写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

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同展覧会の図録・パンフレット(A4サイズ26ページ)の表紙と本文ページを紹介。詩人であり評論家の伊藤信吉を知るうえで興味深い内容にまとめられている。

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伊藤さんの撮影した写真の一部。、彼は生前に新宿などで何度か写真展を開催している。僕によく「写真家の浜谷浩さんが、伊藤さんの写真は良いよと褒めてくれてね・・・」とうれしそうに言っていた。僕との約束は、伊藤さんの撮影したネガを見直し、新たに写真展を開くこと。もう一つは二人で樺太(現サハリン)に撮影取材に行くことであった・・・。

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同写真展のチラシの表・裏面。他にB全版のポスターもある。

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伊藤さんは、1906(明治39)年生まれ。亡くなったのが96歳なので、現在ご存命だとすれば116歳となる。考えてみると僕とは47歳離れていることになる。そんな僕が20代の頃から付き合ってくれたのだから、信じられない・・・。

伊藤さんの周りには、萩原朔太郎、高村光太郎、室生犀星、草野心平、小林多喜二、中野重治、堀辰雄、島崎藤村、三好達治、小林秀雄、川端康成、亀井勝一郎、柳田国男、宮本百合子などなど昭和文壇を彩った作家たちが綺羅星のようにいたのだから。同郷のよしみと言うことだけで、僕みたいな青二才と40年余りをお付き合いしてくれたのだから改めて信じがたい。 

会えば文学の話や写真の話、時には酒席に場を移して。カラオケや鮨屋にも連れて行ってもらった。だからこの講演の話が同館からあった時には、二つ返事で引き受けた。伊藤さんに少しでも恩返しをすることが出来ればと思ったのである・・・。 合掌

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僕が主宰する写真研究塾「風」の元同人であり、第10回飯田市藤本四八写真賞の受賞者である名古屋市在住の写真家・平元盛親君が、年始代わりに送って来てくれた書画である。本人にも許可を得てここに紹介する。彼は写真はもちろんだが、近年はこうした画と書を組み合わせた作品を精力的に描いている。僕もSNS上で数点の作品を見てその感性に驚いたことがあった。すぐさまその感想を平元君に電話で告げると、毎日毎日、約10作品程度は書き続けているという精進ぶりであった・・・。

それにしても来年は古希を迎える我身にせよ、ずいぶんと歳を重ねたものだとつくずく平元君が描いてくれたこの画を見て思った。普段ほとんど鏡など見ない生活だから自分の顔立ちなど気にしたことは無い。何となく昔のままだと勝手に思い込んでいるのだ。しかし、目の下の隈、シミ、小皺など確実に老けているのである。気持ちだけは30代と思い込んではいるものの、やはり来る歳波には抗えそうもないと平元画伯の画をみてつくづくと悟った次第。 ありがとうね・・・。 合掌

 

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2019年11月25日。母が入居していた施設で撮影、僕の帽子を被って少し照れくさそう。母と直接会えたのは、この日が最後で、コロナ禍の中この後、約1年4カ月間にわたり、面会はもちろん電話で話すことさえ認められなかった。ようやく直接会うことができたのは、母が亡くなる3時間前。それも入院先の院長に直談判して実現したのだ。ベットに横たわった母は、僕の手を何度も強く握り返してた・・・。

 ここに新年のごあいさつに変えて、みなさまに挨拶をしたいと思います・・・   合掌

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午前中は曇り空だったが、昼過ぎのから急に冷え込み午後1時30分過ぎに小雪が降り始めた。家の前の畑はうっすらと白くなった・・・。

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歯の治療を終えたのは、午後3時。外に出てみると辺りは一面に雪景色だった。近くの公園で遊ぶ親子たち。

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最寄り駅前で一杯やって、午後5時30分過ぎに外に出ると辺りはすっかり銀世界。駅前のイルミネーションが雪に輝いて見えた。

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家の近くのスーパーで買い物を済ませたのが、午後6時半。家に向かう道の木々に雪が付いて一面に花が咲いたように美しかった・・・。

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家の前の畑。最初の写真と同じ場所から撮る。わずか4時間余りの経過だが風景は一変している(午後6時40分頃)。

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わが家前の道。影法師が寂しそう・・・。

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暮れの28日~30日にかけて、1年間分の大掃除を済ませた。家中と家の周りまで3日間も掃除をしたせいか、足腰に来て歩くのがしんどかったが、どうしても見ておかねばならぬと思い、大晦日の朝から出かけた。北区東田端にあるシネマ・チュプキ・タバタというミニシアターだ。この日が最終日とあってわずか20名程度しか入れない小さな会場は満席。外に待ちの列ができるほどだった。映画の感想については、機会があれば述べるがここでは控えよう。しかし、世界が感染症で揺れ動いた2021年の師走の最後の日に、この2つの映画作品を鑑賞できたことは有意義であったことは事実である・・・。

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前日から下拵えをしていた今年のお雑煮は、我ながら美味であった・・・。

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わが家の簡素な正月おせち料理と毎年、友人から送られてくる「獺祭」の一升瓶。普段日本酒は呑まないが、元旦の日だけは呑む。一昨年11月に香港で開かれたサザビーズオークションでこの酒の4合瓶1本が84万3750円で落札されたという。日本酒の取引額としては、過去最高だという記事が日本経済新聞(2020.11.11日付)に載っていた。確かに女性や今時の海外の日本酒の愛好家には受ける味かもしれない。僕がかって好んだ骨太の腰のある日本酒とは随分と違う。さらさらと喉に流れるように呑める酒ではある・・・。

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2022年1月1日、わが家の前の畑を撮影。お隣のご夫婦が耕しているが年々本格的になって来た。無農薬、無化学肥料を基本としているので形や大きさはともかく味は良い。いつもお裾分けを頂いている・・・。

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寳蔵寺の門前。境内の奥に高尾山の薬王院を模した小山がある。

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境内のあちこちにある仏像。今の世相を反映してかマスクをしていた・・・。

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歩いて10分ほどの朝霞市鎮守の宮戸神社へ初詣。詣ではじめて40数年になる。歴史ある神社で、境内には10を超える神社が祀られていて、様々な神々が集合している。若い頃は、寳蔵寺で除夜の鐘を鳴らしてからお参りしていたが、10年程前からは深夜の初詣は止めて元旦の昼に行くことにしている。歳のせいか身体にこたえるのだ・・・。

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だるまや飾り物、お札など神社に感謝込めてお返した・・・。

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境内にならぶ各組の稲荷神社。

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境内にあるけやきの巨木。

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昨年よりも一回り大きくなっただるまさんを抱えて、新年の抱負を語る美雨さん・・・。僕にとっても、写真集の刊行、五都市での写真展開催など忙しい年になる。気合を入れていかなければと思う。

 2021年も残すところ後1日となった。この2年余りは新型コロナウイルス感染に振り回された日々であった。ここ数カ月間はようやく収まったかと思いきや、またもや新種の変異ウイルス株のオミクロン株が世界的には猛威を振るい、日本にも徐々に感染が広がってきている。

人類が地球とそこに生きている生命体に対して、戦争をはじめとした核開発、経済最優先で汚染や環境破壊などを繰り返してきた付けがいま、人類に対してしっぺ返しとなって次々と難問題を突きつけられているのではないだろうか。僕の作品のテーマは、一貫して「多様性の中の共生」を追求してきたが、今まさに人類はギリギリの所に立たされている。究極の選択をする日が目前に迫っているのである・・・。

新しい年こそはという願望はあるものの、見通しは明るいものではない。出口が見通せない。希望の光が見えないのである。しかし、そうした世界でも生きていかなければならないのだ。ウイルスもふくめてこの星に生存する生命体と折り合いながら共存する方向しかないのではと僕は思っている。祖先たちはそうしながらも過酷な中を遥か長きにわたって生き抜いてきているのだ。その結果としていま僕らは生きている・・・。

新しい年が少しでも安寧が持たされる年となることを念じつつ・・・。みなさんのご自愛を心からお祈りします。 闇があるから光が見える・・・。  合掌

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22回目となるはずだったぶどうぱん社主催の「最後の望年会」は、昨年に続きこの暮れも中止になった。12月27日、北海道の長期撮影から戻った写真家の藤森武さんと地元で久しぶりに会い、呑むことになっていた。折角なので親しい人に声をかけた。右から写真集団・上福岡の事務局長・一瀬邦子さん、写真家・眞月美雨さん、僕、土門拳記念館 学芸担当理事の藤森武さん、写真研究塾「風」同人の並木すみ江さんが集まってくれた。一軒目は僕が良く行くお寿司屋で軽く一杯。藤森さんの土門拳先生の弟子時代の話が炸裂!! みなさん、興味津々で聞き入っていた・・・。

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39年前に出版された『現代の肖像・百俳人』(四季出版)を見せてもらいながら記念写真。僕の俳句の師匠の高島茂さんをはじめ、よく呑んだ俳句の先輩たちが多数載っていた。

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『現代の肖像・百俳人』の中のページ。撮影は全頁、藤森さん。北海道から鹿児島まで取材したという。俳人・上村占魚の文章は占魚の断っての希望で藤森さんが書いていた。この後、俳句の弟子にもなっている。二人は意気投合して随分と飲み歩いたと言っていた・・・。(さかさまが直りません。ごめんなさい~!)

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韓国料理店「南大門」のオーナーで調理人の李ルセ君(中央)と藤森さん、美雨さん。話は日本映画や文学、韓国の歴史など多岐にわたり盛り上がった。

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半年ぶりに渋谷のモフ・ヘアサロンへ行った。師走も押し迫った12月26日、渋谷の街はコロナ前と余り変わらずに若者たちで賑わっていた・・・。

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写真家であり、ヘアメイクアップアーティストでもある眞月美雨さんと「マリナーズ・アイ展」の事務局担当者の飯田さん。

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伸びた髪と髭・・・・。

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あ~あ、さっぱりした!! これで髪だけでも正月を迎えられるかな~あ・・・。ありがとう~♡☆ みなさん、良いお年をお迎えください・・・  合掌

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展覧会初日の12月21日、修復家・長井武志氏による五百羅漢像修復の記録を写真・千代田路子、映像・松山瑞樹を展示したコラボ展。講演会なども企画している。同名の写真集も同時刊行。左から写真家・眞月美雨さん、写真家・千代田路子さん、僕、写真家・村上光明さん。千代田さん、眞月さんは、僕が主宰する写真研究塾「風」の同人でもあったので親しい仲間。村上さんは、鹿児島県写真協会会長で、奄美観光大使も務めている。彼が公益社団法人日本写真家協会に入会するときの推薦人に僕がなっている。彼がアマチュア時代の頃から、もう30年来の付き合いである・・・。

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父親の跡を継いで民俗写真を撮る芳賀日向さんと鹿児島在住の写真家・村上光明さん。

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キャノンギャラリー銀座で開催している芳賀日出夫さんの写真展に行った。100歳の高齢にもかかわらず、先日元気に車椅子で会場に足を運んだという。案内は長男で写真家の芳賀日向さん(右から2人目)がしてくれた。左から(株)写真弘社社長・柳澤卓志さん、写真家の眞月美雨さん。ビンテージのゼラチンシルバープリントは見ごたえがあった。

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秋田の友人である画家の深井富美子さんが出品している絵画展に行った。彼女の作品の前で。全国各地の国画会準会員10人によるグループ展。号数も大きく、力作ぞろいであった・・・。

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会場の受付をしていた画家の築山洋子さんと彼女の作品の前で。左端は写真家の村上光明さん。

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銀座・歌舞伎座の前にある三共カメラ店へ寄る。三共カメラの社長と村上君。

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2年ぶりに村上君に会ったので、僕が銀座でよく行く酒場で一杯やった。上州・下仁田ねぎ、のどぐろの刺身、馬刺し、伊吹いりこの唐揚げなど美味だった・・・。話は写真談議一本だった。

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来年2022年3月24日~28日まで富士見市民会館ギャラリーで開催する第39回「写真集団・上福岡」写真展に向けた作品選びが始まった12月例会。各自10数点は展示する。今年、個展を行なう山口芳郎会員は30点の出品だ。みな力が入っている。(昨年、コロナ禍で1回延期になったので、本来は40回記念展だった)

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例会終了後、80歳前後の姉弟で切り盛りしている老舗「鳥八」で、ささやかな忘年会をひらいた。僕はこの店が好きで、亡くなった大将が元気なころから何度も足を運んでいる。鳥料理はもちろんのこと、刺身も新鮮で旨い。店内にラジオから昭和の歌謡曲が流れているのもおつである・・・。手前にいた竹川義之会長の姿が手しか写っていなかった。ごめんなさい~!♡☆  合掌

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 12月16日、東京藝術大学美術館・正木記念館へ足を運んだ。「高村光雲・光太郎・豊周の制作資料」展を観るためだ。光太郎の足跡は、疎開していた花巻の山荘をはじめ、パリ、ロンドンまで取材したし、豊周の息子である写真家の高村規さんとは日本写真家協会の役員を共に務めた友人だったからだ。写真はその規さんの息子さんにあたる高村達さん(僕の隣)、豊周の孫でもある。現公益社団法人日本写真家協会の副会長を務める。右から同協会会員の加藤恵美子さん、JPS事務局の職員Aさん。

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東京藝術大学前の銀杏が黄葉していて綺麗だった・・・。

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12月16日、小松由佳 写真展「シリア難民 母と子の肖像」を富士フォトギャラリー銀座へ見に行った。由佳さん本人と話が盛り上がって写真を撮るのを忘れてしまった。会場が京橋の直ぐ近くなので明治8(1875)年に架けられた石造アーチ橋の親柱が残る場所と同展覧会用のパンフレット。

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写真展会場の入口。

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16日、第4回「笹本恒子写真賞」受賞記念写真展にも寄ったが、作者の渋谷敦志君とはいろいろと話をしたものの写真を撮るのをすっかり忘れてしまい、外回りだけを押さえた。ごめんね~!♡☆

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38年ぶりに会った沖縄県名護市出身の宮里ふきさん。高校生の時以来だ。先月、沖縄で父親の昇さんに30数年ぶりに会って連絡先を知ったばかりだ。すっかり大人になっていた。もちろん一緒に飲んだのもはじめてだった・・・。池袋の琉球料理店「みやらび」で舞踊家の陽子ネェネェ~と。

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12月19日、コロナ禍もあり今年の8月以来、例会が開くことが出来なかった写真研究塾「風」の例会が開かれた。久しぶりの再会に、写真談議は弾んだ。眞月美雨同人が200点を超える作品を持参したのをはじめ、みな力作を持ち寄った。また並木同人は月刊誌のグラビアページを依頼されたために、その構成をどう組み立てていくのか、みんなで学んだ。

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今年度の第27回 酒田市土門拳文化賞を受章した前「風」事務局長の鈴木渉さん(右端から)と真鶴半島の福浦港で漁師をしている佐々木幸壽さんが久しぶりに参加してくれた。忘年会にも出てくれると言う。

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例会終了後、忘年会と鈴木渉さんの受章祝いを兼ねて、ささやかな会を行なった。渋谷センター街の居酒屋で。

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2021年、いろいろありましたが、兎に角みなご無事でなにより。お疲れさまでした・・・ 合掌

◆みなさまのあたたかい心のこもったお気遣いに感謝します・・・ 合掌   日本お布施党 党首

☆鹿児島・Tさま 芋焼酎2本詰め合わせ  ☆埼玉・Nさま 日本酒「獺祭」一升  ☆長野・Hさま 市田の干し柿  ☆福岡・Tさま やまやの辛子明太子  ☆東京・Mさま ポスコの早摘みオリーブオイル  ☆埼玉・Iさま 手作り味噌  ☆埼玉・Tさま 白菜3把  ☆埼玉・Sさま 狭山茶2袋   ◆ ありがとうございました・・・   合掌

 

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那覇市国際通り。僕が常宿にしているホテルの前からの夕日。

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およそ30年ぶりに逢い呑んだ昇さん。互いに若かった頃は、報道写真家をめざして、沖縄の米軍基地を取材して歩いた。児童文学を書いていて、若くして癌で亡くなった奥さんもいつも一緒だった。僕が沖縄取材中は必ず彼の家に泊まった。長い時には1ヵ月間お世話何なったこともあった。娘さんもふくめて家族の様な付き合いだったのである・・・。当時、高校生だった娘のFちゃんは50歳になっていた。

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牧志の公設市場でよく呑む。1Fの鮮魚屋さんで魚を選び、2Fの食堂に持って来てもらって千ベロ(千円でべろべろに酔う意味)を頼む。生ビールでも泡盛でも4杯呑めるのだ。沖縄の飲み屋では千ベロはよくあるメニューだ。店によって内容はそれぞれ異なる。ちなみに上の写真の刺身盛は1.000円なり。

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真っ黒だった髪も真っ白に・・・。歳月の流れを感じた。でも、語り口や笑い顔や声は昔とまったく変わっていなかった・・・。この日は二軒で締めた。お互いにいい歳になったのだ。

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僕の写真の先輩でもある沖縄を代表する写真家・小橋川共男さん。「泡瀬干潟を守る連絡会」の共同代表も務めている。僕が上京して間もない頃に出会った。僕が行っていた写真学校でも講師をしていた。JPSの理事も一緒にやっていた時期もある。でも先生と言ったことは一度もなかった。約半世紀ずーと友だち付き合いだった。小橋ちゃんはもう80歳になるという。

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嘉手納町にある防衛施設局の前で、一人で抗議のための写真展を開いた。見に来た人は僕と小学生の3人の女の子だった・・・。写真は小橋川さんのライフワークの一つ、泡瀬干潟ものがたり。

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泡瀬漁港にある漁連の直営店で遅い昼ご飯を食べた。共通の友人であるMさんが駆けつけてくれた。久しぶりだった・・・。

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名護市内に戦前からある老舗写真館の四代目、東邦定さん(左端)。沖縄県写真協会の会長でもある。彼がミャンマーの少数民族の人たちを撮影した作品。見て欲しいというのでみんなで見させてもらった。さすがに日本肖像写真家協会の会員でもあるだけに、一人一人の個性や内面を捉えるのはさすがと思った。

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東さんのスタジオで。沖縄県写真協会の理事のみなさんが本島全域から集まってくれた。前列右が会長の東さん。後列左が事務局長の新里栄治さん。

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僕は名護に行くと寄るそば屋がある。その一つ宮里そばのソーキそば。新里そば、八重そばにも行く。この三軒は旨い。

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やんばるの名物、イノブタ丼。

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かって名護湾でおこなわれていたイルカの追い込み漁の写真。いまでも名護の酒場ではイルカ料理を出す店もある。(宮里そばの壁に飾ってあった写真、地元の写真家が撮影したものだという)

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僕が名護に行くと必ず寄る食事処・春海へ東さんと行った。東さんもよく知っている店だった。

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古い友人の宮城リーミさんの店にも寄る。彼女はヘアメイクアップアーティストでもある。同時に名護市商工会理事、同会女性部常任理事、北海道日本ハムファイターズ名護市協力会応援団長、名護ファイターズクラブ後援会副会長などの顔も持つ。また、写真にも興味を持ち、撮影もする。お姉さんは現在、ニューヨークで画家として活躍をしている。

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僕が那覇に行くと必ず顔を出す牧志公設市場の食事処ツバメの会長・張陳 雪貞さん(中央)。今は息子さんが社長を継いでいる。長い付き合いである。

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沖縄芸術大学4年生の仲濱美海さん。東京にある琉球料理店・みやらびの女将・仲濱功子さんのお孫さんだ。彼女が小さい頃から知っていたがこんなに大きく育っていたとは・・・。沖縄ではじめて今回会った。卒業したら東京に戻り、功子女将のサポートをすると言う。琉球舞踊も三線、島唄も猛勉強中である。

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公設市場で親子で鮮魚店をしている。

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帰京する前日に、「沖縄タイムス」記者で編集委員の阿部岳さんと会う。彼とも20数年来の付き合いだ。まだ若いが今や沖縄タイムスを背負ってたつ辣腕・スター記者である。

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僕はこの大嶺鮮魚店を贔屓にしていて、必ずこの店で美味い肴を用意してもらっている。後ろが大将。家族ぐるみでやっている。この公設市場のどの店もコロナ禍の影響でガラガラ。閉まっている店も多く、閉店になった店も目立った。一日もかっての賑やかな市場になって欲しいと思った・・・。

◆この1年間は、明けても暮れても新型コロナウイルス感染との闘いだった。気が付けばもう師走。日本文化の良い面なのか、あしき習慣なのか。「お歳暮」のシーズンがやって来た。貧乏写真家にとってはサンタクロースなどよりもずーとありがたいのがこの習慣だ。心優しい全国のみなさまが今年もまたさまざまな心の籠もったお歳暮をお送りくださった。ありがとうございます・・・ 合掌

☆埼玉・Nさま 会津みしらず柿一箱  ☆長崎・Yさま 博多一口ぎょうざ一箱  ☆岡山・Tさま 瀬戸ままかり詰め合わせ  ☆愛知・Hさま 鎌田醬油の詰め合わせセット  ☆岡山・Hさま 信州りんご一箱  ☆埼玉・Tさま 大根、白菜など野菜いっぱい  ☆長野・Hさま 干し柿     ◆ありがとうございました・・・。

 

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昨年以来の再会だった。今回の写真展は、渡米から50年を経てこれまでの写真活動を写真集の刊行を機に、長いキャリアの中からデビュー作のエジプト・ピラミッド、イギリス・ストーンヘンジなどと並行して取り組んできた室内生物作品も出展。1990年代までの作品から選出している。ゼラチンシルバープリントとプラチナプリントで、撮影直後に制作したビンテージプリントを中心に展示している。手前が井津建郎さん、奥がR oo nec247代表の篠原俊之さん。

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このギャラリーは、5年前までは新宿三丁目にあった。現在は中央区小伝馬町にある。馬喰町からも近い。

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作風は異なるが、建郎さんとは同年代ということもあり、何となく気心が通じ合う・・・。

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二階の僕の寝床からの眺め。今年は庭の6本の山茶花が狂い咲きしたかの様に、二階のベランダまで花で埋め尽くした。どうしたのかしら・・・。

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それぞれに異なる時期に、異なる記事や取材で出会い、縁あって知り合いになった。1980年代後半からだからかれこれ30数年程になる。コロナウイルス感染拡大前までは、毎年1~2回は、忘年会や新年会などにかこつけて会を開いていた。もう何十年も前から続いていた・・・。歳も出身も異なる不思議な仲間たちである。現在は第一線から身を引き、中国地方の支局でのんびり現場で記者生活をしている人やフリーランスのジャナ―リストとして活躍している人、女子大学の教授をしながら作家活動をしている人もいる。僕は言わずと知れた昔からのフリーランスの貧乏写真家である。歳を重ねても、愉快な仲間たちとの会は、これからも続けて行きたいと思っている・・・。(僕が常連の有楽町ガード下の老舗飲み屋さんで)

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写真家で写真研究塾「風」同人でもある眞月美雨さん。

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いままでに、ユージン・スミスの写真のほとんどは、写真集などで繰り返し見てきたが、やはり生のプリントで見るのとは断然違うことが改めて思った。会場にはディテールの部分に何が表現されているのか、目を皿のようにして作品を見つめる鑑賞者が多かった。僕も出版物では、解らなかったユージン・スミスの作画意図が改めて理解できたことは収穫だった・・・。

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このポスターの作家たちの他に、田淵行男と水越武、岩宮武二と森山大道、田中光常と星野道夫、岡田紅陽と白旗史朗、木村伊兵衛と田沼武能、桑原甲子男と荒木経惟などが出品していた。

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武蔵野市平和の日条例 制定10周年記念事業としてこの企画展が開催された。大石さんが約40年間にわたり世界の戦争の犠牲になった人々を取材してきた。その記録をモノクローム作品で展示している。本人には会えなくて残念だったが心には深く沁みた写真展であった。(入場料:300円、中高生は100円、小学生以下、65歳以上、障がい者は無料)

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この春まで、小松健一主宰 写真研究塾「風」の事務局長を永く務めて来た写真家の鈴木渉さんが、今年度の第27回酒田市土門拳文化賞を受賞した。新宿にあるニコンプラザ東京で、その作品30点と同賞の奨励賞を受賞した3作品も同時に展示されている。(前列右側が鈴木渉さん)

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閉館後、初日ということもあり見に来ていた名古屋の写真家・森田雅章さん(手前)と僕の隣から、写真家の眞月美雨さん、信州の伊那から来た写真家・橋都とみ子さんとで、鈴木さんを囲んでささやかな祝う会で乾杯をした。みな「風仲間」でもあるので、受賞までの苦労話やエピソードなど写真談議に時が経つのも忘れ盛り上がった初冬の一夕であった・・・。

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