新年になって都内に出かけたのは6日の1回だけ、後は病院へ行った以外は家に閉じ篭っているうちにもう半月がすぎてしまった。2012年も24分の1が過ぎ去ってしまったことになる。読書や音楽を聴いていても身に入らない。残された己の人生を考えるとどうしても焦ってしまうのだ。地元に住んでいる「写真集団・上福岡」の会員2人が餅をついたのでと届けてくれた。市議会議員を伴って・・・・・・・。その市議は昨年、家の周辺に建売住宅が突然建築するという事になった時に、地元住民の立場になって動いてくれたので知ってはいた。コーヒーを飲んでひとしきり世間話をして帰った。大福餅をはじめいろいろな餅をもって来てくれたのでしばらくは小正月気分で餅三昧の日々である・・・・・・・・。感謝!~☆
2012年の今年は、ある意味では僕にとって勝負の年にしなければならないと思っている。森鴎外の生誕150年の年であり、石川啄木の没後100年の年でもある。日本中国国交正常化40年の年であるから、今年こそ、20数年取材を続けてきた「三国志巡歴」を本にまとめ、写真展を開催したいと思っている。さらにこの間、「上毛新聞」に連載してきた矢島保治郎の生誕130年、来年が没後50年だ。微力ながらも記念の事業を矢島の地元群馬で考えている。「上州の探検家・矢島保治郎への旅ー生誕130年記念展」の開催は、すでに前橋で11月10日~18日で決まっている。その後、伊勢崎市などで巡回をする計画だ。
そのための最後の取材を今年の春に敢行できるかどうかがひとつの要だ。取材期間も1ヶ月間と長いし、取材費もチベットを1万キロメートル走るので相当かかる・・・・・・・・。できれば森鴎外の写真展も鷗外の故郷、津和野でやりたいと思っているのだが・・・・・・・。いろいろとやらなければならぬことはあるのに、ことしももう16日 間が過ぎてしまったのである。 まあ~こんなことをぐちゃぐちゃ書いていてもしょうがないので、今日はチベット取材の打ち合わせに久しぶりに都内に出かけよう。ついでに何軒か呑んで来よう~と・・・・・・・・。
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(「日本文学風土記」より 紀州・新宮で)
(「日本文学風土記」より 岡山・吉備路で)
(「日本文学風土記」より 島根・津和野で)
(「日本文学風土記」より 土佐・桂浜で)