この日は、国立埼玉病院で腎臓がんの定期検査の結果が出るので午後から出かけた。右腎臓全摘手術後、1年半が経った。しかし、今回の検査で、再発も転移もないと言うことだった。ほっとした。 その足で、新橋でおこなっている一滴の句会へと急いだが16:30分を廻っていしまい間い合わなかった。忘年会は5時からと聞いていたので直接会場のある新橋ビルへと向かった。
久しぶりの地下の食堂街は様変わりをしていた。以前通っていた呑み屋は消えていた。この地下街にある老舗割烹「志ん橋 ひでや」が一滴の忘年会場になってから久しい。
この呑み屋街は印象的にはアジア系の店と地方の料理をメインにしたお店が増えたようであった。
北海道の釧路のカニを取り扱う呑み屋だった。店の前にはタラバカニやズワイガニが並んでいた。
25年度忘年会には14人が参加していた。創立から代表を務めていた岡井耀雄さんをはじめ、多くの人が鬼籍に入られて会員も半分以下になったが、僕が初めて会う新入会員の人も3人参加していてうれしかった。
僕は句会には出席できなかったが投句はしていた。駄句ではあるが記録として書いておこう。
・黒川能凍てる車窓や出羽三山 ・淑気満つ御巫舞(みかんこまい)の柾目床 ・短日や水平 を射る龍馬の眼(土佐・桂浜) 風写
中央が現在講師をしている俳人の中原道夫さん。僕がお願いしてから十数年がたった・・・。長年お疲れさまでした。そしてありがとうございました。
朝日新聞の岩田一平君が参加していたが、写真を撮る前に用事があると帰ってしまった。残り13人で記念写真。さすが和食料理は旨く、酒も良いものをそろえている。左手前は、現在代表をしているフォトエディターの板見さん。彼も創立の時からいる古い俳句仲間である。
二時間半ほどでお開きとなった。中原さんと地元の宝海さんとうららさんとで銀座のバーへ行こうと誘われた。体調の事を考えると悩んだが、ご無沙汰していて迷惑ばかりかけているので少しは付き合おうと行くこととした。
会で最長老になった宝海さん90歳がよく行くバーだという。僕は初めてであった。みんなはよく呑み、よく話ていた。羨ましいほどに。酔いも回って頭痛もあり、帰りたかったので早めに引き上げた。近くではあったが有楽町までタクシーに乗った。腰も痛くて歩く自信がなかったのである。久しぶりの銀座の夜の飲み方は疲れると思った。休み休み来たこともあって自宅に着いたのは何年ぶりかの「午前様」であった。
<寒中お見舞い申し上げます>
☆全国のみなさまのあたたかい志しが届く季節となりました。心から感謝申し上げます 合掌
☆山形・Sさま ラ・フランス一箱、庄内柿一箱 ☆東京・Sさま 世界の子どもカレンダー ☆埼玉・Aさま 枕崎&焼津の削り節、モロゾフのチョコレート箱入り、奄美の黒糖焼酎(古酒)、 日高昆布一束 ☆東京・Kさま 北海道産 美の国詰め合わせ ☆埼玉・Hさま ニトリの高級毛布2枚 ☆埼玉・Iさま 薬用入浴剤、チョコレート ☆東京・Mさま オリジナル洋画カレンダー ☆群馬・Kさま 新米3合、干し柿 ☆東京・Sさま 日本の自然オリジナルカレンダー ☆鹿児島・Sさま さつま鶏チキン一羽 ☆東京・Aさま ニチロー漁業の缶詰めセット
※みなさま、ほんとうにありがとうございました 合掌
