写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

沖縄の最近のブログ記事

 

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「軍艦島」こと、長崎県端島が閉山になったのが1974年1月。その前年の秋にそのことを知った宅島さんは、当時東京写真専門学校2年、27歳だった。故郷長崎の炭鉱である「軍艦島」を卒業制作のテーマに据えるのには、何の躊躇もなかった。この島が無人島になる1カ月前から島に張り付いて撮影したドキュメンタリー。今回の展示は、学生当時自らが焼き付けたオリジナルビンテージプリントで構成している。同名の写真集も同時発売、好評だ。(中央が宅島さん)

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宅島さんとは2年ぶり。一昨年の銀座で開いた僕の個展「琉球 OKINAWA」に来てくれた以来。

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彼との付き合いは、1980年代半ばから。日本写真家協会の会員同士として彼は著作権委員会で活動していた、僕は広報委員会で任を果たしていた。その後は、経済産業省認可法人であり、文化庁承認著作権等管理事業団体である協同組合日本写真家ユニオンの結成のために共に働いた仲間だ。今年、結成20年になるが、創立当時から、宅島さんは理事、僕は専務理事としてがんばった同志である。

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東京写真専門学校時代の同級生が奥様と来てくれた。よく呑み、遊び、写真論議をした友だという。

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宅島さんは、酒が好きだ。僕が石神井公園に事務所があった頃は、住んでいる場所が近かったこともあって、よく呑み歩いた・・・。長崎県人らしく豪快な呑みぷりだった。

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26日、夏用の上下服を買いに池袋へ。その足でヘアカットをしに行った。カットをしてくれた眞月美雨さんへのお礼を兼ねて、久しぶりに池袋・みやらびへ行った。真後ろの写真は、琉球舞踊家・川田功子さんを僕が撮ったもの。それ以外はすべて石川文洋さんの作品だ。ちなみに功子さんは、ここ「みやらび」の3代目女将。文洋さんの亡くなった前妻は2代目である。本年で創業70周年になる老舗だ。

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写真家・眞月美雨さんも沖縄をテーマにして取材していることもあり、みやらびが好きで来ている。

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正面には、昭和を代表するの小説家、画家、俳優、詩人、政治家などそうそうたる面々のサインが飾られていて圧巻である。

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琉球舞踊家・崎山陽子さんと美雨さん。陽子ネェネェ~はみやらびで働いている。友人の画家・美崎太洋さんの奥さんでもある。

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功子女将の孫にあたる仲濱美海ちゃん(右)。4代目女将を目指し、現在修業中だ。三線や琉球民謡も上手い。3年前までは沖縄芸術大学で学んでいた。いまはしっかりとお店を切り盛りしているようだ・・・。

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沖縄出身の生粋のうちなんちゅ陽子ネェネェ~。もう20数年以上の付き合いだ。彼女の舞台も僕が撮影し、作品が店に展示してある。

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10年前、写真研究塾「風」作品展への出品のために上京してきた眞月美雨さんたちと、初めて行った池袋の居酒屋。懐かしく、久しぶりに行って見た・・・。

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この日は、みやらびで薄めの琉球泡盛と、この呑み屋では薩摩芋焼酎をちびりちびりとした・・・。以前ほどの大吞はもうとてもできない。

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翌、27日は軽く一人呑みをしょうかと思い、目黒で探し、池袋でと思ったが適当な店がなかったので地元へ帰ってきた。そうしたら駅前でバッタリと美雨さんに会う。昨日呑んだばかりだからと思ったが、一応声をかけたら付き合うという。それではと久しぶりに友人の韓国料理店へ行った。

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焼肉はあんまり食べないが、この日は食べた。ワタリガニのケジャン、レバ刺し、白菜キムチ、ナムルの盛り合わせなど肉の他に頼んだ。焼肉はタン塩、カルビに盛りだくさんのホルモンの盛り合わせなど。盛がとても多いので食べるのに相当苦労したが、何とか平らげることができた。
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もう、しばらくは焼肉はいい・・・。
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酒は、奄美・喜界島の黒糖酒をいつも飲んでいたが、最近は入荷していなく薩摩芋焼酎をじっくりと呑むことにした・・・。店主である李ルセ君の体調が余り良くないとのこと。まだ50歳そこそこと若いのに。店は今年に入り週3日休んでいる。あれほど好きだった酒も今は断っていると言う。少し、相談に乗ったが心配である。お互いの健康を祈って別れた・・・。

 

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冷たい粉糠雨の降る中、用事があって池袋へ出かけた。僕の腕時計が5つとも電池が切れて久しい。この半年余り腕時計を使用しない生活を送っていたが、やはり不便である。先ずは時計屋さんへ。次に買い物とルミネカードの申請手続きのためにルミネへ。三番目は東武デパート最上階で、鹿児島大物産展をしているので覗きに行った。

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東武デパートの11Fは、鹿児島県の物産店で一杯だった。奄美地方や屋久島の特産品が懐かしい。僕は初めて見た種子島の伝統工芸品「本種子鋏」、「本種子包丁」に興味を持った。四代目主人と写真家の眞月美雨さんと県のキャラクター「ぐりぶー」と。お土産に甑島で獲れたきびなごの醤油の一夜干しを3パック求めた。昔、甑島のきびなご漁船に乗船して取材したことがあった。その折に食したきびなごの美味だったことが忘れられずに、買ってしまったのである。

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友人の作家・ジャーナリストの上野敏彦さんからメールが入った。「今日、午後6時頃に『さなぶり』へ行くのでいかがですか?」とのこと。ちょうど池袋にいたので「お会いしましょう」と言うことになった。この店の店主は、遥か若かりし頃、沖縄でよく呑み明かした友である田崎聡さん(写真)。懐かしさもあった・・・。きびなごの一夜干しは2人に土産として渡した。

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手前から上野さん、僕、田崎さん。実は上野さんとは初対面である。Facebookを通じての友人ではあるが・・・。元共同通信社の記者・編集委員だったことから僕と重なる交友が多く、昔からの友達だったような親近感を互いに感じていたのだ。会って直ぐにそれは実感できた。田崎さんにしても30年以上のブランクはまったく感じなかった。3人とも酒をこよなく愛する所以かもしれない。

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料理のメニューにもこだわりがあった。写真は沖縄おでん。大きなテビチィ(豚足)をじっくりと黒糖や泡盛を使って煮込んだものに大根、昆布、野菜、玉子などが入っている。とろけるようなうまさだ。他にも沖縄の蒸籠など味わいのあるつまみが用意されている。店主は「自分が酒のつまみにしたい物しか出さない」と豪語していた。

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「さなぶり」とは田植えが終わり、田の神々を祝う饗宴のこと。「早苗饗」と書く。この店の売りは、上質の粕取(カストリ)焼酎と泡盛古酒(クース)が呑めること。田崎さんが全国の酒蔵を歩いて製造したものを並べている。米粕や蕎麦粕などから蒸留酒にしているという。江戸時代から造られてきた環境型の焼酎だ。店のスローガンは「絶滅危惧酒を救え!」だ。 沖縄に40年通い泡盛は呑みつくしてきたが、カストリ焼酎は初めてだった。香りたって切れのある味、僕は勧められるままに四杯呑んだ。久しぶりに心地よい酒と出逢えたのである。店は新宿百人町。山の手線・新大久保駅から徒歩3分。

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「こまつ平民食堂」の豆乳とうふ鍋。我が家の冬場の夕餉は、ほぼ毎日が鍋料理である。

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2月24日、家の近くの新河岸川の岸辺には、まだ浅いが春の訪れが感じられた・・・。

 

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先週から今週にかけた幾日か、自宅前の同じ場所からすっかり秋麗となった秋の暮れを撮ってみた。

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アッと言う間に陽が沈む。つるべ落とし・・・。

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5~6年前までは一面畑が広がっていたのだが、あっという間に住宅が立ち並んだ・・・。

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うっすらと西の空に三日月が・・・。

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この日は、雲一つない夕暮れだった・・・。

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辺りは暗くなり、家々に灯が燈りはじめた。1年間、365日定点観測をしても面白いかも・・・。

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今年の6月、梅雨のシーズンど真ん中に取材した中から、8ページのグラビアを組んだ。南城市の馬天港で驟雨の一瞬の晴れ間にハーリーの練習をする地元の青年や子どもたちに出会った。

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太平洋に浮かぶ小さな奥武島で。408年の歴史をもつ観音堂の森。島の至る所に御嶽や拝所があった。現在は本島と橋で結ばれている(南城市)。
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沖縄に行くと必ず行く名護市辺野古。かっては基地の米兵たちで毎晩賑わっていた辺野古もいまやその面影もない。米軍の新基地建設のために強硬に埋め立てが進む辺野古崎の美ら海。工事現場を望める辺野古崎の雨の浜で。

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写真家・比嘉康雄さんがライフワークとして通っていた久高島。巨木なガジュマルの老樹と東海岸にあるイシキ浜。ニライカナイへとつながる聖地であり、五穀豊穣の地とされている。大きなハマユウが咲いていた。

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土砂降りの雨が突然止んだ。琉球の創世神アマミキヨが降臨した場所、久高島の最北端・カベ―ル岬へと続くサンゴの道が現われた・・・。 本文は2000年5月に享年61歳で亡くなった沖縄の写真家・比嘉康雄さんの回想を記した。 彼はこの島をこよなく愛し、民俗学的資料として多くのものを残している。

 

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9月7日、上福岡西公民館で「写真集団・上福岡」の9月例会が開かれた。2024年3月6日から開催予定の第41回写真集団展の準備に入るため、持ちよった作品も一回では並べきれずに2巡並べるほどであった・・・。病気などで欠席した会員は3人でした。

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この日、見学者が一人あった。左から2人目の鈴木さん。子ども連れの人は前回入会した後藤さん。

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会が終わった後、「お疲れさま・暑気払い会」を会場近くの居酒屋で。そうしたら見学に来た鈴木さん(僕の右隣)が入会することに。すぐさま、みんなで歓迎の乾杯をしたのだ。おめでとう~!♡☆

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後藤会員と息子さん。彼女はいま、3人の子育てをしながら写真活動をしている。5歳の行成くんもモデルとなってママに協力しているのだ~!!

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2人の新入会員は、どちらも竹川会長が声をかけている。「竹川さんに憧れて会に入りました・・・」という発言に、会長(右端)は思わず顔を赤らめていた・・・。

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最寄り駅が一緒の一瀬事務局長。僕が駅前の蕎麦屋で一杯やっていると、買い物終えた帰りに一瀬さんが顔をだしてくれた。

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帰宅後、つまみに冷蔵庫にあったゴーヤでチャンプルーを。最近、ゴーヤが安くなったのと簡単に作れるので、ゴーヤチャンプルーをよく作る。家のあり合わせのものを混ぜればよい。この日は鶏の胸肉、油揚げ、木綿豆腐、そして玉子だ。そして出汁にはガラスープ、昆布だし。最後に荒引き胡椒少々。ゴーヤのシャキシャキ感が冷えた酎ハイによく合うのである。

 

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立秋などは等の昔に過ぎたのに、毎日が酷暑、極暑の日々・・・。家の前の畑のスイカは暑さと降水量の少なさにほぼ全滅。みな割れてしまったのだ。(8月下旬の午後4時過ぎ)

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僕と同じ歳の隣人は、サラリーマンを辞めてから農家に前の土地を借りて農業はじめた。最近は本格的な農民になりつつある。暑さが少しは収まった夕暮れ時に畑に出て作業をしていた。(8月下旬)

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8月17日、東京芸術劇場で開かれている第38回日本海洋画展へ行った。今後、8月28日~9月3日まで、兵庫県民会館アートギャラリー。9月14日~19日まで、福岡アジア美術館において巡回展が行われる。 現代日本画壇の海洋画を一堂に集めた見ごたえある絵画展です。ぜひご覧ください(無料)

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スタッフと記念写真~!♡☆ 毎年発行している全作品が納められた画集(目録)撮影を僕が担当している。

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日本海洋画展とマリナーズ・アイ展の事務局を担当している飯田さん(左)と写真家の眞月美雨さん。

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8月18日、皆川靖写真展「房総逍遥 Ⅱ 安房・上総丘陵の四季風光」(ポートレートギャラリー/8月17日~23日)を見る。写真展DMと同時出版した同名の写真集(日本写真企画刊・3300円 税込)。皆川さんは千葉県を中心に写真活動をしている。現在、千葉県写真美術会副会長など。

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近所の居酒屋でブラリと呑む。大学院生のHさんと芝居や表現について語り合う・・・。

写真家・眞月美雨さんとは、9月28日から10月4日まで新宿御苑前のアイデムフォトギャラリー・シリウスで開かれる、「風」創立15周年記念展に出品する作品などの事など語り合った・・・。
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少々ご機嫌な僕でした・・・。近年は呑むと直ぐに眠たくなるので、あまり外では呑まない・・・。

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こんなことが実際にあるのか、というぐらい偶然の再会であった。この日、僕は創業70周年となる池袋の沖縄料理の店・みやらびへ久しぶりに顔を出した。友人の画家・美崎大洋さんを誘ったが生憎、体調が悪いらしく断られたので独りで店に入った。珍しく混んでいたのでカウンターへ腰かけてオリオンビールを呑み始めた。そこへ店の幸ちゃんが電話を持って、いま、重松さんから電話でこれから沖縄そばを食べにくるという。しかし、この日は汁が一切なく、麺類は出来ませんと伝えたという。重松さんは諦めて電話を切ろうとしたときに、いま写真家の小松さんが来ましたと告げると、えっ小松さん、懐かしいからちょと顔を出す。と言うのだ。(左から重松さん、琉球舞踊家の陽子さん、僕)

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あの忙しい売れっ子作家の重松清さんが、来ないでしょうと半信半疑でいると5分足らずで本当に顔を出したのである。銀座にこれから呑みに行くのでほんのちょとだけですと言ってまずは12年ぶりとなる再会に乾杯をした。東日本大震災直後の2011年7月25日、新潮社から刊行された『宮澤賢治 雨ニモマケズという祈り』のサハリン・ウラジオストック取材やそのあとの打ち上げ以来だったのである。重松さんと陽子ネェネェ~。

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2年前までは沖縄藝術大学で、島唄や三線などを学んでいた美海ちゃん。みやらびの女将となるべく、いま修業中。功子現3代目女将の孫にあたるのだ。重松さん、何卒ごひいきに・・・。

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左から功子女将、重松さん、陽子ネェネェ~、そして僕・・・。展示された写真は、この店の2代目女将の夫だった写真家・石川文洋さんの作品。右から2点目は僕の作品。功子さんの舞台をを撮影したものだ。もうかれこれ40数年通っている店だ。

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みやらびには、昭和の文壇作家をはじめ、画家、俳優など文化人が揮毫した色紙が100枚以上ある。飾ってあるのはその一部だ。佐藤春夫、檀一雄、新田次郎、山下清、山田五十鈴などなど。基本的には鬼籍入った方々を展示しているが、特例に重松さんの色紙は飾ってある。ファンが多いそうだ。
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サハリン取材は毎日が愉快だったと思い出話は弾んだ。毎夜、毎夜呑み歩いた。同行した編集者も呼んで会をやろうと盛り上がったのだ。12年も会っていなかったとは思えなかった。僕の母が亡くなったことをはじめ、近況など詳しく知っているのに驚いていると、僕のブログに目を通しているという。「えっ!!」と声をあげると「僕は小松さんのブログを世界で一番読んでいる読者だと思うよ・・・」と言うのだ。僕はとてもうれしかった。書いてきてよかったと思った。まもなく初めて2500回になるが、時々何のためにこんなことをしているのか、と疑問におもったこともあった。でも、重松さんの一言でこれからも続けていこうと決意をしたのである・・・。 合掌

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家の前の駐車場から夏雲を望む(2023年8月15日)。

 

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南陽市・馬天港でハーリーの練習をする子どもたち。土砂降りの雨が止み、晴れ間が一瞬でた。

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6月11日、空港について直ぐに南陽市・馬天港へハーリーの取材に行き、この日が最終日だった豊里友行写真展「おきなわ」を那覇市民ギャラリーへ見に行った。

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豊里君と写真研究塾「風」のメンバー。この後、搬出の手伝いをみんなでしてから別れた。

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本来は、新しくオープンした牧志公設市場や壺屋などを取材してから沖縄タイムス記者(編集委員)の阿部岳君(左端)に会うことになっていたが、時間が押して真っ直ぐに向かったが少し遅れてしまった。ごめんなさい~!☆ 1年ぶりの再会だった・・・。

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日曜日で台風の影響もあり、牧志公設市場でもさすがに、鮮魚はあまり多くはなかった。夜光貝とクエの良いのがあるというので、それぞれのお造りを頼んだ。

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20数年来の付き合いになる公設市場の2Fにある「ツバメ」食堂で。昔の市場より、仮設のときよりも、店が大分狭くなっていた・・・。

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2軒目は、新しくできた店だが昨年から行きはじめた店。仮設市場があった前にある。呼び鈴を押すとハブ酒を一杯飲まなければならないという決まりごとがある。僕はあおちゃんが押したので一杯呑む羽目になってしまった。阿部君がゲームに負けたのでその罰ゲームなのだという。

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出口君の娘・あおこちゃん(一番奥)も合流した。この店の絶品は「じーまみ豆腐」。

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6月12日目、ホテルの朝食。県庁前で国際通りに面したいいホテルだった。

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那覇市内のホテルから真っ直ぐに奥武島へ。沖縄に詳しいNHKの記者の友人のお奨めスポットだった。昼飯は沖縄そば。もずくが練り込んである麺が美味しかった。

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海を前にして・・・。

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フェリーの出港に時間があったので由香ちゃんお奨めの喫茶店のフロント。番人役の猫ちゃん。無銭飲食は許さないにゃぞ~!!
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僕は白砂と海をみながらオリオンビールを。至極の時なり・・・。
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久しぶりに久高島を訪れた。フェリー乗り場の待合所には、お母さんに甘える子猫たちが出迎えてくれた・・・。
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久高島の最北端、琉球開闢の神・アマミキヨが降臨したハビャーン(カベール岬)で。手前から美雨、僕、並木さん。(撮影:出口信一)

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久高島の巨木ガジュマル。

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久高島・徳仁港を見下ろす丘で、いままで降り続いて雨がやみ突然陽が射しこんだ。

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小さな民宿へ泊めてもらった。夜の交流は、虫の音やカエル、鳥の鳴き声のなかで・・・。

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並木さん、あおこちゃんは先におやすみ・・・。

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6月13日、14:00のフェリー出港まで久高島を巡る。比嘉康雄さんの写真が展示してある民俗資料館にも行った。写真はニライカナイへの遥拝場であり、五穀発祥伝説の浜・イシキ浜へ。

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雨は降り続いていた・・・。

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雨のガジュマル。

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カベ―ル岬へと真すぐと続くサンゴの白砂の道で。今回の「風」取材メンバー。右から僕、美雨、並木さん、沖縄在住の出口君。

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久高御殿があった場所。かってはイザイホーなどがおこなわれた。現在も主要な年中祭祀をおこなう祭場。一番奥の建物はエラブ―(ウミヘビ)を蒸す作業小屋。

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6月14日、屋我地島で。 昨日の13日は久高島から途中、読谷村のやちむんの里へ寄り、名護市内へ着いた。夜は地元のやんばるの自然写真家・東江さんを囲んで話を聞いた。14日は彼の案内でやんばるの森へ行く予定だったが、大雨洪水注意警報が出されていたので残念だが中止。

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この写真は、6月14日にやんばるの森を案内してくれる予定になっていた写真家・東江辰昇さんが、その後7月29日に撮影したもの。「あの時は残念でしたが、久しぶりにヤンバルクイナが撮影出来ました。29日の深夜12時に国頭村のダム近くでの撮影です・・・」と写真とメールが来た。

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本部港にある友人のお店・「本部口福家」の名物料理。雨の古宇利島を廻って来たのだ。

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前日の名護市内のお店ではこの天気続きで、魚は一切入荷していないと言われ、ありつけなかったので船長でもある店主が特別に用意してくれていたがうれしかった。

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左から2人目が店主の森満憲司くん。昨年5月、名護市内で出会い、難波で開いた大阪展に店長を連れて見に来てくれた。僕が道頓堀にある彼のお店が気に入って友達を誘っていったりもした。本部が第一号店だというので今回、顔をだしたのである。腕をふるってたくさんの美味な料理を出してくれた。ありがとう~!

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午後からは40年来の付き合いの地元の写真家で運動家でもある宮里さんに辺野古を案内してもらった。雨が激しく、思うように撮影は出来なかった。

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かっては米兵たちで賑わっていた辺野古の町。キャバレーだった建物。

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夜は僕が名護に来たら必ずよる常連の店・「春海」へ。宮里さんを囲んで一杯やった。地元の泡盛と島らっきょ。

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この店は鮮魚が売り、やんばる料理や名物くじら料理もあるさ~。

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同志見たいな友・宮里昇さん。若かりし頃は真の写真家をめざして互いに切磋琢磨していた。彼は一昨年までは那覇市議会員も務めていた。

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「風」会員で協同組合日本写真家ユニオン会員でもある写真家・出口信一君と奥さんの由香さん。スイカは「本部口福家」の森満くんがお土産で持たしてくれた。

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交流会が終わったあと宮里さんと二人で、これまた30数年来の友である宮城リーミさんのお店に顔を出した。彼女は写真もやっている。いま、名護市商工会の理事、日本ハムファイターズの名護応援団長を務めているなど地域活動に貢献している。店のカウンターには、若かりしエンゼルスの大谷翔平選手とのツーショトの写真が飾ってある。

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名護市のシンボル・ひんぷんガジュマル。樹齢は400年とも・・・。

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巨木ガジュマルの下に、名護市が生んだ弁護士で社会活動家の徳田球一の顕彰・生誕碑がひっそりとあった・・・。

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新しくオープンした名護市博物館。

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僕が好きな名護の東食堂へ。昔と比べると店内を広げていた。聞くところによると那覇市内にも支店を出したという。

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僕はソーキそばを頼んだ。近くに「新山そば」もあっが、ここのかき氷が絶品なので久しぶりに食べたくなったのだ。

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東食堂のぜんざいの右に出るものはないと思う。それでいて350円と安いのだ。さっそくみんな頼んでほおばった。

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恩納村の山中を耕し暮らしている友達がいる。以前はここにインデアンの居住する建物があり僕も何度か泊まった。この建物は中東のトルコなどにあるものだという。驚いたことにこの建物を作るボランティア活動に出口家もかかわっていたという。真ん中が「またまた農園」の又一夫妻。

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摘んだ葉での茶や果物を出してくれた。昨年の僕の那覇、名護の個展に夫婦で来てくれたが、その前は20年ほど会う機会がなかった。うれしい再会ではある・・・。

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今や司法書士の事務所をたたみ、のんびりとこの山の農園で暮らしているという。僕が以前、沖縄で「ヒマラヤの神々」の写真展を開催した時に、又一さんは事務局長としてその中心メンバーだった。那覇に戻る途中、僕の写真の先輩でもある沖縄在住の写真家・小橋川共男さんが指導しているグループの写真展を北谷町でしていたので寄って一年ぶりの再会を果たした。故・丹野章さんの弟子でもある小橋川さん、80歳を過ぎたという。いつまでもお元気で・・・。

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初日に会えなかった与那嶺鮮魚店へ顔を出したが、またしても店は閉まっていた。午後7時過ぎには閉めてしまうのだ。少し遅れてしまったようだ。残念である・・・。

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初日の11日に行った店にまた行き、お疲れさま会を開く。沖縄滞在中、本当にお世話ななった出口夫妻に深い感謝を込めて乾杯をした。親しくなった店の店員と記念写真。並木さん好みの青年だという・・・。

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本当にお疲れさまでした。そして6日間、無事に取材を終えることができて良かったね~!♡☆ 沖縄最後の夜は島酒で盛り上がりつつ更けて行った・・・。
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6日目の16日午後、那覇空港のレストランで東京に戻る3人で最後の乾杯~! オリオンビールを空けた後、僕は泡盛のロックをやりながら、何も変わってはいない本土復帰51年目の沖縄についてぼ~と考えていた・・・。

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ANA996便は羽田に向かって低空飛行に入っていた。2時間ほど眠っていたらしく目に眩しい光が飛び込んできた。関東地方は梅雨の晴れ間が広がっていた・・・。 (沖縄小取材記は終わり)

 

 

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2023年6月11日、沖縄上空は一瞬青空が見えた。飛行機は予定通り13時15分に那覇空港に着いた。11日から16日までの6日間の小さな旅である。

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空港から真っ直ぐに向かったのは、南城市馬天港。「風」会員の出口信一君の娘・あおこちゃんが参加している地元の子どもハーリーの練習があるというので見に来たのだ。

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あおこちゃんのお母さん、つまり出口君の妻・由香さんの手。最近、沖縄に古くから伝わる刺青をしたという。

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奥武観音堂の森。島には御嶽が多い。
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その一つ奥武島の御嶽。

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これも島の海岸にある龍神御嶽。

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神の島・久高島に高波を乗り越えてフェリーで渡る・・・。対岸は知念岬の山々。

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久高島の港は穏やかで青く澄んでいた。

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フェリーの待合所にいた猫たち。久高島では至る所で沢山の野良猫たちに出会った。みな人間を恐れずにのんびりと暮らしていた・・・。 (※2~3回に分けて沖縄編は続きます)

 

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見ておきたい写真展があったので都内に出かけた。先ずは船尾修君の作品展。今年度の土門拳賞受賞作品だ。最終日の5月8日に何とか間に合った。作者はいなかったが入場者は多かった。

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受賞作となった写真集『満州国の近代建築遺産』(集広社刊)。400頁を超える大本だ。クラウドファンディングをして資金を集めて出版にこぎつけたというが、よくぞここまで立派な著作になったものだと感心した・・・。

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5月8日、銀座のソニーイメージングギャラリーへ行った。富士フイルムフォトサロンでの林忠彦賞受賞作品の方には行けなかったので、こちらに来たのである。作者の新田君はいたので話をした。サハリンには僕もソ連時代とロシアになってからも行っているので興味があった。写真展を見た後、僕なりの感想を述べた・・・。

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写真集も比較的求めやすかったのと自主出版なので大変だというので購入した。そうしたら新田君が突然、「もう30数年前になりますが、僕がバイトをしていた出版編集部によく小松さんが来ていて一緒に食事をしたことがありました・・・」というので驚いた。僕はまったく記憶がなかった。話をして行くと当時の編集部にいた人たちの顔が浮かんできて懐かしかった。不思議な縁だと思って妙にうれしかった・・・。

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古くからの写真の友人である石川武志さんが昨年のユージンスミスと水俣関連の写真展に続き、個展をしているので見に行った。インドの大都市・ムンバイに生きる男性でも女性でもない「ヒジュラ」と呼ばれる人たちが、サード・ジェンダーの社会の中で、厳しくもたくましく生きる姿を共感を込めて追った作品。

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右端が石川武志さん、その隣は写真家の赤城耕一さん。

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会場を埋めた作品の色彩がいかにもインドらしいと思った・・・。

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2か月半ぶりに開かれた「写真集団・上福岡」の例会。

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2023年度、初めての「写真集団・上福岡」の例会が5月10日にふじみ野市で行われた。2月に行われた創立40周年記念展は、史上最高の入場者で大成功だったという報告を受けた。来年も引き続き写真展をやると言うことがこの日の総会で決まった。写真を持って見学に来たGさん(右端)、ぜひ入会してくれるとうれしいな~!♡☆

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昨年5月、沖縄で出会った某放送局の社会部記者のHさん。奥さんが沖縄出身であり、自身も沖縄支局が長かったこともあり、大の沖縄通である。この日も二軒目にもかかわらず2人で泡盛のクース(古酒)をボトル1本空けた。6月に行く沖縄取材のことでも多くのアドバイスをもらった。僕よりずいぶんと若いが、呑んでいて愉快な人である。隣は琉球舞踊家の崎山陽子さん。池袋にある琉球料理の店・みやらびで。

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はじめて「みやらび」へ来たという女性2人のお客さんと共に(2023年5月8日)。

 

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今週はめずらしく3日間連続で外出した。あまりこうしたことは無いので疲れた・・・。20日はもう257回目となる「一滴句会」に参加。選者の中原道夫さんも参加して句会の後、3年ぶりの忘年懇親会を開いた。今年亡くなられた豊田瑞穂さんを偲んで献杯をした。久しぶりに会計を担当している栗原けいこさんが元気なお姿で見えられほっとした。僕もふくめてだが、みな歳を重ねた・・・。

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「アサヒカメラ」元編集長でジャーナリストの岩田溢平さん、写真家の木下修、京セラの元部長をしていた青木青眠さん。

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前回から入会した土田社会さん(左奥)。本職はシャンソン歌手。来年2月5日、神楽坂ポン・ボヤージュでソロコンサートを開く。手前は写真家で女流棋士でもある笠原亜紀さん。

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2年ぶりくらいに参加した栗原けいこさん(左奥)。元フォトコンテスト編集長で「一滴会」の代表を現在している板見耕人さん(手前)その隣は前リコーイメージングの池永一生さん。

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づけ刺身を撮る俳人の中原道夫さん。中原さんの隣は、青野はつ音さん。

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新橋駅前のビルにあるよく行く店の前で記念写真を撮る。僕もふくめて13人の出席で久しぶりに盛り上がった。創立より代表だった岡井耀毅さんがお元気でいた頃を彷彿とさせる楽しかった師走の夜だった・・・。

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257回「一滴句会」中原道夫選で小松風写の俳句が3句入選した。(写真は銀座・並木通りにある資生堂本社)

・高野山しまきの中に鎮もれり  風写  ・仏名会来し方を問ふ燭の前  風写  ・寒行や尼僧    の香に擦れ違ふ  風写

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3年ぶりに銀座のクラブに顔をだした。米寿を迎えた女将もお元気にコロナ禍を乗り越えてお店をオープンしていた。うれしかった・・・。

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地元銀座界隈で老舗の質屋さんの主、宝海さん。90歳前だがお元気だ・・・。

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俳人・中原道夫さんは何をしてもプロ級の腕前。もちろん歌をうたっても上手い・・・。

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この店のちいママ・まりちゃんは、宝海さんのお気に入り。

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リコーイメージングスクエアを長年担当していた写真プロデューサーの池永一生さん。

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写真家の木下修さん。矢沢永吉のヒット曲を熱唱したのには驚いた・・・。

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左から元モデルで歌手だった片桐うららさん、中原道夫先生に、小松風写でした。中原さんとはすでに30年余の付き合いになる・・・。

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21日、「写真集団・上福岡」12月例会。第40回記念写真展が2023年2月22日~26日まで富士見市民文化会館 キラリ☆ふじみで開催が決定している。

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写真展の案内状(DM)も出来上がり、いよいよ本番に向けての最終段へ突入した。DMを持つ一瀬邦子事務局長。

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例会が終了後、ささやかな忘年懇親会を近くで開いた。

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望年会が終わったあと、僕は独りで最寄り駅前の蕎麦屋へ。この蕎麦屋は開店以来の僕が常連の店。この日、約一年ぶりに日本酒を一杯呑んだ。地元埼玉の酒「神亀」だ。なかなか美味い酒ではあったが、さすがに酔いが回った・・・。

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写真家・西野嘉憲さん。沖縄の石垣に現在は暮らしている。石垣島の漁師と奥飛騨地方の熊を追う猟師たちを追った迫真のドキュメンタリー作品だ。

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池袋・東京芸術劇場で出版のことで打ち合わせをした千葉の銚子から来たアッサン水谷さん(左)。イスラム教徒になり400日余り取材をした「サハラ放浪」(仮題)を来春出版予定だ。西野君、僕。

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西野君は大阪富田林市の出身だという。第4回笹本恒子写真賞受賞者の渋谷敦志君にしても今回の西野君にしても一番油の乗っている年齢。写真のテーマ性も大きいし、表現もストレートでよろしい。今後に期待する新進気鋭の注目の写真家である。

☆いよいよ2022年もあとわずか、みなさまにおかれましては師走の寒波のなか、お元気にお過ごしのことと察しています。心のこもったお歳暮が届きました。ありがとうございます・・・ 合掌

日本お布施党  党首

☆埼玉・Nさま 秩父のウイスキー・イチローズモルト&グレンワールドブレンデットウイスキー2本 自宅庭で採れたゆずたくさん   ☆東京・Nさま 芋焼酎・黒霧島1本  ☆鹿児島・Sさま 天草の活き車エビ420グラム(13尾)  ◆本当に感謝申し上げます

 

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すでに3か月ほど前になってしまったが、読売新聞の「本 よみうり堂」の書評に堀川惠子記者が、短いながらも的を得たうれしい評を書いてくれた。ここに紹介しておく。その他に沖縄タイムス、琉球新報、上毛新聞、京都新聞、信濃毎日新聞、南日本新聞、赤旗しんぶん、フォトコン、アサヒカメラ、前衛、デジカメなどに紹介された。共同通信が配信してくれたのでほかの地方紙にも載っていたという声は聞いたが、僕の手元にはなく確認はできていない。それにしてもありがとうございました・・・。 合掌

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9月9日、前日沖縄から上京してきた「風」の出口信一新会員がすでに提出していた作品のプリントの仕上げがいまいち納得できないので、プリントをし直したので再提出したいと僕の家の近くまで持ってきた。塩崎亨同人も提出作品のプリントチェックがあるので合わせて来た。高田昭雄同人、並木すみ江同人、中村咲同人の作品についても最終的な確認をした。眞月美雨同人の作品については、いま写真弘社で制作中で来週早々に仕上がることになっている。中村さんの写真集『いのちの巡礼』を見ている出口会員(右)と塩崎同人。

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2時間余り、記念写真展のこと、次回例会の事や合宿のこと、沖縄への取材のことなど話し合ったあと近くの七輪のホルモン焼き屋へ行った。この店は僕が40年来通っている店ではあるが、店主は3人変わった。しかし、味は代々引き継いでいる。初代の在日のおばあちゃんの故郷の味付けが引き継がれているのである。仕事で少し遅れて美雨同人も合流した。まだ7時半だったのでもう一軒駅前の鮨屋へ行った。軽くつまんで一杯やってから別れた。お疲れさまでした・・・・。

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