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[no.296] 2011年4月18日 大城弘明写真展「沖縄・終わらない戦後」のギャラリートークに参加。横浜山下公園、横浜中華街・関帝廟などを巡った・・・・・。

 

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昨日の4月17日は、横浜にある日本新聞博物館(TEL045-661-2040)で、5月8日(日)まで開催している大城弘明写真展「沖縄・終わらない戦後」を見に行った。大城さんは、昨年定年退職するまで「沖縄タイムス」の写真部長を務めていた報道写真家である。タイムスに入社する以前、本土復帰する前から撮り始めてきた沖縄の写真、約250点の作品を中心にした、「沖縄のいま」を改めて問う写真展だ。彼とは十数年前に「名護市写真フェステバル」において僕と基調講演をしたことがあった。以来の付き合いで、僕が沖縄へ行く時はよく泡盛を飲む間柄だ。先輩の写真家・石川文洋さんとも親しく、16日にも長野からわざわざ見に来て、久しぶりに一緒に飲んだと言う。

午後2時からの写真家によるギャラリートークにも参加して大城さんの問題意識と沖縄に対する熱い思いをを聞いた。この写真展の中核になっているのは昨年、未来社から出版した大城弘明写真集『地図にない村』である。沖縄写真家シリーズ[琉球烈像]のなかの一巻だが、地図から消えてしまった自身の生まれ故郷の”記憶の地図”を追い続けた写真群に胸を衝かれる思いがした。写真が本来持っている特性を充分に生かした表現の骨太の展覧会であった・・・・・・。まだ、1ヶ月間近くあるので、ぜひ足を運んで、沖縄の現実を見て、考えて欲しい写真展だ。
大城さんは「この写真展の展示・飾り付けの最中に、あの東日本大震災があったのです。その後の入場者も余震や停電の影響でかなり少ないですが、僕にとっては生涯忘れられない写真展になりますね~」と、白い歯をこぼした。

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この日、「写真集団・上福岡」の田中会長はじめメンバー5人が午前中から横浜埠頭大桟橋などを撮影に来ていた。そして写真研究会「風」の鈴木事務局長も来ていたのでみんなで、午後からのギャラリートークに合流したのだった。トーク終了後、大城さんとは「また沖縄で泡盛でもゆっくりとやろうさ~」と握手をして別れた。その足でみんなで山下公園方面へ撮影をしながら歩いた。日曜日なので本来ならば人人でごった返しているのだが、やはり地震の影響でか、人出は少なかった。僕も久しぶりの横浜だった。その昔、こどもたちが小さかった頃に何度か来たことのあったこの界隈を懐かしく思い出しながらシャツターを切っていたら、突然2年ぶりに沖縄の写真家・小橋川共男さんから電話があった。つい先ほど大城さんと小橋川さんの話をしていたばかりなので、そのタイミングのよさに驚いた。僕が沖縄に来ていると思って電話をしたとのこと。不思議なこともあるもんさ~・・・・・・・・。

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日も傾きかけてきたので横浜中華街に行き、食事でもして帰ろうということになった。この中華街の歴史は古く、明治初年にはすでに横浜には1000人を超す華僑が暮らしていたと言う。安政の大獄があった1859年に横浜が開港されると欧米の商人たちは日本人と筆談ができる中国人を仲介役として伴って来浜したのが始まりだと言う。まずは「三国志」の主役のひとり、関羽雲長を祀ってある関帝廟へ詣でた。関聖帝君は財神、すなわち商売繁盛の神として中国では圧倒的な人気を誇る。劉備や孔明、曹操たちと比べても廟の数の多さは群を抜いている。横浜の関帝廟は今年で鎮座150周年を迎えるので、幕末の頃からあったことになる。一説によれば1862年に、一人の中国人が関羽の木像を現在の地に祀ってささやかな廟を建てたというのがどうやら始まりらしい。僕はちっとも商売が繁盛したことがないので、関羽が刺繍されている黄色の商売繁盛お守り袋を求めたのだ。ご利益がありますようにと・・・・・・・合掌。

さて、お楽しみの中華料理は、地元の協同組合に加盟しているだけでも143店と、ありすぎて迷った。本当は四川料理の店に入りたかったが、きれいなお姉さんが「紹興酒1本サービスするよ~」などとやたらと奨めるので根負けした形で上海料理の店に入った。案の定、料理は甘ったるく正直美味くはなかった。サービスという紹興酒も1本360円ぐらいで買える安物。そして店の看板で掲げていた定価表よりも3割ほど高く、気分が悪かったが入ってしまったのだから仕方なしと諦めるしかなかった。後で調べるとやはり「横浜中華街発展会協同組合」には加盟していない店であった。関帝廟のお守りも、直ぐにはご利益があるわけではないのだなあ~と、あらためて思った次第である・・・・・・・・。

 

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