写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

日記の最近のブログ記事

 

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5月7日、神田にある山岸スタジオにて「四天展」の4回目の打ち合わせをした。この日は写真展オープンに向けて最後の打ち合わせとなっているので、話すべきことは山済みだった。

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図録の編集出版を依頼していた「フォトコン」の編集長・藤森邦晃さんが出来立ての表紙などの色校を持ってきた。いい上がりにみな満足。モデル:山岸伸さん

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格調が高く、紙質もピッタリ。内容はそれぞれが8ページで作品と文章で組んでいる。表紙を入れると合計36ページ(オールカラー)のB5版の本となる。写真展会場で特別販売をする。 予定価格:2、000円(10%税込)ぜひ、お買い求めください~!♡☆

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「四天展」のDM。6月4日は午後1時から林義勝、小松健一、鈴木一雄、山岸伸の順でギャラリートーク。それぞれの作品について熱く語る。その後4時から5時は、写真界の中では”無頼派”の4人が、一体何を語るのか、お楽しみに・・・。 (四天展の揮毫は僕でした)

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同世代のジャンルのことなる写真家、みな一家言を持っているので、何か一つ決めるのも喧々諤々。でも何とか3時間かけて決めるべき内容は一応収まった。(4人の集合写真は、近井さん撮影)

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3時間超える話し合いは、さすがに喉も乾き、腹も空いたので近所の山岸さん常連の中華屋さんへ。僕も何度か来ているがここの餃子は旨い。そして美しい。自家製のタレでいただく。

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夕食に来た助手の近井さんも一緒に入って記念写真。近井さんは「四天展」の何つたってアイドルだ~!♡♡

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師匠の山岸さんに頼まれて僕らの写真を撮る近井さん。

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店の社長が近づいてきた神田明神御祭りの幟を広げた。

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5月2日、上福岡西公民館において3月の第42回「写真集団・上福岡」写真展以来、2カ月ぶりの例会が開かれた。

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大量の作品で1回ではテーブルに並びきれずに2回に分けたほど作品数が多かった。右手前の原さんが見学に来ていたが会が終わると同時に入会を決意された。3月の写真展を見て「レベルが高いグループだと興味を持った」とのこと。

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会が終わったあと、次回から例会会場となる場所をみんなで見に行った。そして新入会員の原さん(左手前から2人目)を囲んで乾杯をした。

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やはり新しい写真の仲間が増えることはうれしい。会に活気が生まれるからだ。 原さん、入会おめでとう~!そして愉快に写真創作活動をしていきましょう~!!

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家の前の畑が突然、クローバーなどの花々が一面に咲き始めた。昨年まではただ黒土が広がっていただけだったのに。誰か種でも撒いたのかな・・・

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風の日は、砂埃舞う畑だったから、しろつめ草がありがたいと思ったし、緑が広がっていると心も眼も癒される。今度、童心に帰って四葉のクローバーでも探してみようかしら・・・。

 

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同世代のまったくジャンルが異なる写真家4人が昨年暮れに集まり意気投合して、作品展や刊行物など発表し、新たな挑戦をしょう。そして写真の内界に新風を送り、写真家の後輩たちに何かバトンを渡せればという想いで活動を開始した。その第1回目として実現したのが今回の企画である。

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会場は写真ギャラリーでなく、銀座にある老舗画廊として知られる吉井画廊。写真について造詣が深い吉井篤志社長のご理解もあって実現した。それぞれのスペースを各自が好きな作品で展示する。サイズや額も自由だ。唯一、共通しているのは作品として販売することに重きを置くと言うことである。

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6月4日(水)午後1時からは、4人がそれぞれギャラリートークをおこなう。そして4時からは4人全員で対談式のトークをする。僕を除いては、個性の強いメンバーが一堂に集い写真について論議をする機会はそうはないであろう。はたしてどんな話が展開されるのであろうか。いまから楽しみではある。また、同名の図録(日本写真企画編、B5判、36ページ)も同時に発行され、会場で特別販売する。四人の作者の思いのこもった代表作品と文章が掲載されている。ご期待ください~!!

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引き続き6月16日(月)~21日(土)まで開催される小松健一作品展「遙かなる チリ 1989」のDM(D:塩崎亨)。僕の若い時代に、南米チリで19年間続いた軍事独裁政権を「紙と鉛筆の革命」によって打ち破ったチリの民衆と南北約4.000㎞を走破した記録である。36年の歳月を経て蘇った・・・。  その後、6月23日~28日まで林義勝作品展「讃歌 NIPPON」が開催される。

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期間中の6月16日(月)、18日(木)の15:00~16:00にギャラリートークを行う。自由参加・無料ですのでお時間がある方はぜひ、お越しください。あんまり知られていない南米チリの話をたっぷりとします。また作品集『遙かなる チリ 1989』(東京印書館刊・A4版変形・定価:2900円・10%税込)も同時刊行されます。僕がフリーの写真家になりたての頃の熱情がワンショト、ワンショトにほとばしっています~!!ご期待ください。

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撮影:近井沙紀(山岸伸スタジオ)

「四天展」などの宣伝物に活用するために山岸さんの計らいで4人のプロフィールを撮影してくれた。撮影はベテラン助手だがまだ若い近井さん。師匠にすれば、可愛い弟子に強面のオジサン写真家を撮らせることで自信をつけさせたいという思いがあったのだろう。それがこの写真、僕は歳のせいか少しニャけた表情になっているが、これはリアルなのだから仕方あるまい。他の3人はキリっと写っていた・・・。高知新聞が僕の顔写真を小さく載せたいというので、何枚か送ったら、この近井さんの撮った写真を使いたいと言ってきたけどもいいかしら~?

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先日、ず~と懸案になって僕の心に引っ掛かっていた叔母さんの遺骨を、足立区にある霊園にようやく引き取りに行けた。急遽息子が車で乗せて来てくれたので助かった。遺骨を抱いてどう私鉄や地下鉄を乗り継いでこようかしらと悩んでいたのだ。これで無事に叔母さんが願っていた父母や兄弟の入っているお墓に一緒に入ることができる。今月10日に上州の墓に納骨することになった。こちらからは倅の家族と僕、上州では2人の弟夫婦が待っていてくれる。石屋さんにも手配をして墓碑銘には名を刻んでもらっていて当日には間に合う手はずだ。叔母さんよかったね・・・ 合掌

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帰宅して、近所の居酒屋で初鰹のたたきでお清めをした。

 

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長年アイヌ民族を撮り続ける友人・宇井さんの写真展へ行った。赤羽という写真展会場としては余り聞かない土地だが、青猫書房という絵本を中心にした書店の奥のギャラリーでの展覧会だった。同名の著書の中からの選んだ作品展で個人周りとしているが、春の野花が咲く中庭が大きく見えて、内容に会うホンノリとする写真展である。

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作品は大きくはないが、1つ1つこだわっている。それはオリジナル制作をした額にも見て取れた。宇井さんはほぼ毎日会場に詰めているという。作品に対する思い入れが感じられる。

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宇井さんは写真家・樋口健二さんの弟子として知られているが、実は僕も1974年から2年間、創立したばかりの「現代写真研究所」の本科1年で樋口さんから学び、2年からは竹内敏信さんが加わって2人に学んだのだ。3年目の研究科では英伸三さんに学んだ。その後、英伸三塾にも2年ほどお世話になった。つまり僕は宇井さんの兄弟子とは言わないまでも、同じ樋口門下であり、僕はその片隅にいる。いまでも樋口さんから時々元気な声で電話がかかってくる。「飯を食いにこ~い!!」が口癖なので、近いうちに一緒に樋口さんの家に行こうと宇井さんと約束をした。

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その足で千代田区一番町にあるJCIIフォトサロンの「林忠彦が見たアメリカ1955年」へ行った。林義勝さんは在廊していなかったが、じっくりと見させてもらった。

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写真家の眞月美雨さんも4時過ぎに来ていた。図録は事前に林義勝さんから送られてきていたので作品はしっかりと見ていた。林忠彦さん37歳の時の作品、勢いがある。これからの己の未来を照らす様なはつらつとした作品群だった。使用カメラはニコンSシリーズ、僕も1972年からの新聞社時代に愛用していたので、懐かしかった。家に帰ってからカメラケースの中から引っ張りに出して、久しぶりにシャツターを切ってみた。

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僕は林忠彦さんとはパーティなどで何度かご一緒したのみだ。僕の先生の一人である田村茂さんのことを「先輩元気かい~、よろしくね」と会う度に言われた。一緒に写真を撮ったこともある。写真家の山口勝廣さんが撮ってくれたのだが、いまだ写真は頂いていない・・・。

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JPSやJCIIの直ぐ近くにある中華料理店、もうかれこれ40年ほど通っている店に行った。この前は北海道の写真家・水越武さんが上京した時に一緒に行った。水越さんもこの店の味が好きなのである。麻婆豆腐、海老、イカ、ツブ貝炒めに、付け出しのザーサイ。

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酢豚と焼き餃子、これが旨い。

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写真家の眞月美雨さんもこの店が好きで、とくに麻婆豆腐が好物という。

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自家製の白菜キムチ、絶品だ。

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午後6時までだと甕出し紹興酒グラス一杯200円なのでついつい呑み過ぎた。料理も美味いし。お陰で帰りが大変だった。本当に久しぶりに頭がグルグルとなり酔っぱらってしまったのだ・・・。 要注意~!!

 

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本格的な夏日となった4月19日午後から、東京・秋葉原にある(株)写真弘社本社において「2025 被爆80年 広島・長崎原爆写真展」に向けた作業を行った。

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作業には僕の他に、運営委員の新藤健一さん、沖縄在住の写真家・出口信一さん(右)、と写真弘社の山口修二さんが協力してくれた。米国によって原爆投下されてから80年となる今展は昨年、ノーベル平和賞を受賞した被団協が協賛になってくれた他に、協力としてピースボートおりずるプロジェクト、(株)写真弘社、(株)勉誠社はじめ、沖縄の写真仲間たちがサポートしてくれることになっている。

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この日の作業は、200点以上ある写真の中から整理し広島50点、長崎50点を目安にセレクトすることだ。さらに新たに発見されてた写真などを加え、10年前の写真展には展示されてなかった写真を広島、長崎合わせて15点程選び、新しくプリントすることなど決めた。

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右端から事務局長の僕、運営委員でフォトジャーナリストの新藤さん、写真研究塾「風」同人で協同組合日本写真家ユニオン理事の出口さん。、撮影は山口さん。

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作業会場は、写真弘社をお借りした。感謝~!!新しくプリントが焼きあがったら広島、長崎とも展示の順番を決める。50枚強が収納でき、沖縄などにも送れる鞏固な箱を作ることにした。その他、チラシ、DM、宣伝、受付体制のことなど話し合った。

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原爆投下70年には、「広島・長崎原爆写真展」を東京・文京シビックセンターで開催した。そして『決定版 広島原爆写真集』、『決定版 長崎原爆写真集』(勉誠社刊・定価:2500)を刊行した。同写真集は翌年、日本ジャナ―リスト会議賞・JCJ賞を受賞、現在までに2冊とも4版まで行っている。写真は、2018年に「反核・写真運動」を訪問し、交流を深めたテキサス大学ブリスコーアメリカ歴史センター館長のドン・カートン博士(前列中央)をはじめ3人の代表団と「反核・写真運動」の役員たち。右端の人はタムロンの元副社長で同社のアメリカ法人の責任者のNさん。通訳など協力をしてくれた。原爆写真を掲げての記念写真を撮った(東京・千代田区のホテル)。 撮影:塩崎亨

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前列左からテキサス大学教授・ドン・カートン博士、「反核・写真運動」故・熊切圭介代表委員、江成常夫代表委員など。ポスターは「反核・写真運動」の草創期に制作したもの。写真と自筆サインは世界的な写真家・ユージン・スミス、デザインは日本を代表するグラフィックデザイナーの粟津潔さんだ。翌年の原爆投下75年の8月6日に米国テキサス大学出版局から『Flash of Light,Wall of Fire』の刊行、同大学での原爆写真のデジタルでの管理・閲覧などにつながったのである。

 

 

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家から5分ほどのこの桜の樹の下は、ぶどうぱん社主催の恒例の「櫻を観る会」を20年余り行ってきた場所だ。今年は諸般の事情で残念ながらお休みとした。また来春、「土佐風カツオの刺し身&タタキ」の大皿を楽しみにしていてくださいね。

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今年は、缶酎ハイと柿の種など持っての独り寂しい花見となった。 ところでカメラが重く感じるようになってからは、それまで生徒たちに「スマホで撮るな!写真家の魂がくさるぞ~!」などと宣っていた僕が、恥ずかしながら今やすっかりスマホのお世話になっている。今回の21点の写真全て僕の携帯電話で撮影したものだ。散り始めた新河岸川辺の櫻の一端をお楽しみくださいませ・・・

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最後の2点は、我が家の前の畑の夕暮れ。この畑でさまざまな野菜など農作物を作っていたお隣の奥様がお亡くなりになったことを昨日知った。いつも美味しい料理や野菜たくさん差し入れでいただき、感謝しています。なかでも僕が一番好きだったのは台湾ちまきでした。

安らかにお眠りください・・・  合掌

 

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3月28日、晴れなれど烈風ふきあれる上州の地を訪ねる。古い友人である岡田芳保(住谷夢幻)の大個展を観るためだ。88歳の米寿を過ぎたのに「何たるエネルギシュなのか、どこからこの創作への熱量は生れ出るのか」が展覧会を前にした僕の第一印象だった。

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このボリュームの作品を2回に分けて行った。約三週間にわたって。本人も「ようやく後、3日で終わるよ・・・」と安どの声をあげていた。さすがに連日会場に出て、接客するのには疲れたという。この日は地元紙、「上毛新聞」の文化部の記者の取材に応えていた。(正面が夢幻さん)

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共通の友人である陶芸家の高橋芳宣さんと待ち合わせをしていた。それにしても上州の空っ風は強い。外では電話は勿論話ができぬし、立っているのがやっとのほどであった。来年6月、岡田さんが90歳を迎えることもあり、久しぶりに岡田さんを囲んで、写真家の僕と陶芸の高橋さんと七宝焼きの斎藤さんら親しい5人で展覧会をすることになった。その打ち合わせもした。

高崎駅まで高橋さんが車で送ってくれた。駅で久しぶりに高崎の鶏弁を買ったらなんと400円値上げしていた。昨年は一つ900円だったのが1300円になっていたのである。販売のおばさんは「すみませんね~」を連発していたが売っているおばさんは何も悪くはないのだが、駅弁好きの僕には堪える・・・。

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最寄り駅の焼き鳥屋。軽く一杯ひっかけて家路につく日が多い。ちなみに写真の左下は、菜の花のお浸し200円なり。その右は味噌のポテト揚げ350円。左上はキュウリの1本漬け350円なり。

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27日、国立病院機構埼玉病院へ大腸がんの内視鏡検査と手術の結果を聞きに行った。結果は腫瘍は良性だったので一安心。定期的に内視鏡検査を受けるように進められた。先月の胃がんの内視鏡検査・手術結果も良性だったのでうれしかった。病院前の櫻と記念写真を撮る。

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最寄り駅前のホルモン屋へ初めて入った。癌ではなかったと言ことで何となくホルモン焼きが食べたくなったのだ。タンと白ホルモンを頼んだ。

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この店の下は毎日のように通るのだが、入ったことは無かった。オープンして2年だという。駅前あたりの店の入れ替えは激しい。20~30年続く店は、本当に珍しいぐらいだ。

 

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お彼岸の中日前日という3月19日の朝方から雪が降った。辺りは一面雪景色となったが、その後の雨で午後には道路などはとけだした。写真は午後2時頃に玄関前の畑を撮影したもの。
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雪景色だった畑も折からの雨でグチャグチャにとけだしていた(2025年3月19日)。
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19日、毎年、伊勢丹新宿店で作陶展を開催している友人の高橋芳宣さん(右)を訪ねた。芳宣さんと親しい写真家・眞月美雨さんも一緒だった。
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陶芸家の友人は全国にいるが、彼とも40年来の付き合いになる。「用と美の作陶世界」を追求している芳宣さんは、新宿・柿傳角筈窯で茶懐石の作陶を修業する傍ら大河内風船子に学ぶ。九谷焼・須田菁華(3代目)窯に入門。その後、加賀市に月乃桂窯を開窯。1992年より上州・甘楽町に窯を移し、甘楽陶房を開窯。伊勢丹の他に日本橋高島屋、大阪・うつわ一客、柿傳ギャラリー、前橋・ノイエス朝日など各地で作陶展を開催している。
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伊勢丹も以前とは異なり、和食器やキッチンダイニングのスペースが狭まり、数年前から広いギャラリーでの展示が出来なくなくなった。我が家で使用している器は、芳宣ものと琉球の壺屋ものが大半である。軽くて丈夫で使い勝手がいい。その上、絵付けが綺麗ときている。
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久しぶりにやろうと新宿歌舞伎町界隈に繰り出した。初日のオープン祝いを込めて美雨さんも付き合う。最初の店は、店主が薩摩出身ということもあり、地鶏料理は旨かったのと奄美の黒糖酒、芋焼酎は本格派が置いてあり楽しんだ。芳宣さんは日本酒党。美雨さんは大隅半島の体長65~90センチを超えるという黒さつま鶏の刺し身を2人前ペロリと食べていた。
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2軒目は、最初に顔を出した「三日月」が満席だったこともあり、久しぶりに「樽一」へ行った。ここはくじら料理がメイン。東北の食材を使っての料理も美味し。みちのくの銘酒もそろえている。
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先代の大将時代から足を運んでいた店。新宿店は場所が移り、本店だった高田馬場、僕が好きだった池袋店もなくなった。しかし、いまは2代目、慎太郎君が継いで大いに繁盛している。「食は理屈ではない。人間の存在そのもである。そしてその民族の文化である」と語っていた初代大将の教えを頑なに守っている。
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数年ぶりに行った僕を覚えてくれていて、入店の時にはハグをしてきて、途中顔を出し、帰りには待っていて送り出してくれた。若い頃から見るとすっかり2代目大将が板についてきたと思った。余り来れないとは思うがこれからも親父さんの遺志を継い精進して欲しいと思った・・・  合掌

この後、芳宣さんたっての望みでゴールデン街へ。あちこちの路地は外人ばかりで騒がしい。店の灯を消し、ドアも締めている2階のお店に入った。僕も何度も行ったことがあるNだ。写真家では高梨豊さんや菅洋志さんらがよく来ていた。今は主人がなくなり、若い奥さまが店をやっている。句会なども定期的に開いており、句報も出していた。もちろん異邦人の客は一人もいなかった・・・。

 

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受付を担当している左から新しく入会をした新井礼子会員、後藤一美会員、そして第1回展から出品している山本恵子名誉会員。

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8日、大雪警戒情報が出されている中、入場者は少なかったが、それでも約50人は来場してくれた。足元の悪い中、感謝~!!

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8日(土)午後3時からは、作品講評会が行われた。講師は同集団顧問である僕がおこなった。

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11人で118点、僕が6点出品なので合計123点の展示。1作品づつの講評なので全部で1時間30分を越えた。疲れた・・・。展示作品は山口芳郎会員の「里のまもり神」16点。フィルム現像、プリント引き伸ばし、パネル張りまで全て自身でおこなっている。

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一昨年加入した館石理会員の作品「ローカル線」10点を解説する。

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本年5月に満99歳を迎える中村咲さんの作品「さくら・さくら」10点の前で。

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僕が講評している写真を撮ってくれた後藤会員の作品「もうすぐ一年生」13点を見る。

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右側が竹川義之会長「都人・浅草」12点、左側が小池滋会員の「アンナプルナ山群10点」。

他の会員の出品作品は、新井礼子会員「継承ー氷川神社(南田島)」12点、一瀬邦子事務局長「小江戸浪漫」10点、入澤徹「旅の出会い」10点、田中栄次会員「西上州人」8点、山本惠子名誉会員「白川郷」6点、特別出品として顧問の僕が「『琉球 OKINAWA』より」6点。

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午後5時過ぎから会場を移して、出品者を囲んで懇親会を開いた。左2人目、南信州の飯田市の奥の伊那谷から来てくれた写真家の橋都とみ子さん、その隣は画家で音楽家の美崎太洋さん、その隣はスペイン語、英語の翻訳家である松野哲郎さんがゲストとして参加してくれた。感謝~!♡☆

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一日遅くなったが毎年食べていた蛤のお吸い物を作った。今年の蛤は、九十九里浜産でなくて、三重の桑名産だった。5個で定価2580円だったが、僕が「もう雛祭りも終わったので売れないよ~」と言ったら魚屋さんが「旦那、半額でいいから持って行ってくれ」と言うので頂いてきたのだ。旬の菜の花の葉と飛魚の竹輪を添えた・・・。

 

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3月5日、夕べからの雪模様の悪天候の中、9時から搬入、展示がおこなわれた。99歳の中村咲さんを除いた全員が参加しての作業が行われ、順調に進んだ。午後1時のオープンにはすべてが完了し、みんなで記念写真を撮った。僕の左が山本惠子名誉会員、右が前会長の田中栄次さん。

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123点すべての作品展示が終わった会場で、受付をはじめ、当番の仕事の確認など行われた。

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1072年~約10年間、NHK近くの職場で同じ釜の飯を食ったAさんが来てくれた。僕は新聞編集局、彼は雑誌の編集部だった。ずーとご無沙汰していたが近年、比較的近くに住んでいることが判明して、SNSを通じて来てくれたのである。いま、「民族芸能を守る会」の事務局長をしている。寄席の開催や若手の落語家の育成をしているという。 お忙しい中、ありがとうございました。

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毎年来てくれているギター愛好家のグループの人たちと記念写真。グループの中心メンバーで、竹川会長と高校時代の同級生の人もいるという。

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特別出展として僕は『琉球 OKINAWA』より6作品を出品した。琉球で暮らす人々の日常の姿を捉えた作品(シルバーオリジナルプリント・大四つ切サイズ)。

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一段落ついて、遅い昼食に誘われてご馳走になった。写真展会場近くにある蕎麦屋のランチ。

 

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3月3日、東京マラソンがおこなわれた日に、志しを同じくする四人の同世代の写真家が集った。昨年来、話し合いを続ける中で、ようやく2025年の活動の骨格が決まった。子細は後ほど伝えますが、6月に銀座の吉井画廊で4人の作品展をすること。作品集も同時刊行。各作家による作品解説や四人の対談、オープンニングパーティなども行う。来年以降も創作活動を継続するなど決めた。

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4人のポートレートと集合写真を撮影してくれたのは、山岸伸さんの助手を11年にわたって務めている写真家・近井沙紀さん。山岸スタジオの中でも最ベテランだ。 ありがとう~!♡☆

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撮影した写真の画像をチェックする。

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師匠の山岸伸さんと近井さん。スタジオで。

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鈴木さん、林さんと各自のポートレート撮影が終わって一段落。次は僕の番だ。先日行われた俳優・西田敏行さんの葬儀の遺影となった写真を撮影した同じテーブルでの撮影だと山岸さんは言った・・・。

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4時間ほどの撮影や話し合いが終わって、小腹が空いたので神田駅前のお店に行った。今日が林さん、22日が山岸さんの誕生日というので乾杯をした。ちなみに林さんの父である林忠彦さんは3月5日が誕生日だという。高齢の男4人で呑むのも悪く無いね~!!
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御茶ノ水駅からの聖橋。関東大震災後の復興橋梁の一つ。1927(昭和2)年に完成している。

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3月2日、故・土門拳先生の弟子をしていた現在、酒田市にある土門拳記念館の理事を務める友人の堤勝男さんの写真展に行った。兄弟子の写真家・藤森武さんと一緒に来ようと思っていたが連絡が取れなかった。

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鑑賞者に作品の解説を熱心にする堤さん(中央)。背後の展作品は奈良東大寺・二月堂のお水取りの神事。

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酒田の土門拳記念館で会って以来、数年ぶりの再会だった。僕が『ヒマラヤ古寺巡礼』の取材中、佛神像を撮影するにあたり、色々なアドバイスを頂いた。堤さんは師匠・土門拳の代表作『古寺巡礼』の撮影助手を藤森さんとしている。

会場で堤さんが突然「小松さんに言いたいことがある!!」と財布の中からメモを取り出した。それは以前に僕が朝日新聞に書いた「写真家の俳句」の記事の事だった。この中で土門拳の俳句を紹介した。「骨壺の子もきけ虫が鳴いている」という次女真菜ちゃんの水死事故を想って詠んだものだった。その句が正しくない、本当は「骨壺の子も耳すませ蚯蚓なく」だというのだ。直接師匠から聞いたとメモには句が記されていた。この句は土門自身が書いた「カメラ」(昭和25年12月号)にも当初の句が載っており、虫の声はコオロギの鳴声であるとも明記している。

しかし、堤さんが師匠から直接聞き、おそらく原稿も見せられたのだろう。だからこそ印象に残っていて僕が書いた記事を見てすぐに違っていると感じたに違いない。僕はそれはそれで正しいと思った。この句が思い浮かんだ時に、土門拳はあの達筆な書ですらすらと書いて近くにいた弟子の堤さんに見せたのだと思う。それが「蚯蚓なく」の句だ。堤さんの解説によるとこの鳴声は蚯蚓が面白いが、実は螻蛄なのだと師匠は言ったという。僕が思うに当初の句が「蚯蚓」、しかし土門が推敲を重ねるうちに紹介句に至ったのだと思った。俳句を詠むにあたっては当然のことである。

最初の句には「子も耳すませ」と「蚯蚓なく」という言葉があるがそれぞれ強すぎる感が否めない。推敲句の「子もきけ」の方が自然だし、実際、蚯蚓は鳴かない。季語では「秋の夜にじい~じい~と鳴く声を蚯蚓なくと言った」が実際には、それは土門が言った螻蛄の鳴声が事実である。僕は堤さんの意見を拝聴して改めて土門拳の凄さを再確認した。 鬼籍に入られて35年も経つのに師匠を心から尊敬し、誇りを持っている弟子たちがいることだ。それは藤森武さんにも強く感じることである。

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一緒に行った「写真集団・上福岡」のメンバーと東京写真記者協会事務局長の清藤拡文さん(上の写真の左端)と堤勝雄さん。

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写真展の鑑賞会には8人が参加した。懇親会には7人。正面は元産経新聞記者の清藤さん。後のメンバーは「写真集団・上福岡」の会員たち。右から竹川会長、一瀬事務局長。

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