写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

[no.221] 2010年10月17日 写真研究会「風」10月例会が都内でおこなわれた。終了後、恒例の交流会は遅くまで熱き写真談議がつづいた・・・・・。

SDIM0413.JPG

SDIM0415.JPG

SDIM0416.JPG

10月16日、僕が主宰する写真研究会「風」の10月例会が都内で開かれた。この日の会には僕もふくめて5人の参加。後の懇親会には、塩崎編集長が参加した。名古屋から参加しているH君は取り組み続けている「藤巻干潟ーいのちの物語」の新作の他に、新たなモチーフで撮り始めた作品を30点程持ってきた。この作品はいままでの作品とは表現方法が異なり期待がもてる。在日朝鮮学校を撮り続けているKさんは、そろそろまとめにかかるため時間を作って一度構成をすることになった。また何故自分がこの被写体に取り組んできたのか、論議した。そして文章にまとめ始めることとなった。Yさんは「誕生」という題名の作品を20数枚ならべて自分のイメージ、作品に対する思いをのべた。しかし本人が語るほど見る側には伝わらず、そのギャプは何なのか、もっと深く考察するようアドバイスした。作者の思い込みは写真には写らないことをしっかりと知るべしだが、ユニークな試みはおもしろいと思った。最後は鈴木事務局長の作品。この6~7年間、JRの青春18キップで北海道から沖縄までを普通電車を中心にして旅をした写真日記である。年内にこの作品と中国、ネパールのモノクロ作品をバラ板印画紙でプリントすると語っていた。時間があったので1時間ほど写真について僕の方から語った。終了後は有志でいつもの「味とめ」という居酒屋へ。ここへはもう何年通っているだろうか。15~6年は経っているだろう。写真学校の授業が終わったと塩崎編集長も参加してむさ苦しい男4人とこの中ではただ一人の女性となるYさんとで交流会がはじまった。まず先日急逝した「アサヒカメラ」編集長の奥田君のご冥福を祈り献杯した。みな一緒に飲んだり、語ったりしているからだ。終電近くまで残ったのは僕もふくめて男3人。「チベットへ来年は行こう!」などと気勢をあげていたのだった・・・・・・。

このウェブサイトの写真作品、文章などの著作権は小松健一に帰属します。無断使用は一切禁止します。