念館 小松健一」でも直ぐに出てきます。伊藤さんとの出会いや思いでの他に、ヒマラヤ、沖縄で撮影した作品とその時のエピソードなども語っています。約2時間。ぜひ、ご覧ください~!♡☆

s-image2 (7).jpg

当日、出席予約をしていたにも係わらず、多くの方々がコロナ禍のなかで参加出来なかった。その人たちのためにもと館の計らいでYouTubeで放映することになった。ぜひ、見てください。話はダラダラですが、内容は面白いですよ。画像も信吉さんの故郷・上州をはじめヒマラヤなどたくさん見ることができます・・・。

s-IMG_1864.jpg

同展覧会の図録・パンフレット(A4サイズ26ページ)の表紙と本文ページを紹介。詩人であり評論家の伊藤信吉を知るうえで興味深い内容にまとめられている。

s-IMG_1862.jpg

s-IMG_1860.jpg

伊藤さんの撮影した写真の一部。、彼は生前に新宿などで何度か写真展を開催している。僕によく「写真家の濱谷浩さんが、伊藤さんの写真は良いよと褒めてくれてね・・・」とうれしそうに言っていた。僕との約束は、伊藤さんの撮影したネガを見直し、新たに写真展を開くこと。もう一つは二人で樺太(現サハリン)に撮影取材に行くことであった・・・。

s-IMG_1867.jpg

同写真展のチラシの表・裏面。他にB全版のポスターもある。

s-IMG_1869 (1).jpg

s-IMG_1870 (1).jpg

伊藤さんは、1906(明治39)年生まれ。亡くなったのが96歳なので、現在ご存命だとすれば116歳となる。考えてみると僕とは47歳離れていることになる。そんな僕が20代の頃から付き合ってくれたのだから、信じられない・・・。

伊藤さんの周りには、萩原朔太郎、高村光太郎、室生犀星、草野心平、小林多喜二、中野重治、堀辰雄、島崎藤村、三好達治、小林秀雄、川端康成、亀井勝一郎、柳田国男、宮本百合子などなど昭和文壇を彩った作家たちが綺羅星のようにいたのだから。同郷のよしみと言うことだけで、僕みたいな青二才と40年余りをお付き合いしてくれたのだから改めて感謝したい。 

会えば文学の話や写真の話、時には酒席に場を移して。カラオケや鮨屋にも連れて行ってもらった。また、僕の赤坂プリンスホテルでの出版記念パーティにも参加してくれた。だからこの講演の話が同館からあった時には、二つ返事で引き受けた。伊藤さんに少しでも恩返しをすることが出来ればと思ったのである・・・。   合掌

s-IMG_1876.jpg

僕が主宰する写真研究塾「風」の元同人であり、第10回飯田市藤本四八写真賞の受賞者である名古屋市在住の写真家・平元盛親君が、年始代わりに送って来てくれた書画である。本人にも許可を得てここに紹介する。彼は写真はもちろんだが、近年はこうした画と書を組み合わせた作品を精力的に描いている。僕もSNS上で数点の作品を見てその感性に驚いたことがあった。すぐさまその感想を平元君に電話で告げると、毎日毎日、約10作品程度は書き続けているという精進ぶりであった・・・。

それにしても来年は古希を迎える我身にせよ、ずいぶんと歳を重ねたものだとつくづく平元君が描いてくれたこの画を見て思った。普段ほとんど鏡など見ない生活だから自分の顔立ちなど気にしたことは無い。何となく昔のままだと勝手に思い込んでいるのだ。しかし、目の下の隈、シミ、小皺など確実に老けているのである。気持ちだけは30代と思い込んではいるものの、やはり来る歳波には抗えそうもないと平元画伯の絵画をみてつくづくと悟った次第。 ありがとうね・・・。 合掌

 

s-IMG_1180.jpg

JR新前橋駅の線路。上越線、両毛線、吾妻線などが通っている。この駅の高架橋からは、東に赤城山、西に榛名山と上州を代表するパノラマが広がって見える。

s-R0000645.jpg

三男の弟、小松勝三とノイエス朝日の新しく責任者となった橋本さん。2022年6月~7月に開催する僕の個展について打ち合わせもした。

s-R0000648.jpg

書家であり詩人の住谷さんがこの作品は、「僕の人生、生き方そのものだ」と言った・・・。

s-R0000653.jpg

右が作者の住谷夢幻さん。左が上毛新聞社元編集局次長、論説室論説委員長の小林忍さん。僕とも十数年来の付き合いだ

s-R0000650.jpg

s-R0000654.jpg

僕と住谷さん(中央)とは、40年来の友人だ。一緒にヒマラヤ・ネパールに旅したことも、上州をテーマに二人展をしたこともある。右は、弟の小松勝三。この日、忙しいにわざわざ来てくれた。

s-IMG_1190.jpg

高崎にある群馬県立土屋文明記念文学館の前庭、正面に土屋文明の「青き上に榛名を永久の幻に出でて帰らぬ我のみにあらじ」と刻んだ歌碑がある。

s-IMG_1192.jpg

文学館の正面入口。

s-R0000657.jpg

群馬県立土屋文明記念文学館の学芸員と学芸担当の人たち。来年2月に記念講演を依頼された僕との打ち合わせに参加した。

s-R0000660.jpg

講演内容について細かい打ち合わせが終わり、記念写真~!☆ お疲れさまでした。

s-_DSC8173.jpg

大館市内を貫流する長木川にかかる大館橋から白神山地に連なる鳳凰山の山並みを望む。

s-_DSC7959.jpg

歌人で作家の江口喚(本当のカンは口編でなくサンズイ)の揮毫。1957年(昭和32)年7月に下川沿駅のプラットホームに建立された。僕は30数年前に青森からの帰りにこの碑を見に立ち寄った。現在は碑は駅前広場に移築されている。

s-_DSC7966.jpg

s-_DSC7989.jpg

小林多喜二の生家跡。多喜二は1903(明治36)年10月13日、秋田県北秋田郡下川沿村川口字長里に生まれた。実家は羽州街道沿いで旅籠屋など営みながら農業をしていた。

s-_DSC8001.jpg

s-_DSC8010.jpg

中世の城館があった八幡神社(川口神社)。社の周りには空堀の跡がいまもある。多喜二の生家から近く、子どもの頃よく遊んだと言う。

s-_DSC8096.jpg

母セキの生誕の地は、大館市釈迦内字釈迦内91番地にあった。蕎麦屋だったという。この地からセキ13歳の時に、2里ほど離れた川口村の小林家へ嫁いだ。その日は、吹雪舞うその冬一番の寒い日だった。セキは馬橇に乗ってリンリンと鈴御鳴らしながら、新郎の末松が待つ川口へ急いだのだった・・・。

s-_DSC8167.jpg

s-_DSC8187.jpg

s-_DSC8217.jpg

大館市釈迦内字獅子ケ森にある大館郷土博物館の庭にある小林多喜二文学碑。

s-_DSC8230.jpg

s-_DSC8192.jpg

大館駅前のホテルから見た落日。

s-_DSC7906.jpg

s-_DSC7910.jpg

s-IMG_0181 (1).jpg

看板に偽りなし・・・。歯ごたえがあり美味だった。2杯頼んだ。

s-_DSC7914.jpg

s-_DSC7916.jpg

秋田駅前周辺の飲み屋。

s-IMG_0232.jpg

大館は忠犬ハチ公の生家があり、生まれた土地。市内にはハチ公通りやハチ公の像、秋田犬の里ミュージアムなどがある。

s-IMG_0241 (1).jpg

s-IMG_0246.jpg

秋田駅の改札前広場にある大きな男鹿半島のなまはげの面の前で。秋田はどこに行っても秋田犬となまはげだらけだ・・・。

s-SDIM0472.jpg

3日前に約1年ぶりの沖縄取材から戻った。6月の沖縄慰霊の日をはさんで2週間ほど取材を組んでいたのだが、コロナ禍の中で中止せざるを得なかった。今回も2か月以上前から予定をし、エアチケットやホテルなど予約を済ませていたので、思い切って実施したのである。島に滞在中に体調を崩し、思うような取材は出来なかったが、写真報告などは今後にしたい。とりあえず何とか無事に帰れたことをご報告します。

s-SDIM0468.jpg

上が朝日新聞の記事。下が沖縄タイムスの記事です。朝日のコラム記事は僕が執筆したが、タイムスの方は、この欄の月曜日担当の・阿部岳編集委員が書いた。彼とは沖縄滞在中にも那覇で会った。20数年来のジャナ―リスト仲間でもある。

朝日新聞の「俳壇・歌壇」欄のこのコラムは俳人、歌人以外はほとんど執筆しないと聞いていたので、依頼のあった担当記者に「僕みたいな門外漢でいいのか・・・」と聞いたら、よろしい。何を書いても結構ですとのこと。但し、自分の俳句ではない、3句以上の俳句を紹介するのが条件だと言う。それでせっかくだから写真家の先輩たちの句を紹介したのである。土門拳、秋山庄太郎、岩宮武二の各氏の句だ。ぜひ、読んで見てください・・・。

s-SDIM6889.jpg

搬入・飾り付けを前に、ギャラリーのある銀座2丁目界隈に鎮座する朝日稲荷様を参拝した。稲荷寿司と海苔巻寿司を奉納して写真展の成功を祈願する眞月美雨さん・・・。

s-SDIM6892.jpg

s-SDIM6894.jpg

s-SDIM6900.jpg

s-SDIM6897.jpg

ユニクロで出品・販売している美雨さんのオリジナルTシャツを着て飾り付け作業をする。

s-SDIM6901.jpg

s-SDIM6904.jpg

s-SDIM6910.jpg

澁井誠専務(右から3人目)をはじめ、飾り付けの作業に来てくれた(株)写真弘社のスタッフ。

s-SDIM6912.jpg

s-IMG_1573.jpg

展示されている46点の全てのゼラチンシルバープリントの制作を手掛けた穴吹幸平さん(右端)。

s-IMG_1578 (1).jpg

 s-SDIM6915.jpg

s-SDIM6921.jpg

s-SDIM6913.jpg

全てが終わったのは午後8時前。遅い夕食を兼ね近くの居酒屋で乾杯をした。初日の夜に行われる写真研究塾「風」、写真集団「上福岡」のメンバーたちによる身内のささやかな「祝う会」の予約も済ませた・・・。

写真家の木村恵一さん、藤森武さん、鈴木一雄さん、ジャーナリストの新藤健一さん、名古屋在住の写真家・森田雅章さん、音楽家で映画監督でもある金大偉さんなど著名な写真家たちのみなさんが来場すると連絡がきているという。コロナ禍のなか、ありがたいことだと思う・・・。 合掌

s-SDIM6837.jpg

『写真家の心 詩人の眼』の表紙と裏表紙。帯の表裏。A5版サイズ、上製本、280ページ。写真掲載44点。定価:2500円(+税) 装幀:宗利淳一

s-SDIM6844.jpg

s-SDIM6845.jpg

https://dot.asahi.com/dot/photoarticle/2020082400016.html

☆上記のアドレスをクリックするとアサヒカメラ(電子版)の8月25日付の最新版の記事が見れます。僕とは35年以上前に会っているベテラン編集部員の米倉昭仁さんが、2時間を超えるインタビューをした熱い思いを書いています。写真も本文中に掲載された写真を4点使用しています。ぜひに多くの友人、知人、写真仲間のみなさんに声をかけていただければ幸いです・・・ 合掌

 

このウェブサイトの写真作品、文章などの著作権は小松健一に帰属します。無断使用は一切禁止します。