写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

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第36回展の応募作品を呼びかけるポスター。福岡展が「未定」となっているが例年通り、開催の方向で進めているが会場、日時がまだ決まっていない。 ◆応募作品の呼びかけを友人、知人、写真仲間など多くのみなさんによろしくお願いします。

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応募作品を呼びかける第36回展のチラシ。(ポスター・チラシ デザイン:塩崎 亨)

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◆今年度審査員は、藤森邦晃(「フォトコン」編集長)、塩崎亨(写真家・東京写真学園講師)、小松健一(写真家・社団法人 日本写真家協会会員)が務める。 ◆横浜展、神戸展、博多展(未定)において恒例の作品解説「海の写真道場」を小松健一が今年も行います。

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2月7日、生前、親しくさせていただいた女性ジャナ―リストの先駆けだった吉田ルイ子さん。その追悼写真展があると知り、銀座へ出かけた。時空を超えるまっすぐな眼で捉えたフォトルポルタージュ。オリジナルプリントから制作したモノクロームプリントは美しかった。僕と自身を「W健一」とジョークを込めて呼ぶ、新藤健一さんと。

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左から新藤健一さん(ジャナ―リスト・元共同通信編集委員)、僕、そして城島徹さん(ジャナ―リスト・元毎日新聞編集委員)。新藤さんとはバッタリ会場で会った。彼とは40年間「反核・写真運動」をともにして来たいわば同志である。原爆投下80年となる今年、被団協のノーベル平和賞受賞とも会わせて、東京・沖縄などで「広島・長崎原爆写真展」を開催するので何かと互いに忙しい。城島さんは、吉田るり子追悼展の実行委員をしている。
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以前に写真雑誌「フォトコン」の企画で、僕の手相を見てもらったことがある。その時の手相師がこの写真展の作者の鈴木サトルさんだ。左端の島尻るいこさんはその時に助手をしていた。その二人が今や飛ぶ鳥を落とす勢いで日本の写真界を席巻している。鈴木さんは今回の個展をはじめ、写真集など3冊の著作を刊行している。島尻さんは2024年度の「フォトコン」(自由作品の部・上中級コース)の年度賞のグランプリに輝いていた。あ~たまげた!!。 僕がいる時に、公益社団法人日本写真家協会の熊切大輔会長(右端)が顔を出した。鈴木さんはJPSの会員ではないのに会長自ら会場に足を運ぶとは凄いこと。ちなみに会長は僕の写真展には来てくれたことは一度もないさ~。
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最寄り駅のいつもの居酒屋で、写真家の眞月美雨さんと夕飯を食べた。この店には今年になって初めての顔出しだった。彼女は仕事帰り、僕は久しぶりの銀座歩きで、お腹が空いていたので、2人ともしばらくは無言で食べまくった・・・
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今日の銀座写真展巡りは、珍しく足が軽かった。しかし、当初予定をしていた四谷ポートレートギャラリーの中村悟郎写真展「人間と枯葉剤」、新宿 OM SYSTEM PLAZAで開催している佐伯剛写真展「かんながらの道」を見るのは諦めた。2人とも古い知り合いなので会期中には何とか足を運びたいと思っている。この冬一番の寒波が来ている夜、軽く一杯やって家路についたのである・・・

 

 

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2月4日、朝霞市産業文化センターにおいて、写真研究塾「風」の2024年度最後の例会が開かれた。岡山・早島の高田同人、埼玉・毛呂山の中村同人、千葉・銚子の水谷会員は用事等で参加できなかった。しかし、沖縄在住の出口会員、長野・遠山郷の橋都同人をはじめ並木同人、眞月同人、そして久しぶりに塩崎事務局長も参加した。ゲストとして「写真集団・上福岡」の事務局長・一瀬邦子さんが作品を持って参加した。(並んでいるのは一瀬さんの作品。右端が一瀬さん)

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並木さんは、3月に地元青梅で作品展をするのでそのセレクトを。橋都さんは、信州・伊那地方に伝承する祭りを追いかけてきた写真を今後どう発展させるか。塩崎事務局長は、東京浅草を全く新しい感性と感覚でどう捉えていくのか、そしてどうまとめていくかを考察。眞月同人は前回持ってきた長年撮影を続けている「マスク・シリーズ」をさらに撮影し、まとめて発表するかを検討した。8月~9月に新宿・アイデムフォトギャラリーシリウスで個展が決まっている出口君は、さらに納得の行く作品に仕上げるために7月まで取材を続けると決意を固めている。

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僕も前回の「都会の安息ー1972~1980年代」300点に続き、1989年に取材した「遙かなるチリ」を300点余持っていって見てもらった。年内にまとめて刊行する予定だ。写真展も開催を計画している。作品はみなビンテージプリントだ。会終了後、いつもの居酒屋で懇親会。

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この店は朝霞台と北朝霞駅の前にある居酒屋だが、店主が沖縄の人、うちなんちゅである。泡盛の揃えも多いが、沖縄・琉球料理も多い。沖縄モズクのてんぷら。

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鶏一羽を半分にして丸焼きしたもの。これが旨い。キンキンに冷やしたオリオン生ビールに合う。

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刺し身は豊洲直送なので新鮮だ。青い鱗のようなものが付いているのは、毎日、那覇の真喜志公設市場から輸送されてくるエラブッチャー(ブダイの一種)。この魚はサンゴをかじっているのでシコシコと腰があって美味い。店主がいつも自慢している。右端は島らっきょの浅漬け。

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本格的な専門琉球料理店ではないこの店、やきとりからラーメン、握り寿司まである居酒屋だが、なぜか沖縄料理がメニューにずらりとあるからうれしい。泡盛の種類も豊富だ。僕らはボトルで宮古島の菊の露を呑んでいる。全員沖縄大好きなので、この店は盛り上がる。いつも3時間は語っている。

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牡蠣ネギ鍋と鳥レバのネギ合わせ。倅が広島・江田島の大きな牡蠣を送って来てくれた。

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牡蠣鍋は2日間食べて飽きたので、残りは牡蠣飯にした。ご飯は筍、人参、わかめを入れている。出汁は牡蠣汁を中心に鰹、昆布、飛魚(あご)出汁を使っている。

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牡蠣を食い尽くした翌日、今度は娘からタラバガニが。茹でカニとしゃぶしゃぶ風に鍋汁に付けて食べた。

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タラバカニの足。太くて食べ応えがある。 IMG_2582.jpg

北海道・別海町のイクラも娘から送って来た。考えてみれば娘とは十数年会っていない。その間に結婚をして、娘も生まれたというが、その夫にも娘にもまだ逢っていない。たまに電話やメールは来る。それで良いと思っている・・・。  合掌

 

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森田雅章さんと奥様。手前のカメラは撮影機材、自ら考案した特殊なレンズなど。このシリーズをすでに十数年続けている。現在、新聞連載や教室もしているという。名古屋在住の彼との付き合いも若き日からだから、もう40数年は経つだろうか・・・。

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僕が今から野町さんの写真展へ行くと言ったら森田夫妻も「僕らも行きます」と言うことになり、一緒に北青山の会場にやってきた。野町和嘉さんを囲んで記念写真。撮影は榎並悦子さん。

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最終日前とあって会場は混雑していた。野町・榎並さんご夫妻と一緒に撮るニコンイメージングジャパンの相川さんたち(右から2人目)。

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野町さんとはJPS以来40年になるお付き合い、ずい分と長い。お互いに歳も取った。野町さんは土佐生まれの土佐育ちの異骨相(イゴッソウ)だ。歳は先輩だが何故か会った時から気が合った。創作のテーマが近いことも親近感を覚えているのかもしれない。僕が肩を揉んだら照れくさがって笑った。写真の同志でもある奥様の榎並悦子さんと。(撮影:森田雅章さん)

 

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1月22日、ふじみ野市立西公民館において「写真集団・上福岡」の新年初めての例会がおこなわれた。3月5日~9日に富士見市民会館で開催される第42回「写真集団・上福岡」写真展に向けての展示作品のセレクトや構成など決めるための例会だった。後2カ月で99歳になる中村咲会員は地元で正月から個展を開催していることもあり、参加出来なかった。しかし、他の会員は全員参加した。

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例会の終了後、希望者で近くのレストランでささやかな新春の会をした。右が一瀬事務局長。

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左奥が竹川会長、その右隣が山本惠子名誉会員。

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全員で記念写真~!♡☆ 今年も写真創作活動をがんばろうと最後に乾杯をした。

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最寄り駅が同じの一瀬さんと帰ったら写真家の眞月美雨さんとバッタリ~!。駅前の店で一杯やった。二人は久しぶりの写真談議に花を咲かせていた。

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写真展のDM。 展示作品は会員11名で120作品を超える。僕も出展します。 デザインの協力は一瀬事務局長の旦那さん。ありがとうございました。 合掌

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◆3月8日(土)15:00~写真展会場で、全作品の講評・勉強会を僕が講師で行います。参加は自由で無料です。友人・知人を誘ってご参加ください。 ◆会終了後、鶴瀬駅近くで17:00頃から出品者を囲んでの懇親会を行います。割り勘の会費制です。よろしければご参加ください。

 

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2025年度の寒中見舞いを兼ねたあいさつ文を皆様にお送りします。長年続けて来たことですが、去年をふり返り、新しい年の目標を綴ってきました。多い時と比較すると6分の1ほどに減少しましたが、今年も200通書きました。宛名と一文はすべて手書きで。いつまで続けられるかはわかりませんが、命の続く限り頑張ろうと思っています。 合掌

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正月6日から始まった榎並悦子作品展、榎並さんが関西から何の伝もない東京に出て来たのは26歳だったと言う。1980年代後半に谷中、根津、千駄木界隈の路地裏を徘徊しながら撮影したもの。昭和の面影がまだ残る町のたたずまいと、そこに暮らす人々の表情を若き感性で捉えている作品群。

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同作品が納められた写真集にサインを入れて頂いた。彼女が上京してまだ間もない頃から知っているが、常に向上心をもって努力していた姿を遠くから見ていた。今日の姿はその日々の精進が報われたものだと思っている。ご自愛の上、さらに女性写真家の向上を切り拓いて行ってくれることを期待しています・・・ 合掌

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その足で渋谷へ。橋本さんとは、20数年前に奄美大島の呑み屋で出会ってからの友だちだ。彼女は1974年からデザイナーの高田賢三氏のスタッフとしてパリに滞在していた。帰国した1980年からはプレス担当をした。文化出版局のスタイリストなどを経てオリジナルブランドを立ち上げる。2008年から奄美大島紬を生み出す環境に見せられて奄美に通いはじめ、その伝統を世界に発信するために東京・パリ・奄美展を開催している。10年程前から北海道のアイヌ文化に興味を持ち、通いアイヌの刺繍を習得した。現在、奄美文化とアイヌ文化の融合を作品の中に表現している。

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彼女は黒糖焼酎が好きだが、とりわけ好きなのは「高倉」という黒糖酒。どこに行くにもこれは欠かせないらしく、僕が行くと新年だから一杯やりましょうかと奥から一升ビンを出してきた。

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新作の大島の藍染スカーフにアイヌ刺繍を2カ所にしたもの。

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20日に展示を終了してから片付けて、翌日から94歳の両親の暮らす富山県へ。とんぼ返りで戻って来て翌日には奄美大島だという。奄美大島の名産果実・タンカンの収穫が始まるからだと言う。今やその中心人物だと笑っていた。奄美大島で呑み、沖縄でも呑もうと約束をして別れた・・・

 

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2025年1月7日15:00の池袋東口の光景。

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ここ1年間通った池袋の美容室。

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美容師は相変わらず今年も美雨さんに。

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新しい年は、美容師としてはさらに高見をめざしていると言うが、美雨さん本来の写真家としての活動を新年は集中して取材を重ね、来年の個展をめざしていると誓っている。

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昭和3年に日本橋の水天宮から御札を頂いてお祀りし、創建したのが池袋水天宮。美容室の直ぐ前にある境内に並ぶ石地蔵さま。しゃもじとご飯を盛ったお椀をどれも持っている。

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帰路、最寄り駅前の蕎麦屋へ。この店は通うとサービスポイントが付き、写真のてんぷらやせいろはサービス。次回はこの店で一番高い品を無料で注文できる。今日のヘアカットのお礼に美雨さんには奢った。

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左端のてんぷらは創作てんぷらの生ハムのチーズ巻。

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この日は寒かったので、そば焼酎の蕎麦湯割りにした。ボトルを入れておけば呑み代は一切かからない。僕の田舎の方言では今日のような日には「さぶいべや~」とか「さびい~日だんべえ~やあ」などと言ったもの。少し温まった後、目の前の焼き鳥によって軽く一杯やって家路を急いだ・・・。

 

 

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師走の大掃除が終わったあとの30日に、玄関前に新年の飾り物をした。

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玄関に入った正面に、鏡餅をそなえる。 IMG_2502.jpg
 ささやかな生花を活ける。千両は庭先にあったものを取って来た。昨年は多くの枝に赤い実を実らせていたが、今年はこの一枝だけだった。信州りんごは岡山の友人の奥様の実家から送って来たもの。IMG_2482.jpg
 居間のテレビ前にも巳年の人形が乗っている小さな鏡餅を。その他、各所にも供えた。IMG_2501.jpg
 トイレの中にもお飾りを。今年のカレンダーや今までに開催した個展のDMを飾っている。IMG_2457.jpg
鹿児島の友人から鳥がまるまる一羽送られてきたので、野菜を添えて焼いた。美味しく、食べ応えがあった。 IMG_2468.jpg
 大晦日の夜は、湯豆腐におせち料理を出した。鮭の刺し身も。除夜の鐘が鳴る前には、生の年越しそばを食べた。IMG_2490.jpg
 元日の朝は、おせち料理にお雑煮にと決まっている。普段は呑まない日本酒は、正月だけはお屠蘇として頂いている。IMG_2470 (1).jpg
  お雑煮はシンプルそのもの。出汁は飛魚だしに昆布、鰹節。ほうれん草に能登を支援するというカニ風のすり身。
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 一人づつになっているおせち料理。貝や魚料理が多く入っていて旨かった。IMG_2505.jpg
 1月2日、例年の行事となっている近所の薬王院・寳蔵寺へ。門の前に鎮座している六地蔵尊。IMG_2509.jpg
 正門から見た境内。IMG_2510.jpg
 住職が境内の掃除をしていた。IMG_2513.jpg
奥まった所にある薬王院。高尾山にある本院から分院したもの。カラス天狗の像が多い。 IMG_2517.jpg
 かってこの地域界隈の村の鎮守様だった宮戸神社。IMG_2522.jpg
 1年間御守りいただいたお札などを焚く。IMG_2536.jpg

宮戸神社には多くの神社が祀られている。集落ごとのお稲荷様も多い。

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毎年、一緒に参拝をしている美雨さん。

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昨年の邪気を払い、良い新年を過ごすという祈りを込めた玉石を粉々に砕くという「厄割り石」を行う美雨さん。

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昨年1年は病気との闘いの日々だった。初春は良き年にと境内にあるすべての神々に深い祈りを捧げた・・・ 合掌

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家から5分もかからない、江戸時代からあると言う天明稲荷神社の境内。

 

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2024年の呑み納めは、12月27日の仕事納めの日。例年だとぶどうぱん社主催の「最後の望年会」が開かれる日だったが、20回目を過ぎた昨年から止めたので今年はお一人様忘年会に。近所の焼き鳥へ行った。さすがに金曜日と重なってどこの呑み屋も混んでいた。この店もほぼ満席だったが、常連客の僕だからか何とかカウンターの席を2つ開けてくれたのだ。目の前で備長炭を使って鳥を焼いている。この店は豚類はない。もくもくと上がる煙をみていると、今年一年の僕の歳月だったような気がした。煙の向こうから光が射しているのを見て、来年はがんばろうと決意を新たにしたのである。焼き鳥屋の焼き鳥を焼く光景をみながら・・・

28日から30日までは恒例の大掃除、1年間のススやホコリ取りである。これが結構な仕事。31日は最終的なかたずけと新年の準備。飾り物などは昨日すましている。おせちも届いた。これから年越しそばを買い出しに行って、風呂に浸かれば、おわり。さまざまなことの連続であった2024年、それでも何とか暮れた。お疲れさまでした。自分にもそっと言ってやりたい・・・

みなさま、穏やかで、健やかな初春をお迎えください~!♡☆  合掌

 

 

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12月24日午後、長男夫婦と孫の雷くんが突然やって来た。長女のみいなちゃんは、中学生なので部活の練習で来れなかった(後からじいじいと会いたかったと写真入りでメールが来た)。この後、みんなで迎えに行くと言う。娘と倅の子どもたち、僕にとっては孫が出来たのも知らなかったが、3年前から小さな気持ちではあるが、長男の子ども2人と長女の娘にささやかな「じいじいXマスプレゼント」を贈っている。

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一人ひとりのプレゼントの中身は違う。買い物に行くときに悩みながら品物を選ぶのだが、小さい子どもの気持ちになって買う経験などないので新鮮な感覚になる。長女の娘〇ちゃんの分は届けてもらっている。実はまだ逢ったことは無い。元気なうちに逢いたいものではある・・・。倅は来年、年男だから46歳、娘は今年、年女だったから47歳となる。考えなくてもこちとら歳を重ねるわけだ。

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お嫁さんはまだ若く30代という。歳は聞けないので正確には知らない。雷は生まれてこの方、髪を切っていない。いまは50㎝ほどに伸びている。来年幼稚園に入学するので、バッサリ切るという。「美雨姉さんがカットしてくれると言ってたよ」と言ったらニコッとした。 僕はさすがに冬だから夏みたいにパンツ一丁でぶらぶらとしてはいないが、今回も寝巻のままでの写真でした・・・。

 

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12月17日、新型コロナ感染前の2019年12月15日に開かれた「手作り忘年会」以来、5年ぶりにひらかれた忘年会の準備。来年3月に開催される第42回同集団展の最終的な作品セレクトに向けた例会が午後1時から3時まで行われた。その後、会員みんなで支度した。(※例会風景はすっかり撮り忘れました)

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新入会員が5人増えたことから経験者は名誉会員の山本さんをふくめて4人。みな手惑いながらも楽しそうに準備は進んだ。新入会員の後藤さん(左)と新井さん。

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この忘年会は、例会をした公民館の部屋でそのまま開くのが特徴。だから参加者はつまみなど料理1品、飲み物1品、以上を持ち寄るのが約束だ。調理室を使っているので料理はできるし食器類はある。この日は手作り餃子を焼き、おでんも煮込んだ。赤飯やおにぎりも作った。

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40年以上在籍する名誉会員の山本さん(左から2人目)と一瀬事務局長と後藤さんの息子さんN君。

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赤飯は山本さんの得意料理。自分て耕して作った大きな落花生と里芋のコロッケは、新入会員の入澤さん。餃子は横浜中華街の店のオーナー直伝だという後藤さんの手作り。

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地元地域でオカリナの演奏をしている新井さんが、Xマスソングなど5曲を演奏してくれた。

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会場に染み渡る調べが流れ、「きよしこの夜」など参加所も声をだして歌った・・・

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前会長の田中さん(左端)は87歳に。毎回参加していた奥様は今回は体調をくずされ不参加。娘さんが大学芋を作って来てくれた。右端の山口さんも去年までは一番新しい会員だったが今や古株に。85歳となるが、全国へ車で撮影に一人で行き、フイルム現像からモノクロプリントの引き延ばし、木製パネル張りまで自ら行っている。ゲストで参加した「風」同人の眞月美雨さん(中央)。

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左からゲスト参加の「風」会員の出口信一さん、新会員の入澤さん、竹川会長、一瀬事務局長、新会員の館石さん、小池さん。館石さんは85歳、小池さんも間もなく80歳となる。みなお元気だ。出口くんは湘南海岸から来たので、鯵の刺し身といか焼きを持参した。手に持つのは、持ち寄ったプレゼント交換で僕の持ってきた物を当てた。

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指のマジックの道具をもらって、遊ぶNくん。

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小池さんは20年物の梅酒のブランデーと缶ビールを、館石さんはみかんを持参した。

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新入会員の後藤さんは唯一の40代。集団のアイドル的存在である。右はゲスト参加の美雨さん。缶ビールなどを持参した。話が二人で盛り上がっていた・・・

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最後に記念写真を。5年前には参加した9人の会員のうちの4人が退会している。現在残っているメンバーはは4人だけである。6人がその後入会した会員。歳月の流れるのは早い。 この日の参加した人は14人でした。
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帰りの電車の中で眞月美雨さんと。出口君が撮影してくれた。ありがとう~!♡☆

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