写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

写真の最近のブログ記事

 

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銀座6丁目の西五番街通り沿いにあるミーツギャラリーはこのビルの2Fだ。

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期間中にトークショーやミニ音楽ライブなどの企画がおこなわれる。 金さんが監督、音楽、脚本、撮影、ナレーションまでした満州族のドキュメンタリー映画の第2弾が来年1月に公開。アイヌ民族を追ったドキュメンタリー映画は来月に公開する予定だ。どちらも楽しみだ。

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「無の境地と表現の極限」、「桃源郷と社会空間における変容」とトークショーのテーマは難しい。哲学者と金大偉さんの対談が楽しみだ。久しぶりに会ったので記念に。年に一度、彼が教授をしている映画学校に行って、僕が講義をするのがもう10年程続いている。ここ2年はネットでの授業だったが・・・。

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仕事で東京に来ていた鹿児島の写真家・村上光明さんと銀座で会ったので誘って来た。明日9日に帰るという。

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小一時間あったので、近くの銀座ライオンへ行った。2年ぶりの再会だったので写真談議に花が咲いた。彼は今からお孫さんの夕飯を作るという。僕は2か月に1度通院している病院へ行く・・・。

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その病院にはすでに30数年通っている。最初は1か月に1回だったが、10年程前から遠いので2か月に1回にしてもらった。いつも混んでいて予約していても1時間以上は優に待つ。この日診療が終わったのは午後7時半過ぎだった・・・。 かってこの街に事務所があり、4年程住んでいたので今でも馴染みの店が4~5軒ある。行くと必ず2軒は寄るのだが、この夜は久しぶりに焼き鳥屋に寄った。いつもは沖縄の酒場がボトルも入れているので多いのだ。 写真はマグロの切り落とし。

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左からトリカワ、テッポウ、名物のつくね、レバ。

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手づくりのキンピラ。昔と味は変わらなかった。

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僕のこの店で一番のおすすめは、焼きおにぎり。大葉が表面についている。実はこのおにぎりは先代、元産経新聞社に勤めていた無口な大将と元社会党委員長の土井たか子似の女将との合作。親父さんが突然亡くなったので甥っ子の当時20代の青年が焼き場を担当した。なかなかうまく焼けなかった。あれから20数年。彼も、いま女将の娘さんも僕を覚えていて「おにぎりどうですか・・・」と聞いた。僕は「形や焼き具合は良いが味が少し濃い。浸け過ぎだ」と正直に言った。そしたら女将が「出汁に浸けるのは私で女性客がしっかり浸けてというのでつけ過ぎたかしら・・・」と笑った。

僕は先代が焼いている時からこの店の焼きおにぎりは都内で3本指に入ると言っていた。一番はもう店じまいしてしまったが神楽坂の路地裏にあった「さくら井」。この店も老夫婦がしていてカウンターに小上がりの席があるだけの個人周りとした店だった。ここの焼きおにぎりはむすびは小さく、幅があり、丸みのおびた形だ。このおにぎりをこよなく愛したのが政治家の田中角栄。親父さんの言うことには多い時には300個。一人で握るのだから一日仕事。夜遅くまで頑張っている職員たちへの差し入れなのだそうだ。僕も行くと必ず頼んで酒の肴にしていたものだ。

また、この店にはいつも2~3人の神楽坂の若い芸者衆がいた。カウンターの隅にいてお客さんからの声掛けを待っていた。若い芸者さんたちから人生相談ではないがよく話を聞いていた。親父さんが「コマッチャンは暇なのだから話を聞いてやって・・・」などと僕に振るからである。田舎の親たちの事、将来の事など・・・。中には涙を流しながら話す子もいた。今思うと何か懐かしい思い出ではある・・・。

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俳人の吉田類が「酒場放浪記」でこの店にも来ていた・・・。

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11月9日、写真を撮り忘れて残っていた会員だけで・・・。来年2月下旬から始まる「写真集団・上福岡」第40回記念写真展へ出品する作品選びが本格的に始まった。

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最寄り駅が同じの一瀬事務局担当と写真家・眞月美雨さんと駅前の中華料理の店で食事をした。一瀬さんが中華料理が好きだというので。この店は数年前にできたのだが、黒龍江省の出身の家族でやっている。料理をするのは父親だが、これが四川料理もふくめて何でも作り、それが旨いのである。

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手作り水餃子。

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賄い料理をつまみにとご主人が出してくれた。ここでのボトルは「キンミヤ焼酎」1本、1300円なり。

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五目チャーハン。600円だが中に具がつまっていてボリュームがあり旨い。3人でも食べきれないぐらいだ。

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僕の定席。お店のお姉さんがパチリ~!!

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ホタテと野菜の炒め物。1200円なり~!!

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女性たちが帰った後、僕は独りで30年来通っている地元老舗の居酒屋へ行った。10代からこの店の板場で働き、40歳でまだ結婚もしていなかった「ひろ君」がこの夏、突然にコロナ感染で亡くなった。人一倍元気で、彼の焼き物はとりわけ美味かった。僕の焼き鳥は部位によって焼き具合を調整してくれた。今店では焼き鳥はメニューから消えている。僕のボトルは通称「耳なし芳一瓶」と呼ばれている。もう何代目かになっているがこのボトルでも10年以上は経っている・・・。

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数日前に突然、家を訪ねてきた人がいた。地元に住むアマチュアカメラマンで今度写真展に初出品するのでぜひ、僕に見て欲しいという。丁寧に手紙を添えて案内状を持ってきた。僕の著書『シャツターはこころで切れ』(手に持っている本)など数冊購読したという。それで初日の10日に行ったのだ。右がその人、阿部賢司君。写真に対して熱い志を持っていると感じた。一瀬邦子さんの旦那さんがお見えになったので写真を撮ってもらった。

 

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地下鉄から外に出ると丸の内界隈は、すっかり晩秋から初冬の景色に様変わりしていた。

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国際ビルと二重橋スクエアのビルディングの間から皇居方面の黄葉を見る・・・。

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新東京ビル一階にあるアートスペース丸の内(第二会場)の前で松本徳彦さん(前公益社団法人 日本写真家協会副会長)。御年86歳。

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松本さんと立ち話をしていたら写真家・宅島正二さんと会った。宅島さんは古いJPSの会員だったし、写真家ユニオンの創立メンバーで理事もしていたので、僕や松本さんとは旧知の仲。この顔ぶれは珍しいからと3人で写真を撮った。快晴堂フォトサロンの人が撮ってくれた。左から宅島さん、松本さん、僕・・・。

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松本作品から。「越路吹雪リサイタル 日生劇場 1970年1月」 越路吹雪さんの珍しい着物姿。お正月の公演だったからか。

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松本作品から。「編み物 自宅にて 1974年1月」 自宅のベランダで花々に水をやっている所や夫とくつろいでいる姿などプライベートな時を松本さんにだけ、越路さんは撮らしていた・・・。

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新東京ビル2階にある丸の内フォトギャラリーの作品の前で。松本さんの作品と文章など永久保存版として約50ページ特集を組んでいる雑誌「花美術館」を頂いた。

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写真展会場全景。

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会場から東京駅まで歩いて地下鉄丸ノ内線に乗った。途中の雑踏の中で、快晴堂オーナーで写真家の佐藤仁重さんと会った。元アサヒカメラの副編集長だった田代さんにも・・・。

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地下鉄丸ノ内線の新宿駅で下車し、西口にある高橋君の写真展会場へ向かう途中の壁。

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この写真展は、10月27日から始まっている。旧オリンパスギャラリーだ。

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高橋智史さん。1981年秋田生まれの新進気鋭のフォトジャーナリストだ。主な受賞は、上野彦馬賞入賞、国際ジャーナリスト連盟(IFJ)日本賞大賞、名取要之助写真賞、三木淳賞奨励賞、土門拳賞、秋田県芸術選奨など。 第38回(2019年)土門拳賞受賞作『RESISTANCE カンボジア 屈せざる人々の願い』(秋田魁新報社)を購入した。s-IMG_4709.jpg

展示作品の中から。     杭掛けの稲束重し男鹿半島  風写

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男鹿半島を代表するナマハゲの本物の面が会場に飾られてあった。

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展示作品の中から。     鬼面神棲む半島や星月夜  風写

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実はこの日がお互いに初対面だったが、何故か意気投合した。30歳近く離れているのに・・・。彼は僕のことをよく知っていて、「こうして小松さんとお会いできたのはうれしいです。一緒に写真を撮るなんて信じられない・・・」と言っていた。こうした若い熱情のある写真家が出てくることは本当にうれしい限りだ。がんばってほしい・・・。

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会場を後にして、新宿西口の「思い出横丁」に寄ろうかと思ったが、気が変わって久しぶりに池袋の北口方面へ行くことにした。駅近くの池袋界隈では最古参の焼き鳥屋「三福」へ行った。僕もかれこれ40年は通っているが、この店は70年以上の歴史がある。まず入って必ず最初にいただくのは名物「なか豆腐」。1年ぶりぐらいだったので値段はどれも10~15%ぐらい値上げしていた。しかしこの「なか豆腐」は350円で値上げをしていなかった。うれしかった~!!

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焼き鳥の店ではあるが、生ものもしっかりしているのがこの店の良さでもある。

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新しいメニュー、そのどれもが10~15%ぐらい値段が上がっていた。このご時世、やもう得ないか・・・。いままでは、呑んだ時の肴やメニューなどはあまり撮らなかったが、最近は写真を撮る機会が少くないので、ひとつの記録として撮ってみようと思った。多分、他人の飲み食いしたものなどは見たくもないとは思うのだが・・・。まあ、少し続けてみようかな~!!

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名物の焼き鳥。他店では余り食べられない部位がある。真ん中は僕の好きなタタキ軟骨。マル軟骨も好きだったが、歳を取るにつれ固くて閉口するようになった。

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マグロの切り落としと、かぶの味噌づけ。

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ちょうど池袋で仕事が終わったという写真家の眞月美雨さんが、やって来たので一杯呑んだ。店員さんはネパール出身のきれいな人が多いでうれしい。

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僕は安い”下町の労働者の酒” ホッピーの白にした。

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最寄り駅の構内にある開店日から行っている鮨屋にちょこっと寄り、少し腹ごしらえをした。8貫(マグロ、しめさば、コハダ、海老、いか、つぶ貝)と1巻(納豆)で締めて1040円なり。酒はボトルを入れてあれば無料である。この店も昨年から2度ほど値が上がった。メニューも半分ほどになってしまった。僕が通うようになってから店長は4人変わった・・・。

 

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各自が新作を持ち寄って合評をする。現在は参加できるメンバー少ないので時間はたっぷりとある。終了後、今年最後の例会となるので、みんなでささやかな忘年会をした・・・。

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右から眞月美雨同人、沖縄在住の出口信一会員、主宰の僕、並木すみ江同人。事務局担当の塩崎亨同人はこの写真を撮影した。 ◆新塾生募集中~!! 随時入塾OK!、例会の見学もできます~!♡☆

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立川市にあるオリオン書房という本屋さんに、僕の拙著『琉球 OKINAWA』(本の泉社)が平積みで置いてあったと塩崎同人が撮って来てくれた。僕はまだ本屋さんで並んでいるのを見たことがなかったのでうれしかった・・・。まだお手元にない方は、一声おかけください。希望者にはサイン入りで、送料はサービスで送ります。

 

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通りに面してある大西みつぐ写真展の案内。

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丸の内の一等地にあるエプソンのギャラリーではあるが、土曜日ということもあって入場者はほとんどなかった。30分程いたが2人だけだった。広くて素晴らしいギャラリーなのにもったいないと思った。残念ながら作者の大西みつぐさんとも会えなかった。先日の銀座での僕の個展に来てもらったお礼を言いたかったのだが・・・。

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こちらは丸の内の新東京ビル1Fにある「アートスペース丸の内」の関口照生写真展の第2会場。大西さんの写真展会場は隣の新国際ビル。どちらも東京の一等地の場所である。

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でも僕がいる間は、残念ながら一人のお客もなかった。久しぶりに関口さんとお会いしご挨拶ともとも思っていたが叶わなあった・・・。

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険し岩肌にへばりつくようにあるブータンんの仏教寺院。

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最後に渋谷敦志君がこの8月に約3週間ポーランド経由で入ったと言うウクライナの現地を撮って来たいまのウクライナ報告写真展を見にいった。ここには作者がいてホッとした。

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昨年、第4回笹本恒子写真賞を受賞した新進気鋭のフォトジャーナリストである。まだ、40代後半だというが、お子さんが高校入学前を先頭に3人いて、子育てにが大変だとこぼしていた。今回の取材でも発表できる媒体が少なくて苦労したという。僕も先輩としてその苦労は実感として理解でき共感もできるが、現在の日本のジャーナリズムの現状がどうしょうもない状態になってしまっているのが最大の要因ではある・・・。

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せいろに、蕎麦焼酎の蕎麦湯割りを一杯~!♡☆ 下は鳥皮ポン酢、いぶりがっことクリームチーズ、舞茸と春菊の天麩羅、しめて1200円なり。

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秋の日はつるべ落としという如く、まだ5時過ぎなのに一気に暮れて来る。もう2~3カ所写真展を巡ろうと思ったが八重洲から銀座まで歩いて地下鉄で真っ直ぐに帰って来た。都内で呑むと疲れる。眠たくてしょうがなくなる。そこで近年は家の近くで呑む機会がめっぽう増えた。以前ならば考えられなかったことだ。家の周りではずーと昔から一軒の呑屋しか寄らなかったのだ。ところがいまでは、蕎麦屋、鮨屋、焼き鳥屋、居酒屋、韓国料理店、中華料理店などざーつと7店舗に酒のボトルをキープしている。どこも歩いて3~4分足らずのとこ。歳をとった証であるかもしれない・・・。

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この店は、先ほどの蕎麦屋から3分程にある焼き鳥がメインの居酒屋。備長炭で丁寧に焼いている。

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今週のおすすめメニューはハタハタの焼き物。卵は抱いていないが実は、魚の身はこちらの方が脂がのっていてうまい。卵があるとそちらに旨味や栄養分が吸収されてしまうからである。

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僕はここへ行くとおつまみとして必ず頼む、漁師の焼きおにぎり。しっかりと焼いてもらう。

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手羽先とつくね。

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この店でのキープボトルはずーと一升瓶で薩摩の芋焼酎「黒丸」。蔵元は濱田酒造だ。土門拳先生の弟子として知られる写真家・藤森武さんも一緒に呑みに来たことがある。

 

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昨年に続き、今年もわが家の金木犀は二度咲である。窓を開けるとベランダから甘い香りが部屋中を満たす。以前に畑の向こうの通りから部屋の中を隠すために植えた金木犀6本と山茶花5本、それに金柑の木。年が経つに連れて前の畑がつぶされて、家が6棟建った。突然、光を遮られた植物たちはいっせいに太陽の光を求めて上へ上へと伸び、いまや2階のベランダを遥かに超えて屋根に届く勢いとなった・・・。僕が寝ている2階のベランダからの光景。

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旧オリンパスギャラリーで10月13日から開かれている野町さんの写真展会場。10月15日はスペシャルゲストとして「風の旅人」編集長の佐伯剛さんを迎えての作品解説があった。また野町さんの誕生日だということもあってか会場はひっきりなしの人で賑わっていた。

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しばらく野町さんと話をしていると、JPS理事の熊切大輔君が来たのでJPS会長の野町さんを囲んで記念写真を撮った。

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ついで、奥さんである写真家・榎並悦子さん(正面)と写真家の若山美音子さんも入ってパチリ~!!

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ストラップなどを開発して販売している(株)Sakura sling projectno 社長・杉山さくらさんと野町さん。少し照れくさそうだった。

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刑務所に服役中の女因たちと野町さん。野町さんによればこの女性たちの3人に1人は殺人罪で服役中の人たちだと言う。極寒のシベリアの刑務所とは思えない大らかな笑いがある・・・。僕も1991年2月、ソビエト連邦崩壊前夜のシベリアの最奥地・マイナス60度の世界に約1か月間取材でいたことがあった。

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かれこれ40数年かよっている店を久しぶりに覗いてみた。数年ぶりだった。親父は80歳をゆうに超えて店には出なくなったが、元気だと言う。倅は近くの店を買って改修し二号店を出したという。この店は狭いが日本酒はもちろんの事、芋・麦焼酎、泡盛り、黒糖酒など、他では飲めないものを常備してあるのがうれしい。

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昔は焼酎コップで一杯180円だった。その時代と比べるとやや高くはなっているがまあ、許せる範囲の値段だった。奄美の黒糖酒の「長雲」と「龍宮」をロックでいただいた。龍宮はたまに置いてある呑み屋はあるが、長雲にはあまり巡りあえない。大島でもマイナーな酒である。泡盛にしても芋・麦焼酎、蕎麦焼酎にしても憎い銘柄を押さえている・・・。

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焼きとん。アブラとカシラを注文した。

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北海道産の白子もつついた。

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驚いたことにションベン横丁は道幅があるので、店の前に椅子やテーブルを並べて商売をしていたことだ。以前は右側の山手線側でみな用を足していたものだ。だからこの横丁の名前が付いたのだが、こういう状態になってしまってはもう用は足せませんよ・・・。

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「鳥園」は、この界隈では老舗の焼き鳥屋だ。僕は30代の頃、この店に入り浸っていた。2階の一角に専用の席が用意されていたぐらいだ。何故かというとこの店の親戚の兄妹が台湾から留学に日本に来ていた。兄の方は写真を勉強していて日大芸術学部をめざしていた。1年近く僕が個人的に指導していたのだ。運よく一発で合格した。妹は希望していた文化服装学院に入学できた。そんなことがあったので僕の写真展のオープニングパーティなどには必ず、焼き鳥を100本以上届けてくれたものだった。林君と言ったその青年は卒業して国に帰り、台湾では知られた編集者になったという。結婚式にも招待されたが当時の僕には出席出来なかった・・・。いまはどうしているだろうか~?!

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新しく「きくや」に改装オープンしたこの地下に入る店は、以前はしゃれたバーだった。きちんとアイロンがかかったワイシャツに蝶ネクタイをした老人2人がバーテンをしていた。僕は角かホワイトのボトルをキープしていて、3軒ばかりハシゴした仕上げにここで軽くあおって帰路につくというのが当時のパターンだった。  僕があしげく通っていた当時の界隈の店は、まだ何軒か残っているが、多くは様相が変わってしまっている。それでもまだ7軒は残っている。昔と違い、そう何軒もハシゴはできないが、近くに行けば今でも1~2軒は顔を出している。

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最寄り駅の前に最近、出店をはじめたキッチンカーtotoがある。よく行く居酒屋の前にあるホテルの一角なのでたまに寄る。手頃な値段のピザとボリュームたっぷりジェラートが売りだ。この日はお奨めのシラスとチーズピザを頼んだ。家に戻ってから肴にして寝酒に一杯呑んだのである・・・。

 

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神戸市元町南京街の夜。隣の長田区の山陽電機鉄道本社ビル前には椎名麟三の文学碑がある。椎名はかって山陽電鉄に勤めていた。その時の体験が代表作『美しい女』を生んでいる。碑文には「考えてみれば人間の自由が僕の一生の課題であるらしい」と刻まれている。

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神戸を代表する風景のひとつ日本三大中華街(南京街)

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神戸港

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神戸港・メリケンパーク。阪神淡路大震災の遺構として一部が遺してある。

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黄昏る播州平野・姫路市街。山陽新幹線が走り抜ける

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民族学者の柳田國男は兵庫県神崎郡福崎町西田原に1875(明治8)年に生まれる。柳田が「私の家は日本一小さい」と言った生家。県指定重要文化財として1972(昭和47)年に指定されて西田原に現存している。

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家は間口5間、奥行き4間。土間、3畳間と4畳半の座敷、4畳半の納戸、3畳の台所という「田の字型」民家。日本民家の原初形態、江戸期の農家の代表的な形態である。

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河童の河太郎と河次郎の物語が語り継がれている柳田國男の生家前の池。

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柳田國男と松岡家記念館。松岡家の5兄弟を顕彰した記念館の一室。6男の柳田をはじめ、それぞれの兄弟が各分野で活躍し英才であった。

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『古寺巡礼』や『風土』などの著書で知られる哲学者・和辻哲郎は1989(明治22)年に兵庫県神崎郡砥堀村仁豊野の医家の次男として生まれた。幼少期の頃、和辻が村の子どもたちとよく遊んだ市川の流れ。左側の山は甲山。

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作家の椎名麟三は、兵庫県飾磨郡曾左村之内書写村に1911(大正元)年に生まれた。現在の姫路市書写東坂。西国三十三霊場の第二十七番札所・園教寺が山腹にある書写山の山麓の村であった。園教寺の摩尼殿へ向かう塀。

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樹齢約700年の巨大杉。樹高35m、幹回り8.4mほどある御神木と参道。

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室町時代に創建された食堂(じきどう)。現在は1階は写経道場となっている。国指定重要文化財。

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室町中期に創建された大講堂。園教寺の本堂にあたる。本尊の釈迦三尊像が安置されている。国指定重要文化財。

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庭の左側に常行堂があり、三つの堂がコの字型になっている。それぞれが国指定重要文化財である。

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大講堂の正面。この地はトムクルーズが主演した映画「ラストサムライ」や「関ケ原」、大河ドラマ「軍司官兵衛」などをはじめ多くの映画・ドラマのロケ地となっている場所でもある。

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うっそうとした樹木に覆われる参道。

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崖側の参道からの眺め。

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岩山の中腹に建つ舞台造りの摩尼殿から。京都の清水寺と同じ造りだ。国指定重要文化財。

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書写山園教寺の境内にある椎名麟三文学碑。この地に生まれ、深く故郷を愛したことによるもの。書は親交のあった岡本太郎による。

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書写山から山麓の書写東坂方面を望む。

 

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9月23日早朝、自宅を出て新神戸行きの新幹線のぞみの中、眠たい・・・。

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新神戸から地下鉄で二つ目の県庁前で下車すぐの場所にある会場は足の便が良い。アートギャラリーは県民会館の1Fにあった。JR元町駅にも徒歩5分程で行ける。

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第1回目の「海の写真道場」が23日午後2時から始まった。大型台風が襲来するという予報が出ていたためか、参加者は10数人と少なかったが、熱のある質疑応答がおこなわれ盛り上がった。

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第33回展の大賞受賞作品「海に憂う」。愛媛県の皆川春奈さんの作品の前で解説をする。

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今回受賞した愛媛のみなさんで来る予定にしていたが、台風などの影響で来れなくなり、大賞を受賞した皆川さんご夫妻だけの参加となったという。皆川さんと記念写真を撮る。おめでとう~!♡☆

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皆川春奈さんと、サポートのために来てくれたご主人。お疲れさまです~!妻の活躍に「本当にうれしいです・・・」と目を細めていた。愛媛新聞の紙面にも皆川さんの今回の受賞が大きく取り上げられて特集記事が組まれていた。

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もう一度、受賞作品の前でリクエスト、パシャリ~!!ご主人が撮影してくれた・・・。

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ホテルは会場から歩いて行ける元町駅の近く。南京街(中華街)の入り口、長安門の角だった。夕飯は隣の南京街へ。端から端まで歩いてみたが10分程。横浜中華街と比べるとずいぶんと小さいイメージだった。入りたいと思う店がないので少し外れた露地を何本か探したら客は一人しかいない水餃子専門店の「上海餃子」というカウンターだけの店があった。メニューは水餃子のみ、飲み物はビールと甕出しの紹興酒だけ。白衣が二代目の店主・王さん、高校時代の同級生と。

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三鮮水餃子。国産貝柱、明石産タコ、プリプリした海老の3種類の海鮮が楽しめると言う人気の品。それに定番の白菜水餃子を食した。美味であった・・・。全国の高島屋 味百選売場やインターネットでも申し込める。僕も家に送ってもらった。

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翌日の24日の「海の写真道場」は午後1時からだったので9時から周辺を歩いてみた。後ほど紹介するが神戸港のメリケンパークなど撮影した。

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暑い中、撮影が一段落して休憩。生杏仁豆腐プリンと杏仁ソフトクリームとやらを食べてみた。自撮り。

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昼食はやはり南京街のなかの路地裏にあった「うなぎ 割烹 元町・横丁」という店で一番安いうな丼を頂いた。江戸前風の焼き方だった。

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9月24日、午後2時からはじまった2回目の「海の写真道場」。前日同様参加者は残念ながら少なかった・・・。

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和歌山県から来てくれた榎本隆志さん。全日本写真連盟 和歌山県本部委員長でもある。第33回の本展でも優秀賞に入っているが、30回展では推薦受賞などマリナーズ・アイ展では知られているベテラン作家である。来年の再会を誓って固い握手をして別れた・・・。

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主催者の一般社団法人 全日本海員福祉センターの福井常務理事(前列左)をはじめ、スタッフのみなさん。長い間、お疲れさまでした・・・。

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夕方、会場を後にしてJR元町駅から姫路駅へ向かった。明日朝から僕のライフワークである「写真・日本文学風土記」の取材をするために姫路で一泊ホテルを取った。ホテル近くの居酒屋へ行き、夕飯とした・・・。

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驚きの安さとメニューの多さだ。小さな子連れ家族から女性同士、若者たちなどで賑わっていた。いわゆる飲んだくれ親父がいないのがよろしい。

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セルフサービで取るおでんは1本100円、刺身三種盛り合わせ400円。超デカジョッキのハイボールは320円。僕はこの一杯で酔ってしまった・・・。

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ホテルの部屋からの姫路市の夜景。右てまえには新幹線が通り抜ける・・・。明日も晴れて取材日和となるだろう・・・。

 

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9月14日、「写真集団・上福岡」の例会がふじみ野市西公民館でおこなわれた。来年2月下旬に第40回記念 「写真集団・上福岡」写真展の開催が予定されている。それに向かっての本格的な準備がスタートした。例会には一人の女性が会の活動を見学に来て参加し、新入会員となった。ひさしぶりのメンバーへの加入、うれしかった・・・。

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持ち寄った各自の作品を丁寧に鑑賞して合評をして行く・・・。

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会が終わったあと希望者で、この日入会した神林星子さん(僕の左隣り)を囲んでのささやかな歓迎会をした。やはり新しく人が入ると言うことは良いことだとメンバーたちの顔を見て思った・・・。

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9月12日、久しぶりに写真展を見に銀座に出かけた。まずは銀座・キャノンギャラリーで開催している小澤太一写真展「赤道白書」、次に向かったのはAKIO NAGASWAギャラリーの森山大道「記録」。しかし、その両会場とも休館だった。僕にとっては大決断をして来たのに、何というへまをやらかしてしまったことか・・・。京橋に新しくできたK2+ギャラリーの若山美音子写真展「マグノリアの香り」は大丈かと確認をとり、交番のおまわりさんに聞きながら何とかたどり着いた。彼女の故郷・四川省の省都・成都市が舞台だ。僕も27年間にわたり何度も行った街なので愛着があった・・・。最後は富士フォトギャラリー銀座に寄って3つの写真展を見て帰ったのである。

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誰もいなかったのでじっくりと拝見できた。美音子さん、がんばっているね~!♡☆

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家の前からの仲秋の満月をパチリ~!☆最初は大きく、きれいに出ていたのだが、これは深夜の3時頃。すっかり雲に覆われていた・・・。(2022年9月11日)

 

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すでに3か月ほど前になってしまったが、読売新聞の「本 よみうり堂」の書評に堀川惠子記者が、短いながらも的を得たうれしい評を書いてくれた。ここに紹介しておく。その他に沖縄タイムス、琉球新報、上毛新聞、京都新聞、信濃毎日新聞、南日本新聞、赤旗しんぶん、フォトコン、アサヒカメラ、前衛、デジカメなどに紹介された。共同通信が配信してくれたのでほかの地方紙にも載っていたという声は聞いたが、僕の手元にはなく確認はできていない。それにしてもありがとうございました・・・。 合掌

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9月9日、前日沖縄から上京してきた「風」の出口信一新会員がすでに提出していた作品のプリントの仕上げがいまいち納得できないので、プリントをし直したので再提出したいと僕の家の近くまで持ってきた。塩崎亨同人も提出作品のプリントチェックがあるので合わせて来た。高田昭雄同人、並木すみ江同人、中村咲同人の作品についても最終的な確認をした。眞月美雨同人の作品については、いま写真弘社で制作中で来週早々に仕上がることになっている。中村さんの写真集『いのちの巡礼』を見ている出口会員(右)と塩崎同人。

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2時間余り、記念写真展のこと、次回例会の事や合宿のこと、沖縄への取材のことなど話し合ったあと近くの七輪のホルモン焼き屋へ行った。この店は僕が40年来通っている店ではあるが、店主は3人変わった。しかし、味は代々引き継いでいる。初代の在日のおばあちゃんの故郷の味付けが引き継がれているのである。仕事で少し遅れて美雨同人も合流した。まだ7時半だったのでもう一軒駅前の鮨屋へ行った。軽くつまんで一杯やってから別れた。お疲れさまでした・・・・。

 

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山岸伸写真スタジオでプロフィール撮影を済ませたあと、共通の知人である写真家・山口一彦さんと共に近くの伸さん常連の中華料理店に繰り出した。終始、熱い写真談議。生ビールを空けたあと短時間で芋焼酎のボトル2本を空けてしまった・・・。近頃、写真家と呑んでも写真の話を熱く語ることはない。右から山岸さん、僕、山口さん。

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本来、中華料理には焼き餃子はないが、この店の焼き餃子は山岸さん一押しだったので頂いた。見た通り、形や焼き具合が美しいだけでなく、中の野菜たっぷりの具材が美味かった・・・。。

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この二人は仲がよく、時々呑みに行っているという。僕はパーティなどで会う程度で、こうして個人的に呑んだことは初めてだった。愉快な酒で、豊かな時の流れであった・・・。感謝~!♡☆ 合掌

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奥さまの佐藤倫子さんが迎えに来ていた山岸さんと別れたあと、まだ飲み足らないという山口さんに付き合うことになった。神田駅のガード下の小さな鮨屋さんへ。そこで軽く一杯やって帰ろうと言うことになった。僕も好きだが山口さんも大好きだという光物の3点盛を肴に。右からイワシ、サバ、アジの定番だった。外に出たら雨も上がっていた。別れを告げたあと、お互いの家路を急いだのである。自宅に戻ると本当に久しぶりの午前様。一杯呑み直しながらテレビでウクライナ情勢をしばしみてから床についた・・・。

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