那覇市民ギャラリーがある県庁前のパレットくもじ(正面)。7月29日~8月3日の6日間で800人を超える人びとが見に来てくれた。
7月28日午後1時から展示構成作業が始まった。沖縄県内から手伝いに来てくれた写真家の皆さんのおかげで5時前にはおおよそ終えることが出来た。ありがとうございました。 合掌
作業が終わった後、残った人たちでささやかなお疲れさま会をした。沖縄写真協会、日本写真家協会、日本写真家ユニオンの人たちをはじめ、沖縄の写真家たち16人ほどが協力してくれた。「反核・写真運動」としては、事務局長の僕と運営委員の新藤健一さん、事務局員の眞月美雨さんが東京から参加した。
沖縄近海で獲れたマグロの刺し身。
7月30日、午後3時からギャラリートークが行われた。約60人の人々が参加。メディアも琉球朝日放送、沖縄テレビ、沖縄タイムス、琉球新報、赤旗などが取材に来た。
7月30日午後3時からのギャラリートークには、多くの人が参加した。
ギャラリートークで写真を撮った人たちの心情について解説をする僕。
40年来の友人であるメイクアップアーティストでありファションコーディネーターでもある荒井祐子さんが駆けつけてくれた。3年ぶりに写真家でヘアデザイナーの眞月美雨さんと3人で夕食へ行った。
真喜志公設市場へ行って見たが、台風の影響もあり、地物の魚はほとんどなかったので、カニを注文した。いるのはインバンドの外国人ばかり。いつも行く食堂も案の定。長年通い続けてきたが、もういいかと思った。
「反核・写真運動」のメンバー。左から運営委員の新藤健一さん、僕、事務局担当の眞月美雨さん。
QVC 琉球朝日放送の取材を受ける。
OTV 沖縄テレビの取材を受ける。
写真家・東松照明さんの奥様・泰子さんが来てくれた。久しぶりの再会に話は弾んだ。東松さんは、この「反核・写真運動」の創設時の細江英公、丹野章さんら5人の発起人の一人。泰子さんは知らなかったと言う。新聞で知って来た。写真展のあいさつ文にもその旨はきちんと記してある。
泰子さんと久しぶりに会った眞月美雨さんともパチリ~!☆
一番早く放映してくれたのが、琉球朝日放送。沖縄テレビは3回取材に来て名護展の初日の長めのニュースを流してくれた。NHKは最後の放映だった。
沖縄タイムス7月28日付の紙面。7月31日付にもギャラリートークの記事も載せてくれた。
7月29日付の琉球新報の紙面。その後2度取材に来て写真を数点使い、大きな記事を書くと言ってはいたが・・・。
沖縄には本土から移住した若い家族が多い。その奥様方。右端は今回協力してくれた南城市の出口ユカさん。
沖縄に延べで17日滞在していたが、日本蕎麦を食べたのが4回、逆に沖縄そばは1回だけだった。沖縄そば屋だと思い入ったら日本蕎麦、それも立ち食い蕎麦屋だったと言うこともあった。最近沖縄に増えているらしい。写真の蕎麦屋は、うな重やカツ丼などもあった。しかし、島酒(泡盛)は置いておらず、日本酒のみであった。焼酎は置いてないのか尋ねると芋、蕎麦、麦の焼酎はあるという。ここは沖縄だろう~!!
沖縄に一軒しかないという立ち食いの蕎麦屋。とにかく疲れているときには、軽く食べてすぐ宿に戻って寝るためには、都合がよろしい。盛そば、量は大盛で420円だったかな・・・。
沖縄タイムスの編集委員、阿部岳記者。今回は紙面で大きく2度取上げてくれた。感謝~!! 彼が20代の頃からの知り合いなので、会場へも何度か足を運んでくれた。久しぶりに2人で一杯呑む。
刺し身盛。
僕が好きな焼きおにぎり。この店のものには、卵の黄身が乗っていた。
「日本政府は核兵器禁止条約に署名・批准を」の署名活動を推進している沖縄高校生平和ゼミナールのメンバー。8月6日からの広島原水爆禁止世界大会にも沖縄を代表して6人の高校生と行くという。「反核・写真運動」として原爆の写真集を1冊贈呈した。
高校生平和ゼミナールをサポートする大人たちと一緒に。
7月27日から沖縄に滞在していたが8月3日だけ東京にトンボ帰りした。那覇空港出発ロビーで。
8月3日午後2時から「第36回全国保険医写真展」の作品合評会が、同写真展会場の東京・JCIIクラブ25で行われた。
昨年に続き第36回展も最高賞である会長賞を受賞した徳島県の工藤美千代さんと。
参加者で記念写真。
8月4日の夕方。名護市辺野古岬で。埋め立てが進み景観が変わっていく・・・。 名護市立中央図書館で、5日午前中展示構成作業、午後1時からオープン~!♡☆ (つづく)
