写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

2026年1月アーカイブ

 

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富士見市にある病院なので、富士山が本当によく見える。4階にある僕の病室の窓から。この日は朝は綺麗に霊峰・富士山が姿を現した。僕は朝夕と富士山へ向かって毎日、合掌をしていた。

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富士山へ向かって夕日が落ちるのだが、この日は不思議な雲が沸き上がっていた。

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冬至が過ぎたとはいえ、まだまだ日が暮れるのは早い。しかし太陽が沈んだ後には思いもよらないドラマチックな光景が広がることもある。

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病窓の目の前が小学校の体育館だ。毎晩地域のクラブだろうか、バレーボールやバスケットボールの練習する元気な姿が見えた・・・。

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退院する前々日の朝焼け。病室からでなく、廊下の窓から撮影した。

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1月15日、東京印書館が打ち合わせに来ることになっていた。4月下中に刊行する予定の庄内、月山麓にある黒川能の写真集の編集構成、レイアウト、写真データなどを入稿するためだ。入院中、体調の良い時に医師の許可をもらって作業をコツコツと進めてきたのである。入院して2度目のシャワーを浴びた。体重は入院時より13キロほど減っていた。

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退院前日の夕日。この光景とは見を納めである。20日間ありがとうございました・・・ 合掌

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(退院の日の朝、ベットから病窓を撮った)

・12月24日から39度を超える高熱に見舞われて自宅で寝ていたが、29日にの朝、タクシーを呼んで近くの病院へ行った。検査結果の末、担当医は「肺がんで、ステージ4に限りなく近い。直ちに大きなな病院へ入院すること」と告げた。倅や僕も確認したが間違いないと断言した。

・救急車を呼び、受け入れてくれる病院を探したが、暮れのこの時期といこともあったのか、どこも断られ4軒目の病院がようやく受け入れてくれた。それが今回の病院だった。看護師をはじめスタッフも気持ちよくきびきびとしていた。担当の女医さんも若いがしっかりしていて信頼できた。僕は付いていたと思う。

・暮れも迫った29日に入院して大晦日、そして元日を病院で独りで迎えた。72年の人生の中で初めての体験だった。大掃除も出来ず、正月の飾り付けも、初詣も、年賀状書きも出来ていない。先ずはおせち料理の残しを食べた。お雑煮も作って食べたい。ぼちぼち年賀を書きはじめなくてはと思うがもう完全に年賀ではないがご挨拶として出そうと思う。

・退院してきて身の回りのことから少し少しづつ初めている。リハビリとして家から近い公園まで休み休みだけれども散歩も始めた。足がさらに弱くなっているので、このままでは不安でどこにも出かけられないと思った。ちなみに信じられないでしょうが約1か月間、アルコールは一切口にしていない。飲みたいとも思わなくなっている。退院祝いの乾杯もノンアルコールでした。 しかし、元気になったらきっと酒は呑むでしょう。心の友だから・・・。  合掌

 

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救急車で運ばれた病院の病窓から。2025年12月29日午後4時。 この24日から体調をくずし、39度超える日が続いたが、病院などには行かなくとも何とかなると高をくくっていた。そこに来て26日に2階の階段から転落、肺を強く圧迫するとともに強打した。前から至急検査結果を聞きに来るようと病院から連絡があり、休み明けの29日にようやく病院へ行った。そのまま検査、検査で即入院となったが、あいにくの満室で、入院できず4軒目にしてようやく引き受けてくれる所が見つかった・・・。先ずは入院への経緯。

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着の身着のままで、何一つ持たずの入院だった。スマホも充電が切れてつながらない状態だった。気がついたら年越し、大晦日の夜になっていた。病院で用意された「豪華年越しメニュー」。毎年、京都の有名店と神楽坂の老舗店からそれぞれ三段のおせち料理を頼んでいるのだが、今年は・・・。

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2026年1月1日の夜明け、病窓から。

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2026年元日の朝。みなさん、あけましておめでとうございます。こんな格好で失礼します。自写撮りです。

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2026年1月1日の夜明けを病窓から。

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元旦の朝のお正月メニュー。小豆のお粥。
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1月1日の夕暮れ。休息室からの眺め。正面右側に霊峰・富士が望める。目の前に古い校舎の小学校があり、中国の田舎の光景を思い出した。

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この日は、太陽が沈んでから雲が多く沸き上がった。

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1月2日、体調も比較的良かったので、どうしても必要な仕事関係のものだけを家で探し、病室へ届けてもらった。弟子の塩崎亨君と眞月美雨さんが来てくれた。大量の飲み物など差し入れで貰った。感謝~!♡☆

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印刷所への入校日が迫る写真集のデータなどを確認する。

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1月2日、二人が帰った後、夕刻から突然の雪になった。

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1月3日の朝、辺り一面雪景色。この地方は5cmの積雪があった。

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1月3日の夕暮れ。この日、個室から4人部屋の大部屋へ突然移らされた。僕は窓側の部屋をお願いしたら丁度空いていて、この部屋に決まった。今までとは反対の西側の部屋である。富士山が夕暮れの中くっきりと見えた。部屋からの眺め。

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1月4日の朝、この日は雲が多い朝だったが富士山は良く見えた。屋根の雪はまだ解けていない。

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1月4日の夕暮れ時は美しかった。富士山はうっすらとしていた。

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4日、夕日が沈んだあと、大きな雲が空を覆いつくした。

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1月6日の朝。雪をかぶった霊峰・富士山が見えた。ベットに座った状態がこうなので、これからもご紹介していきますね。但し、似たようなものばかりなので飽きてきます。

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昨年師走、入院前に印刷所へ入稿した「2026年度あいさつ文」。結局、僕が受け取ったのは年明けの2日だった。微熱が続いているので、宛先を書く集中力がない。様子をみながら先ずは、返信から書いて行こうと思っている。 みなさま、今年もよろしくお願いします 合掌

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記録として印ておく。12月19日、最後の「写真集団・上福岡」例会。入院中などの会員2人を除くいて全員が作品を持って参加した。4月~5月に川越美術館での展覧会が迫っているので気合が入っている。チベット・ヒマラヤへ行っていた会員も無事戻った。世界の8000m峰、14座すべてを撮り切ったという。

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例会終了後は、2025年度忘年会へ。19日時点ではそれほど調子は悪く無く、僕も普通に参加した。しかし、終わり次第真っ直ぐに家路に向った。やはり、余り体調はよくなかったのかもしれない。

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参加者で記念写真。この時には、その後入院騒ぎなどになるとは夢にも思っていなかった。

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2025年最後となった「こまつ平民食堂」の鍋料理です。

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