写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

[no.2286] 2026年1月20日 遅くなりましたが、本年もよろしくお願いします。まだ完治ではありませんが退院できました。病名は右肺炎胸膜炎(重度の肺炎)でした。暮れに救急車で運ばれて、20日間入院していました。通院と投薬を続けながら自宅でのリハビリなど治療が続きます。一日も早い回復を目指して努力します。よろしくお願いします 合掌

 

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富士見市にある病院なので、富士山が本当によく見える。4階にある僕の病室の窓から。この日は朝は綺麗に霊峰・富士山が姿を現した。僕は朝夕と富士山へ向かって毎日、合掌をしていた。

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富士山へ向かって夕日が落ちるのだが、この日は不思議な雲が沸き上がっていた。

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冬至が過ぎたとはいえ、まだまだ日が暮れるのは早い。しかし太陽が沈んだ後には思いもよらないドラマチックな光景が広がることもある。

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病窓の目の前が小学校の体育館だ。毎晩地域のクラブだろうか、バレーボールやバスケットボールの練習する元気な姿が見えた・・・。

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退院する前々日の朝焼け。病室からでなく、廊下の窓から撮影した。

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1月15日、東京印書館が打ち合わせに来ることになっていた。4月下中に刊行する予定の庄内、月山麓にある黒川能の写真集の編集構成、レイアウト、写真データなどを入稿するためだ。入院中、体調の良い時に医師の許可をもらって作業をコツコツと進めてきたのである。入院して2度目のシャワーを浴びた。体重は入院時より13キロほど減っていた。

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退院前日の夕日。この光景とは見を納めである。20日間ありがとうございました・・・ 合掌

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(退院の日の朝、ベットから病窓を撮った)

・12月24日から39度を超える高熱に見舞われて自宅で寝ていたが、29日にの朝、タクシーを呼んで近くの病院へ行った。検査結果の末、担当医は「肺がんで、ステージ4に限りなく近い。直ちに大きなな病院へ入院すること」と告げた。倅や僕も確認したが間違いないと断言した。

・救急車を呼び、受け入れてくれる病院を探したが、暮れのこの時期といこともあったのか、どこも断られ4軒目の病院がようやく受け入れてくれた。それが今回の病院だった。看護師をはじめスタッフも気持ちよくきびきびとしていた。担当の女医さんも若いがしっかりしていて信頼できた。僕は付いていたと思う。

・暮れも迫った29日に入院して大晦日、そして元日を病院で独りで迎えた。72年の人生の中で初めての体験だった。大掃除も出来ず、正月の飾り付けも、初詣も、年賀状書きも出来ていない。先ずはおせち料理の残しを食べた。お雑煮も作って食べたい。ぼちぼち年賀を書きはじめなくてはと思うがもう完全に年賀ではないがご挨拶として出そうと思う。

・退院してきて身の回りのことから少し少しづつ初めている。リハビリとして家から近い公園まで休み休みだけれども散歩も始めた。足がさらに弱くなっているので、このままでは不安でどこにも出かけられないと思った。ちなみに信じられないでしょうが約1か月間、アルコールは一切口にしていない。飲みたいとも思わなくなっている。退院祝いの乾杯もノンアルコールでした。 しかし、元気になったらきっと酒は呑むでしょう。心の友だから・・・。  合掌

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