写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

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奄美・金作原原生林
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奄美・東仲間の藻ダマ自生地
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南の島の太陽をたっぷりと浴びた「たんかん」。南国名産「ごまざた」、昔ながらの手造り「ごま菓子」、喜界島自然食品「ごま菓子」、奄美龍郷産「パパイヤ漬け」、健康茶「喜界島・潤命青汁」、「花さんぴん茶」、「AMAMI RURIKAKESU RAM 40」、奄美黒糖焼酎「長雲」、喜界島本格黒糖焼酎「貴婦人」44度、発酵ニンニク・・・・。 心から感謝します~!☆ 合掌

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喜界島・手久津久の巨大ガジュマル

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喜界島・百之台国定公園 展望台(標高203mの隆起サンゴの高台)から太平洋を望む

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18日、奄美が生んだ島唄名人・中村瑞希さんが東京・渋谷の眞月美雨さんのアトリエにヘア・メイクに来た。この日、帝国ホテルでのライブに出演するために鹿児島から上京したのである。瑞希さんは、ヘア・メイクについては美雨さんに全て任せているという。彼女のPR写真も美雨さんが撮影している。中村瑞希さんは、2003年、第24回奄美民謡大賞受賞、同年民謡民舞全国大会で準優勝、2005年の同全国大会では日本一の栄冠に輝いている。僕も一度、鹿児島で彼女の島唄を聞きながら一緒に飲んだことがある。 魅力的な奄美の女性である・・・・。 がんばってね~!☆

 

春めく日 夜光貝の匙 触れてゐる  風写

早いもので立春も過ぎ、2月も半ばになろうとしている。7日に9日ぶりに外出をしてからまた、この6日間家に籠りっぱなしだ。夜遅くゴミ出しに行くぐらいで一歩も家から出ないのだから身体にはあまりよくないであろう。でも、食事は家にある食材を利用してしっかりと作り、食べている。

気候はまだまだ寒いので夜はほとんどが鍋料理となる。日によって味付けを変えないと飽きてしまうので醤油(関東と西国では全く味が異なる)ベース、塩(ヒマラヤ、アンデス、チベット、隠岐、沖縄、奄美・喜界島、土佐など)仕立て、味噌(赤味噌、白味噌、合せ味噌など地方によっても味が違う)、胡麻(喜界島産が良い)、豆乳、中華風仕立てなどその日の気分によって変える。鍋の中身は白菜、キャベツ、もやし、水菜、ジャガイモ、サツマイモ、きくらげ、大根、玉ねぎ、長ネギ、ニンニクなどこれも在庫を見ながら日替わりにする。そこに豆腐、鶏肉、豚肉、牡蠣、アサリ、イワシ団子、ウインナー、卵、昆布、餃子などなど。蕎麦を入れる時もある。安く上がって、たっぷりと楽しめ、体も芯まで温まるからやはりこの季節は鍋が王道であろう・・・。

ではそれ以外の時間は何をしているかと言えば、27年間におよぶ中国大陸を取材・撮影したポジフイルムを眺めている。1本、1本、1カット、1カットづつだから結構な時間がかかる。せいぜい頑張っても一日に100本(3、600カット)見ると目の底が疲れてくる。まだまだ当分終わりそうもない。しかし、自分の若い頃に撮った写真を見ることは楽しいものだ。新しい発見もある。独りワクワクした日々を送っているのである・・・・。

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この雑誌への連載は、今までにヒマラヤシリーズ、中国シリーズ、チベットシリーズなど今回と合わせると15回ほどしている。以前は8ぺージだったが、今回からは諸般の事情もあり残念ながら5ページとなってしまった。それでも文章は2、000字ほど書けるので一応の表現はできる。ありがたいことである・・・・。 合掌
(表紙の絵は画家の山口はるみさん。時季の名一句をイメージして描いている)

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今回のシリーズの第1回目は「精霊たちの色彩マジックーパプアニューギニア」、第2回目は「太古の世界をイマジネーションーエクアドル・ガラパゴス諸島」、第3回目は1月24日に発行されたばかりだが、「英傑のまなざしに悠久の時を想うー中国・成都」だ。成都は昨年撮影したものも4点ほど使っているがほとんどは以前に取材したときの写真だ。

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この雑誌を編集企画、取材もしている編集者のY君がVol.16号の「編集後記」に書いた文章を紹介させていただきたい。彼が若い頃に、まだ編集プロダクションの会社にいたとき何度か地方に雑誌の取材に行ったことがあった。その時に田舎が僕と同郷の上州だということで親近感を持った。俳句もたしなむ文学青年でもあった・・・・。

人生に彩りや豊かな時間をもたらす「協創」という考え方もある。

今号の巻頭グラビアからReaIitas誌ではおなじみの写真家・小松健一さんの連載が始まる。現在、30年に及ぶライワークとしての「中国大陸」の集大成に向けて、四川省、貴州省、雲南省のシャングリラ地方などを繰り返し訪れては、取材撮影をしている。

小松さんとは、長いおつきあいになるが、最初に彼を知ったのは写真ではなく、「朝日歌壇」という、朝日新聞掲載の短歌投稿欄であったと思う。そこで小松健一さんの名前を初めて目にし、繊細でありながら、芯の感じられる言葉世界にひきこまれた。

海なりが夜どうし障子ふるわせる貧しき漁村の屋根低き部屋

彼のナイーブな内なる志向と社会への広い問題意識は、写真のみならず言葉の表現にも表れている。俳句にも長年親しんできた。「風写」の俳号で「無頼とは愛しきものよ桜桃忌」と詠めば、ヒマラヤ行では「秋桜砂塵の村の昼深し」と詠む。太宰治、宮澤賢治、石川啄木・・・日本の近代文学の原風景を求める旅は今も続く。

「協創」という言葉は、ビジネス用語に用いられるが、人と人の出会い、人とさまざまのモノや出来事との出会いにも応用できるのではないだろうか。複数の事象が響き合い、深め合い、そこから生まれる新しい価値は、人が生きて行く時間を彩り豊かなものにしてくれる。小松さんの生き方をみて、ふと思った。

 

 

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昨日は先月29日に奄美から戻って以来初めての外出だった。9日間家にこもっていたことになる。久しぶりの大都会は疲れた。 奄美のゆったりとした時の流れとはことなるギスギスとした時間が渦巻いている・・・・。(新宿ニコンサロンのある西新宿の新宿エルタワー28Fからの夜景)
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相模原市総合写真祭フォトシティさがみはら実行委員会の特別委員を務める写真家の江成常夫さんがあいさつをした。
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会場は相模原市関係者をはじめ、写真業界、写真団体、写真家など大勢の人たちで盛会だった。
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第16回さがみはら写真賞を「フィリピン残留日本人」で受賞した船尾修君(右)と同新人奨励賞を「New Type」で受賞した清水哲朗君。二人とも知っている若い友人である。 おめでとう~!☆
今回の他の受賞作品は同新人奨励賞「TOKYO」西野壮平君も、さがみはら写真アジア賞「魂の道」オスカー・モトゥロー氏(インドネシア)の作品も全てがモノクロで、テーマもしっかりとしており、見る側に訴えるものがあった。賞作品推薦者の一人の僕としては、久しぶりに良い作品がそろったと思った。

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受賞者の清水君を囲んで。 清水君は僕の長年の友人である竹内敏信さんの所で、3年間アシスタントを務めてからフリーランスになっている。僕が20代前半の頃、夜間の写真研究所で竹内さん、写真家の樋口健二さんたちと毎週毎週よく飲み、よく語っていた。 右から公益社団法人日本写真協会執行理事の大平温さん、写真家・宇井眞紀子さん(彼女は樋口健二さんに師事していた)、清水君、僕、そして写真家の烏里烏沙君。

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経済産業省認可法人、文化庁登録著作権等管理事業団体である協同組合日本写真家ユニオン会員の眞月美雨さんと。 3人は昨年暮れに銀座で開催した第8回ゲーサンメド公募写真展の打ち上げ以来の再会と言うこともあって、話が弾んでいた・・・。
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公益社団法人日本写真家協会会長の熊切圭介(中央)さんを囲んで。 右から同協会専務理事の山口勝廣さん、写真家の石川武志さん、烏里君、美雨さん。石川さんは3日前にインド取材から帰国したばかりだという。そういえば12月中旬にインドへ向かった写真家の菱山忠浩君はどうしているかな~。
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そこに僕も入って( ^ω^)・・・。
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レセプションを少し早めに切り上げて、僕と烏里くんと美雨さんで、久しぶりに「焼きとり横丁」(通称:ゴキブリ横丁)へ行ってみた。この「岐阜屋」という中華料理中心の店には、30年以上前から通っている。一時期は毎日行っていた頃もあった。数年ぶりに顔を出したら店員はみな変わっていたが、この中国人だけがまだいた。僕の顔を見るとすぐに「久しぶりですね、お元気でしたか」と言いながら込み合っている店内を整理して、席を確保してくれたのだ。

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その中国人の彼が撮ってくれた・・・。 烏里君は昨夜から今朝方の3時過ぎまで池袋で、中国の写真家たちと呑んでいたという。奥さんが怖いから「今日はあんまり飲まずに早く帰ります・・・」と言っていたが・・・。 レセプションでは1時間半ほど赤ワインを飲んで、この店に来てからは温かい紹興酒をコップ3杯、焼酎をストレートでコップ1杯。午後10時前にはお開きにしたのである。えらい~!
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岡山在住の写真家・林作治さんが送って来てくれた岡山県産の大きな「あたご梨」を持ってうれしそうな美雨さんで~す・・・。 大きいサイズであるが、決して大味ではなく、ジューシで甘みもあった。高知の尻高梨なども同じくらいの大きさはあるが、僕は初めてあたご梨を食べたのである。
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初めて使用するカメラのテストをする・・・・。SDIM1076.jpg
友達の写真家・Tさんからしばらくの間借りることとなったカメラ「ゼンザブロニカSQ-A」を持って、新たな創作意欲に燃える眞月美雨さん。今年中に都内で個展を開催するのが当面の目標だとキッパリと語った・・・。僕の主宰する写真研究会「風」の同人としても頑張って欲しい~!☆

 

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2017年1月27日、奄美空港から望む喜界島。喜界島は鹿児島から南に約380km、奄美大島の東25kmに浮かぶ隆起サンゴ礁からなる島。周囲48キロの小さな島だ。
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奄美大島から喜界島まで飛行機ではわずか20分。離陸したかと思うとすぐに着陸態勢に入る。飛行機の窓からも平らな喜界島が見えた。ちなみに往復割引を使うとエアチケット代は15,300円。
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正午前に着いたので、僕は24時間50CCのレンタルバイクを借りた(2200円)。これで島中を回って取材しょうと思ったのである。事実、喜界島の東西南北ほぼすべてを回ることが出来た。無論、僕一人で・・・・。島の中央に広がる標高203mの隆起サンゴの高台にある百之台国定公園から望む嘉鈍の集落。
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手久津久集落にある巨大ガジュマル群。この樹は樹齢は100年を超えており、枝幅42m、幹回りは16mある。島一番のパワースポットとして最近人気を高めている・・・。
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蒲生集落の夫婦ガジュマルの近く、道の反対側にあったガジュマルの樹。夫婦ガジュマルは樹齢300年以上と推定されている。
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台風に備えて先人たちが築いた石垣は、島の至る所で見られる。とりわけ阿伝集落のサンゴの石垣は長く続いており、美しい・・・。
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約4年ぶりの再会だった・・・。友人の奄美の久野さんが何度か連絡しても、電話番号を聞いて僕が連絡してもつながらなかった。、確か4年前に中央公民館に勤めていると言っていたのを思い出し、喜界島についてから役場に電話をして番号を聞いて、電話をしてみたら何と電話口に本人の川畑さおりちゃんが出たのである。「先生ごぶさたしています~!☆」と・・・。
その日の夕方、島の取材を終えてからバイクで公民館を訪ねてみると、4年前と変わらぬ爽やかな笑顔で迎えてくれた。小一時間ほどしゃべったろうか。その時にあいさつ代わりに撮影したさおりちゃんのプロフィールの一部を紹介する・・・。

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夕食を僕に付き合ってくれると宿に迎えに来てくれた。僕が島の魚と料理が食べたいというと「和食厨房 天晴」へ連れて行ってくれた。島の美味な肴とさおりちやんの笑顔を見ながらの島酒は旨かった。彼女が薦めるままに島酒をロックで次々に空けて行った・・・・。勿論、歌姫は喉を守ることもあり、烏龍茶だけで付き合ってくれたのである。ありがとう~☆

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島唄者・川畑さおりさんの経歴については、ネットなどで詳しくみていただければと思うが、ここでは簡単に彼女のプロフィールを紹介する。

2010年、民謡民舞全国大会・内閣総理大臣杯優秀賞受賞、2012年、日本民謡ヤングフェスティバル全国大会グランプリ受賞、2013年、高円宮殿下記念表彰、2016年、鹿児島県知事・鹿児島県芸術文化奨励賞受賞など。上げて行けば切りがないほど数々の賞を受賞しているのである。まぎれもなく川畑さおりは、喜界島が生んだ奄美島唄者の”珠玉”であろう。これからさらに精進を重ねて”喜界島の風と香り”をまとったアーティストとして大成することを心より期待している・・・。

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喜界島の郷土料理の山羊の刺身。さおりちゃんの大好物で2皿ペロリ平らげた。島の人によれば喜界島の山羊は、ガジュマルの葉が大好きでよく食べるので臭みがないのだという。僕も沖縄料理として何度も山羊刺しを食べたことがあったが確かに臭みは全くなくうま味があった。
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魚は午後6時半に漁船が上がるので、魚を見てから盛り付けしてくれた。豆腐も自家製で美味だった。サクナー(長命草)の天ぷらも・・・。
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島自慢の油そうめん。他の土地の油そうめんとは違った。いりこと鰹でとった出汁を茹でたそうめんに絡ませて食べるシンプルだけども病みつきになる旨さだ。
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「天晴」の大将とさおりちゃん。
初めての出会いは鹿児島在住の写真家・村上光明君の写真集『神々の島 奄美』の出版記念パーティだった。さおりちゃんがこの本の表紙のモデルであり、パーティで行われた島唄コンサートに全国民謡大賞日本一に輝いた中村瑞希さんと共演したのだった。僕は村上君との係わりからパーティの発起人の一人として参加していた。2013年5月26日、鹿児島市・城山観光ホテルでのことであった。その時に彼女から手渡された2つのCD「永遠の碧」、「花」は、いまでも僕のアトリエに流れている・・・・。

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お店の人に撮ってもらう。ハ~イチ~ズ!!
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翌、28日は朝から昨日回らなかった場所を巡った。七島鼻、百之台国定公園、サトウキビの一本道、ムチャ加那公園、雁股の泉、小野津海岸など。昼食を取っていなかったので早めに空港に戻った。バイクのガソリン代は200円超だった。出発時間の15:15分まで大分あるので空港内にある小さな売店兼食堂に入った。100円もしないコロッケやたこ焼きなど注文して、島酒を勝手に棚から持ってきて原価で飲めるといううれしいサービスだ。2時間ほどいたので、店の人とはすっかり仲良しになった。帰り間際に彼女は自分のスマホで何故か僕とのツーショツトを撮った・・・。

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奄美最後の夜は、やはり和美女将と娘の恵子ちゃんが切り盛りしている「かずみ」へ。地元の写真家・武部守俊君が付き合ってくれた。ありがとうね~!☆
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26日にここかずみで一緒に飲んだ中原さんという絵も島唄もやる人が、夜光貝の殻で作った匙を二つ僕に届けてくれていた。飲んだ時に彼の家では代々お正月にはこの夜光貝の匙を使って食事をするのを習わしにしているという話をした。6~7世紀頃にはすでに使われていたというこの匙には僕は興味を持っていたので「いいですね~」というと「それなら先生に差し上げます」と言うのだ。半信半疑だったのですっかり忘れていたら、何と「かずみ」2つしっかりと届いていた。

この夜光貝で作った匙は、国指定重要文化財・小湊フワガネク遺跡から出土されている。それを参考に中原さんが手作りで仕上げたのだという。僕はうっかりしていてその中原さんの正確な名前も住所も連絡先も聞いていなかった。ともかく中原さんに感謝しつつ、古代人の気持にこころ寄せて島酒「長雲」注いで飲んでみた・・・・。 合掌                                                                       (撮影:武部守俊)

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市美術展覧会の美術部門の審査員の井上伸久さん(僕の左)夫婦が新潟県村上市から来たという友達と一緒に来ていた。
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帰京する29日は朝から地元奄美の写真家・久野末勝さんと武部守俊君と来年企画している写真展の打ち合わせをニッコールクラブ奄美群島支部の事務所を借りてした。昼飯は久野さんお薦めの島料理NO,1の店に行って食べた。僕も何度か来たことがある。この日は島の正月だったので、祝いのお吸い物や餅料理なども出た。奄美最後の食事にふさわしかった・・・。
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田中一村記念美術館で久野末勝さんと。
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写真家・武部守俊君と。
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美味しい田中一村記念美術館の珈琲。喜界島のゴマ入り黒糖が付いていた・・・。
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この日は先日、里村強志田中一村記念美術館次長と話したことを元に、学芸専門員の花山潤治さんに3人で話し合った企画内容を提案した。それは簡単に言うと写真展「彜人と奄美人ー山の民と海の民(仮)」(撮影:小松健一、烏里烏沙、久野末勝、武部守俊)を2018年夏ごろに開催する。

関連した催しとして、島唄&写真のコラボライブ、写真教室、撮影会、作家のギャラリートーク、島外からのツアーなどについても話をした。 この企画が成功すれば、奄美群島の写真創作活動がまた大きく動くに違いないと確信するものである・・・・。  合掌

 

 

 

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羽田 東京国際空港
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2017年1月24日、羽田発ー奄美大島行12:20分発のJAL659便から見た三浦半島。
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伊豆大島の島影が望めた。
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相模湾と富士山遠望
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浜名湖と遠州灘。
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第37回奄美市美術展覧会の審査委委員長として、奄美市市長室を訪問する。
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審査委員・審査補佐と教育委員会・実行委員会で審査の打ち合わせ会(1月24日)。今年度の全応募作品数は、1、583点。応募者は1474人と報告があった。
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打ち合わせが終わった後、奄美郷土料理の店で夕食を兼ねた懇親会。
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翌25日9時から審査が始まった。今年は昨年度よりも応募者も応募作品数も増えた。
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厳正な審査の結果、奄美市美術展覧会賞、奄美市長賞、奄美市議会長賞、奄美市教育長賞など15作品が入賞し、23作品が入選した。他に委嘱作家賞が1点選ばれた。後列左は今年度審査員の中尾正子さん、僕の右隣りも審査員の久野末勝さん。

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美術、書道、写真の各部門の市美術展覧会賞が一堂に集められて、その中から1作品、市美展大賞が選ばれる。第37回の今年度の奄美市美術展覧会大賞(賞金20万円)の栄冠は写真部門から選ばれた。「聖母への思い」(大牟禮史郎作)。左端は解説する西健吉審査委員長(公益社団法人二科会理事)。
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審査委員など関係者で昼食を取る。
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午後から全体の総評と入賞作品の15点すべての講評を書く。打ち合わせをする僕と中尾正子審査員。(撮影:武部守俊審査補佐)
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審査会場の奄美文化センターの前にある奄美市立博物館の奄美の民家(オモテ)。何軒も集まっていることを「群倉」(ボレクラ)という。
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夜7時から市内の奄美サンプラザホテルで「奄美市美術展覧会交流会」が開かれた。開会に先立って同実行副委員長の美崎眞晃さんの祝い唄が披露された。
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3年間一緒だった美術部門の審査員の鈴木るり子さんと。
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写真関係者の出し物。
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前列左から写真部門の久野末勝審査員、鈴木るり子さん、写真部門の審査補佐の武部守俊君、後列右、写真部門の審査員の中尾正子さん、書道部門審査員の徳永華風さん。
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最後は輪になって島唄に合わせての踊りを踊るのが恒例。左から副市長、副議長、同実行委員長、奄美市文化協会会長なども一緒になって・・・・。
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書道部門審査委員長の吉田和堂さんを囲んで、書道関係者の記念写真。
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写真関係者も僕を囲んで・・・・。
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やはり恒例の二次会・・・。いつもながらの賑やかさだ。
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奄美市美術展覧会岬副実行委員長(右から2人目)と。
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画家の西健吉さんもカラオケで美声を・・・。
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だいぶ酔いが回っている・・・。しかし、この後2軒、実行委員長、副実行委員長に付き合わせられたのだ・・・///??
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久保井博彦実行委員長、(左端)をはじめ、すべて美術部門の画家たち。

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審査が終了した翌日の26日、10時30分から奄美在住のニッコールクラブに所属するなどの写真家10人が参加して撮影・講習会をおこなった。金作原原生林(キンサクバル)と東仲間のモダマ自生地の森に入った。午後4時過ぎまでおこなった熱の入ったものであった・・・。くたびれた~!!
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夜は、僕が奄美来るとほぼ毎日入り浸る大好きな「郷土料理・かずみ」へ。24日の初日にも来たからこの日で2回目。
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親しい島唄者の日置さん(後列右)と中原さん、中さん(左端)が来てくれた。僕の隣は島唄者として有名な女将の西和美さん。
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和美女将の長女で、お店を手伝っている恵子さん。
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僕とは一回りほど歳が離れているらしいが、とても馬が合う”親友”である・・・。

1月24日から29日まで奄美群島の大島、喜界島へ行ってきた。第37回奄美市美術展覧会の写真部門の審査が24日、25日の両日あった。今年で3年目となる審査であった。

せっかく奄美に来たのだからすぐに帰るのはもったいないので毎年取材をしている。昨年は加計呂麻島へ作家・島尾敏雄の足跡を訪ねた。今年は喜界島・・・・。

取り合えず皆さんに無事に戻った報告と、今回撮影した奄美群島の印象に残った光景を見ていただく。今後、さらに数回に分けて紹介する予定だ。 島では多くの人々にお世話になった。その恩返のつもりでもあると僕は思っている・・・・。  合掌

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奄美大島・金作原原生林
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奄美大島・金作原原生林
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奄美大島・東仲間のモダマ自生地
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喜界島・蒲生
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奄美大島・東仲間のモダマ自生地
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奄美大島・東仲間のモダマ自生地
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喜界島・手久津久
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喜界島・赤連
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喜界島・島唄者 山畑さおりさん
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喜界島・嘉鉄
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喜界島・中里
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喜界島空港
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喜界島・湾

 

記念すべき1000回目を迎えたこのブログが、一番最初にアップされたのは、今から約8年前の2009年4月26日だった。第1回目のタイトルは「鷗外も啄木も使った相馬屋の原稿用紙」。その日から4月中は毎日更新している。第2回目「川田公子のみやらび太鼓と熊野からす」、第3回目となる28日は「風薫る日にオフィシャルサイト開設!!」、第4回目は「太宰治の終焉の地、三鷹を巡る」、そして4月30日の第5回目は「映画『レッドクリフ』を観て」であった。

第100回記念日は、2009年12月29日、その年の暮れも押し迫った日であった。第300回は、2011年4月29日、第500回記念は、2012年10月11日、第700回は、2014年5月2日となっている。そして1,000回目の節目となる記念の日が今日、2017年1月22日。大寒の翌日、幕末から明治の歌舞伎狂言作者の河竹黙阿弥が没した日でもある。「殺し屋のやうな月出て黙阿弥忌 中火臣」という句もある・・・・。

何の気もなく始めたブログがまさかこんなにも長く続くとは思ってもいなかった。8年間で1000回ということは3日弱に1回は書いてきたという計算になる。文字数も膨大なものになるだろう。こうなるともう8年間の僕の生きてきた証、記録、日記みたいな感じがして何故か愛おしい気持ちにもなってくる。

書き続けてこられた大きな要因は何と言ってもアクセスをしてくれる読者の人たちがいるという励ましである。2009年4月のアクセス数はたった89回だった。それが1000回を超えたのは、11か月後の2010年3月で1484回。そして2000回をキープするようになったのは2013年5月以降だ。2014年11月以降は3000回に迫っている。世界約60ヶ国の人々が、年間約30,000回のアクセスをしてくれているのである・・・・。ただ、ただ、感謝以外にない~☆ 今後も歳相応のペースで書き続けていきたいと思っている。ぜひ、お付き合いください。  合掌

◆写真は1000回特別記念として、ここ数年の間にチベットで撮影したいくつかの作品と僕の肖像写真をアップしました・・・・。

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(撮影:山崎政幸)

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(撮影:烏里烏沙)
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18日、銀座にある(株)ニコンイメージングジャパンへ用事があり、出かけなければならいついでにいくつかの展覧会を見て回ろうとまずは渋谷へ行った・・・・。渋谷は僕が青春時代に約10年間過ごした街。この交差点から歩いて10分ほどの場所だった。もう45年も昔のこと・・・。
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岡本太郎作の「明日の神話」が壁面に飾ってある通路(JR渋谷駅と井之頭線駅構内のビル)。
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橋本真智子「奄美の地・血・智」展の会場では、奄美大島の泥染め実演もした。
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真智子さんは1974年からデザイナーの高田賢三のスタッフとしてパリに在住。プレス担当、文化出版局のスタイリストなどを経て1980年にオリジナルブランドを立ち上げた。2008年から大島紬を生み出す環境に魅せられて奄美に通い、染め、その伝統などを世界に発信するために、東京、パリなどで毎年「奄美展」を開催している。
僕とは5年前に奄美大島のとある島唄の酒場で出会って以来の友人だ。昨年も奄美で島唄を肴に飲み交わした・・・。 とにかく1300年の伝統をもつ奄美大島紬に惚れ込んでいる人ではある(右が真智子さん)。

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作品の前に立つ写真家・田口るり子さん・・・。
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今年のギャラリーシリウス年頭企画展のレセプションで会った田口るり子さんの写真展に行った。この日が初日。彼女は写真家・熊切大輔君のアシスタントを務めながら創作活動続けているという。自分の感性を大切にしながらの作品作りを期待したい若手の写真家だ。がんばってね~!☆!☆  合掌

この映画は、太平洋戦争末期の1945年5月17日から6月2日まで捕虜となった米兵8人を臨床実験の被験者として使用した事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした遠藤周作の1957発表の小説『海と毒薬』を熊井啓が脚本・監督して同名で映画化したもの。脚本は1969年には出来上がっていたが、その内容からスポンサーがなかなか現れず、映画化が実現したのは17年後の1986年となった。

この映画は、ベルリン国際映画祭で審査員グランプリの銀熊賞を受賞したのをはじめ、さまざまの賞を受賞した。原作:遠藤周作、脚本・監督:熊井啓、撮影:栃沢正夫、音楽:松村禎三、出演:奥田瑛二、渡辺謙、岡田真澄、成田三樹夫、神山繁、岸田今日子、田村高廣など。

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貴州省・四川省との省境にある草海(標高2120m)。
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(奄美群島・加計呂麻島)

僕は熊井啓監督、明子夫人との出会った時の印象や、その後3度ほど新宿の酒場で一緒に飲んだときのエピソード、監督の人柄などを紹介した。1989年、ブェネッィア国際映画祭で監督賞・銀獅賞を受賞した「千利休 本覚坊遺文」を制作中の頃は、監督は一番輝いていて、大好きな酒も断って全力で取り組んでいた姿が思い出される・・・・。

最後にお会いしたのは、確か亡くなる7年前の2000年2月だったと思う。新宿・京王プラザホテルで僕の俳句の師匠であった故高島茂の「高島茂を偲び、ぼるが50周年を祝う会」だった。明子夫人も同伴していた。この会の発起人として監督も名を連ねていた。僕も写真家の一人として。

その他に映画関係者では、神山征二郎監督、俳優の山本圭、亘兄弟。俳人には金子兜太、川崎展宏、三橋敏夫、阿部寒林、藤田湘子など日本俳壇を代表するそうそうたるメンバー。他に画家、ジャーナリスト、写真家、登山家、演劇人など著名人が名を連ねていた。そうした人たちはみな高島茂を愛し、「ぼるが」の常連たちであった・・・・。

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遠藤周作著『海と毒薬』(新潮文庫・370円)「神なき日本人の”罪の意識”の不在の不気味さ」をテーマに描いた問題作。新潮社文学賞受賞。
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◆武蔵野市民学校・映画を〇学ぶ会とは、日本国憲法第25条をよりどことし、参加費無料を原則にして、2009年5月に発足、現在までに約670回の上映をしてきている。「7周年記念文集」、「上映会650回突破記念文集」も発行。毎回の参加費、パンフレット、資料集、会報代などすべて随意の募金などでまかない、希望者には配布している。
◆同会を支持してくれる会員を募集中、年会費1,000円。会報や上映会案内を郵送するための経費に充てている。(申し込み先:TEL080-429-4904 〒352-0003 新座市北野1-4-5-102 兼岡敏二まで)
◆「すぐれた映画は人生の教科書」「東上線に文化の灯を」を合言葉に、東武東上線沿線の地域でも上映会活動を展開している。現在、昨年死去したポーランド映画界の巨匠・アンジェイ・ワイダ監督の追悼連続上映会が行なわれており、2月1日の上映で第9回目となる。今年1年間続ける計画である。毎回上映のあとに参加者が車座になって、感想など出しあい話し合うのがこの会の特徴である。

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奄美群島・加計呂麻島。

1月13日朝5時45分、きっちりと約束の時間に玄関のチャイムが鳴った。朝霞市倫理法人会の人が迎えに来てくれたのだ。まだ夜明け前、西の低い空には満月から一日過ぎたが、煌々と光る大きな月が辺りを照らし出していた。家の前の畑はこの冬はじめての霜柱が薄白く光っていた・・・。

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僕の著書をはじめ、編集構成をしたぶどうぱん社刊の書籍を、ご厚意でセミナー会場に並べさせてもらった。
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経営者モーニングセミナーが始まった・・・。
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僕の講話は約40分。内用は「取材活動で学ぶもの」というタイトル。参加者は20人だった。
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会長の松澤優子さんと役員の陣野壮太朗さん(左奥)。
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倫理法人会のモーニングセミナーの講師を務めたのは今回で3度目。一昨年に群馬県の伊勢崎市、吾妻の法人会でおこなった。以前はロータリークラブやライオンズクラブにもセミナーの講師で呼ばれたことが多々あった。
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真剣に講話を聞く参加者。
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セミナー終了後、参加者で記念写真を撮影した。副会長で無形民俗文化財「武州里神楽」十世家元の石山裕雅さん(前列左から2人目)の計らいで新春にふさわしいおめでたい翁の面を僕が持った。僕の左隣は埼玉倫理法人会副会長・普及拡大副委員長の久慈須美子さん、右は朝霞市倫理法人会会長の松澤優子さん。
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セミナーが終わったあとも熱心に討議、打ち合わせをする役員の人たち。
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参加したみなさんと朝の食事を済ませて帰宅したのは9時過ぎ。日陰ではまだ霜柱がびっしりだった。明日からさらに強いマイナス42度の寒気団が日本列島を覆うという。みなさんくれぐれもご自愛ください・・・・。 合掌
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写真家で探検家の烏里烏沙君、写真家の眞月美雨さんとささやかな新年会を12日におこなった。この前に烏里君と2人で東京芸術劇場で2時間余り、この秋の写真展に展示する予定の作品を80点セレクトをする作業をした。
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常連の四川料理の店の名物火鍋の血豆腐。一見、唐辛子ばかりで辛そうだが見た目ほどではなく、美味しく病みつきになる料理だ。一度お試しあれ~!☆
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仲の良い写真家仲間・・・・。2017年、今年もよろしくね~!☆


 

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