写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

[no.2265] 2023年12月26日  生誕90年記念 細江英公 作品展(フジフィルム スクエア 写真歴史博物館/12月28日まで)、日本リアリズム写真集団 創立60年・現代写真研究所 創立50年 記念写真展「この時代ーこの一枚」(東京芸術劇場B1/25日まで)を見た。今年最後のささやかな望年会をXマスの夜に、地元の友人たちと行った~!♡☆

 

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用事があって六本木に出かけたので、どうしても見ておきたかった細江英公さんの写真展へ行った。彼の1950~1970年代にかけての代表的な4つのシリーズ「おとこと女」、「薔薇刑」、「鎌鼬」、「抱擁」のなかから厳選した30点を展示している。すべてがウ”インテージプリントだ。作品サイズは小さいが、1点、1点の作品から細江さんの熱量が伝わって来た・・・。

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池袋駅西口にある東京芸術劇場へ足を運んだ。僕の写真人生にとって大きな影響を与えた日本リアリズム写真集団と現代写真研究所の創立60年・創立50年記念写真展を見るためである。

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東京芸術劇場のB1にあるギャラリーを使って写真展は行われていた。僕が上州の片田舎で写真好きの先輩たちに誘われてJRP(日本リアリズム写真集団)に加入したのは1968年のこと。集団が創立してまだ5年しかたってない頃だった。しかし、ものすごい熱を感じた。上州の山深い町まで届くような写真創作へのエネルギーがあった。当時、僕が住んでいた周辺の村や町だけでも10人ほどの写真愛好家が加入した。みな10代、20代の青年ばかりであった。

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会場風景。 1972年に「星雲の志を抱いて」10代で上州の寒村から上京してきた僕は、好きな写真を続けたいと思っていた。東京に来て1年後、田村茂、土門拳、田中雅夫、伊藤逸平、丹野章、伊藤知己、目島恵一先生らが中心となって「現代写真研究所」という写真を本格的に学ぶ夜の学校ができるという話を聞き、会社の上司に「ぜひ、行かせてほしい」と掛け合った。ある程度の自信があったので基礎科でなく、本科(カウンセラー:樋口健二、竹内敏信)から入校したいと思っていた。職場の後輩であった森住卓くんも一緒に入れてほしいと懇願した。するとその上司(副社長相当)は、「1年間はどんなことがあっても絶対に授業を休まないこと」を条件に許可してくれたのである。授業料と交通費は出してくれた。今考えると信じられないような話だ。お陰様で森住君も僕も写真家として何とか生きて来ている。僕ら「花の一期生」には写真家の藤田庄一さんをはじめ、何人かは写真界でまだ活躍している・・・。この上司であった橋場さんにぜひ会って、心からのお礼を言いたいと最近とみに思う。多少なりとも恩返しができたろうか・・・ 合掌

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懐かしい、お世話になった先生方の作品。右から土門拳、木村伊兵衛、田村茂、小西久弥、丹野章、川嶋浩、英伸三、目島恵一、藤井梵先生。英伸三さんを除いてみな鬼籍に入られた。英さんは、本科2年を終えて研究科に進学したが、その時の担任だった。卒業後、プロの写真家を目指すエネルギシュな若い面々が集まっている「英伸三塾」に2年ほどお世話ななった。森住君は、どちらかと言えば指導者を育成する「目島恵一塾」へ入った。本科で2年間お世話ななった竹内敏信さんは亡くなり、樋口健二さんは86歳に、いまでも時々お元気な声で電話がかかる・・・。僕が現研に入ってからすでに50年の歳月が流れたということである。

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会場にいたJRP理事で日本写真家協会会員の佐藤健治くん(右)らと。全国公募写真展「視点」(主催:JRP)は来年49回目となる。第1回目から関わっているから、こちらもかれこれ50年になる・・・。いまは、JRPも現代写真研究所も視点にもかかわらなくなって久しい・・・。

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東京芸術劇場前の広場で。いつも何かの演奏会などが開かれている。

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Xマスの日、午後5時から近くに住んでいる「写真集団・上福岡」の事務局長の一瀬邦子さん(右)と同集団の竹川義之会長、写真家で写真研究塾「風」同人の眞月美雨さんと4人で最寄り駅近くの韓国料理店で忘年会をした。(撮影:竹川義之)

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友人の李ルセ君が経営する南大門で、家族ぐるみで付き合いをしている馴染みの店だ。焼肉はもちろんだが、ワタリガニのケジャン、白菜などのキムチ、各種ナムルなどが美味い。この日はこれでもかというほど焼肉を食べた。酒も呑んだ。写真の話も大いに弾んだのである。

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にもかかわらず、二次会へと繰り出した。これまたよく行く鮨屋。ここでもどこの腹に入るのだと目を疑うほどによく食べ、呑んだ。握りは7~80個は食べただろう。それに荒汁や茶わん蒸しなどなど。信じられないが事実である。最後はほろ酔いで、お互いの来年の健康と幸を願って別れたのである・・・。 合掌

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