写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

ヒマラヤの最近のブログ記事

 

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初場所が行われている両国国技館のあるJR両国駅構内で。

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6月18日、熊切大輔写真展「あの夏」を見るためにピクトリコショツプ&ギャラリーのある両国へ行った。

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2024年の初場所が行われている最中の両国界隈は何となく華やかだ。

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本場所を終えた力士たちが続々と国技館から出てくる。

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冬空に力士の四股名を染めた色鮮やかな昇り旗が何本も翻るがえっていた・・・。

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写真展会場は、両国国技館の目の前のビルの5階だった。
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公益社団法人日本写真家協会の熊切大輔会長(右)とギャラリーの主任・瀧口麻紀さんと僕。

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両国駅から帰る京葉線の中で。赤ちゃんのヘルメットは頭の形を良くすための道具だと言う。

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1月19日の写真展の内覧会とオープニングに招かれていたので、品川のキャノンギャラリーSへ行った。写真展会場で。

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日本各地の民俗芸能に係る神事などに使用するものも展示されていた。

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会場風景。故・芳賀日出夫さんの作品をはじめ、長男の芳賀日向さんらの作品が展示されている。

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会場風景。 この写真展は同時にキヤノンギャラリー銀座、キャノンギャラリー大阪で開催される。キャノンギャラリー50周年企画展でもある。

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写真弘社社長・柳澤卓志さん、JPS名誉会員・松本徳彦さん、芳賀日向さん、写真家・野町和嘉・榎並悦子夫婦たちの姿が見える。写真展会場のオープニングで。

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キャノンオープンギャラリーⅠで行われていた竹内うるま写真展会場。

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1月22日、用事があったので六本木の富士フイルムフォトサロンへ顔をだした。夜になるとさすがに風は冷たい。

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光の魔術師と呼ばれた岡山出身の写真家・緑川洋一さんの「瀬戸内のメルヘン」のオリジナルプリント展。

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1978年生まれの新進気鋭の写真家の作品。生まれ育ち、現在も暮らしている兵庫県たつの市は、全国の牛側製品のシェアの70%を占めていると言う。15年前に地元で撮影を依頼されたことをきっかけに各地の取材を続けて来た。牛の「いのち」の本質に迫る本格的なドキュメンタリー作品であり、見る者の魂を揺さぶる・・・。 右端は会場でバッタリ会った(株)シグマの桑山輝明さん、真ん中が上吉川祐一君。

 

 

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小晦日まで3日、いよいよ2018年はあとわずかとなりました。みなさまのご自愛を祈りつつ、幸大かれの新年を迎えられることを心より願っております・・・。 合掌   日本お布施党 党首

岡山・Hさま 倉敷花桜ハム ソーセージ、ベーコンどっさりの詰め合わせ  埼玉・Tさま 筑前煮   埼玉・Fさま 土門拳記念館発行のカレンダー、国宝仏のカレンダー  東京・Iさま 大山行男・富士山カレンダー  東京・Sさま 特製オリジナルカレンダー    ◆みなさまありがとうございました~!♡☆

11日間ぶりに四川省の省都・成都市へ戻った。僕が初めて成都を訪れた時には、人口はまだ300万足らずであった。しかし、現在は1.300万人を超える大都市となっている。この旅の締めくくりの夜もまた、美酒・美食・美女を求めて”オジン集団”は、蜀の都でもあった成都の夜を彷徨するのであった・・・・。

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現在、成都市のなかでは一番高いビルの23階にある寿司・和食料理店に招待された。その店の名前は「墫」である。オーナー社長は左から3人目の人。歓迎会にも来てくれた人だ。写真が大好きでこの場で、僕が会長を務める日本中国友好写真協会に加入した。
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上海から直線距離で2、000km以上内陸に入っており、チベットと隣接している場所なのに、これだけ本格的な刺身が出て来たのには驚きであった。日本酒も何種類もそろえていた・・・・。
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ご機嫌な茂木陽一君。初日の歓迎会にも自社で造った白酒を持って来てくれた美しい社長さん。この日も旨い古酒を持って来て、飲ましてくれた。 感謝~!☆
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烏里烏沙君(右)と親しい資産家のMさん。僕の写真展のオープニングに参加してくれたのをはじめ、もう6~7回は彼とは飲んでいる。気取らない人間性に好感がもてる・・・・。
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成都市政府の文化担当の人。僕と彼女の写真を撮って見せてくれた・・・・。
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お寿司と人気があるサンマの塩焼き。
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この店の美人店長と烏里君。
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宴たけなわとなって日本、中国の歌や踊りが飛び出し、会場は大盛り上がりとなった~!!!
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僕の左の青年も成都市では知られた事業家だという。市内に「風林」という和食の店を持っている。この後、彼と店長に懇願されて「風林」という書を大きな和紙に揮毫する羽目となったのである。
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言葉は通じないが、彼女の優しさは良くわかる・・・。
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これが僕が酔っぱらって書きなぐった文字。樽を中心にして、心、愛、眞、熱情、美味、合掌。そして僕の俳号である風写を揮毫した。店内に飾るのだという。
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烏里烏沙君にも揮毫を頼んだ。彼も酔った勢いで書いていた・・・。烏沙君は、四川芸術大学の油科を卒業した元画家。日本へ留学してからも和光大学の大学院でデザインも学んでいる。

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2次会は、チベットの舞踊と音楽のショーを飲みながら鑑賞できる店に行った。四川省に暮らす少数民族たちの衣裳を一堂に見せるショー・・・。
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”オジン軍団”は、疲れと酔いが回って来て次々と沈没・・・・。
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我が友、茂木君は寿司屋で大いに飲み、食べて、はしゃぎ過ぎたのでその場でノックダウン~!☆!☆結局はチベットの舞踊には来なかった。ホテルへ帰って彼の部屋を覗くと寝かしつけたままの姿勢で靴を履いたままだった。きっとこの旅の愉快だったこと、美女たちのことなど夢に見ているのであろう・・・。

明日は茂木君一人で、早朝の飛行機便で帰国することになっていた。ホテルの出発は6時だと思いながら小さな声で「おやすみ・・・」と言いながらシャツターを切った。 (おわり~☆ 駄文とつまらない写真を飽きながらも、目を通していただきありがとうございました)  合掌

 

ラサでは、茂木陽一君をはじめとしたポタラ宮殿などを取材する6人と、チョンガ寺周辺を1人で取材する僕と、様々な打ち合わせなどに忙殺されて飛び回っていた烏里烏沙君との3つに分かれて行動した。

烏里君は絶対にポタラ宮へは行かないし、僕もすでに何度か入場しているので、入場料8000円も払ってまで入りたくないと思った。そこで烏里君は日本語ができる女性のガイドを探して頼んだのだ。その女性がわずか半日あまりでオジン集団を虜にして、アイドルになってしまった「陽子ちゃん」(左から2人目、その隣の二人は彼女の友だち)なのである~!☆!☆

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陽一と陽子・・・。すぐに意気投合したのは言うまでもない。
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(ギョギョ~!!漢族の店だからラサであっても魚料理はある。これは川魚の揚げ物。一体全体誰が注文したのだ~?!)

僕らがチベットへ入ったのは6月9日。この日はお釈迦様の誕生、涅槃したとされる日だった。今年の5月26日~6月24日までは、チベット暦で4月にあたっていた。つまり釈迦の月、サカダワ大祭の月だ。チベット仏教では殺生は好まれないが、とりわけ釈迦の月の間は、殺生は厳禁。この間に行なった行為は、良いことも悪いことも何万倍となって自分に返ってくると言われている。

実は今回の旅の目的の一つに、チベットの川や湖で釣りに挑戦することがあった。”世界の釣師”を自他共に認める茂木陽一君と彼の弟子2人は、それを楽しみの一つにこの旅に参加していた。出発前に日本で集めた情報には、不覚ながら「サカ(釈迦)ダワ(月)」が抜けていたのである。確実に僕らのミスだし、深く詫びた。もちろんチベット人は釣りをするどころか、魚貝類は一切口にしないことは良く知っていたし、水葬も現在も行われている。亡くなった人を川に流し、魚たちに極楽浄土へと連れて行ってもらうという意味合いも知ってはいた。

しかし近年、チベットにも漢族が増えてきて釣りがブームになっており、漢族ではあるが釣人口が増していること。実際に知り合いに釣りをしている人がいて、魚もけっこう釣れているなどはデータとして掴んではいたのだが・・・。チベットに入って3日目、写真撮影班と釣り班に分かれて行動した。釣り班は、地元の人たちから情報を収集し、釣具店も発見した。そこでミミズなどの餌やタモ網を購入。地方政府や警察、村長さんにも相談したが、この時期に殺生である釣りをすることは、チベット人の感情考えると難しいという結論だった。

しかし、それでは収まらない茂木君たちは、地元の人たちが徳を積むために魚を放流しているというが、一体その魚をどこで入手しているかと問い、町の市場だと知ってすぐさま飛んだ。そして市場で生きたまま売っている魚で一番でかいのを購入。魚が死なないようにタクシー運転手らの協力を受けながら、地元の人々が放流している場所へと急いだ。そしてチベット人たちが見守るなか、大きな魚を川へと放したのである。その時、つかさず周りから大きな拍手と歓声がおきて、茂木君たちは「日本からやって来てこんな素晴らしいことをする人に初めてあった・・・」と握手ぜめにあったという。

しかし、彼らの善行はそれだけには終わらなかった。翌日、宿泊していたホテル前の庭に2か所穴を掘って、餌用に買ったミミズ約100匹も土に返してやったのである。これには釣りをしなかった人たちも参加した。僕はこれらの行為を見、そして聞いて、うれしかった。恥ずかしい話ではあるが、涙が出たのである・・・。 チベット語でサカは、お釈迦様、ダワは月だ。思えばこうした月に偶然ではあるが、チベットに滞在できたことが幸せだったとしみじみと思った・・・。  ~オンマニぺイメイフォン~   合掌

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チベット人の「ジュンぺー」君と。発音が倅の淳平と同じなので忘れない。実は彼とは5年ほど前にチベット取材を約1か月間したときの5人のチームの1人だった。ジュンぺーは名ドライバーだ。つまり5年ぶりの再会なのた。ガイド兼助手を務めてくれたもう1人のチベット人は、インドへ出張中とのことで残念ながら会えなかった・・・。
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たまたま彼氏たちとグループで、お店に来ていた陽子ちゃんの親しい友だち・・・。
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オジン集団は、誰もが我さきと、陽子ちゃんと写真を撮りたがったのだ。無理もないか、9日間来る日も来る日もオジンだけだったものね・・・。
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この店の代金は、みなジュンぺー(左)が払ってくれた。ありがとうね~!☆ 奥さんは小学校の教師で、まだ小さい子供がいるのに・・・。 最近になってようやく飲めるようになった中国産生ビール。(中央)2本空けた・・・。
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ラサの長い夜は、この屋台での宴で、ようやく幕を閉じたのだった・・・・。

明日はいよいよ、この旅の最後の夜。劉備玄徳や諸葛亮など三国志の英傑たちが活躍した蜀の都だった成都である・・・・。 (つづく)

6月に行ったチベットへの旅の[番外編]を遅くなりましたがお届けします。今回の旅は、僕と写真家の烏里烏沙君の他に、高校時代の同級生である釣師・茂木陽一君とその友人3人と、僕の知人である写真家2人の計6人が同行した。総勢8人、男ばかりの12日間のドタバタ珍道中であった。

兎にも角にも毎日、昼間からよく呑み、そしてよく食べた。一番若いのは50歳の烏里君。後は60歳代、72歳、76歳が1人づづといういわばオジン集団であるにもかかわらず・・・。心配していた高山病には、ほぼ全員がなったが比較的軽いもので安心した。この番外編~美酒・美食・美女~については前編、後編の2回に分けてお届けする。撮影は全て「シグマDP1」である・・・。合掌

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中国・四川省の省都・成都市に着いた初日の晩からこのありさま。僕も何度か会っている烏里君の地元の友人も加わって歓迎会がおこなわれた・・・・。
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これが本格的な四川名物の火鍋料理だ~!
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ずいぶんとご馳走になったこの店のオーナー社長。烏里君の親戚だという。彜族で言う親戚の概念は、日本的な感覚で言うとただの知り合い程度であるが、彜族の結束は非常に固いものがある。
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豚の臓物だが、何もここまでしなくても・・・・。
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成都市内にある老舗の白酒酒造会社の社長さん。自社で造ったお薦めの白酒を沢山持って来て、飲ましてくれた。感謝です~!
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腹がペコペコという茂木君は上のザリガニとラーメンをペロリと平らげ、黒ビールを3杯空けた。
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行動が別々だった茂木陽一君とようやく成都で合流できた。深夜の0時を回っていたが、烏里君と僕で屋台の店で、とりあえず乾杯した~!☆
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2日目から日本中国友好写真協会のメンバーである写真家の劉海君(中央の帽子)が合流した。この後、チベットの南部にあるシガッエまで一緒に行動した。彼は僕らと別れた後も、カイラス山やウイグル自治区など約15、000kmを単独の車で取材を続けるという。安全を祈る・・・。

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夜は毎晩1軒では収まらず、はしご酒がお決まりだった・・・・。
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中国三大氷河の一つ、米推氷河の前で記念写真。温暖化の影響で氷河が毎年小さくなっている。後ろの湖は氷河が溶けて出来たものだ・・・。
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中華料理はどうしても毎食油ものになってしまうので、オジン連中は胃をやられて食欲が細る。そこでこうした油を使わないキノコの鍋料理など工夫して注文していたのだ~!
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茂木君(右から2人目)とその仲間たち。
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部屋で独りでやりながら、愛機のシグマDP1で自写撮りをした・・・・。

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5日目にようやく、チベット料理の店で食べた・・・。チベット料理の店は本当に少ない(山南市)
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カラオケの店に連れていかれたが、僕はビール一杯を飲んですぐにホテルへ戻った・・・。あんまりカラオケは好きでないし、とにかくうるさいのが苦手なのである。
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ビーフンの麺。あっさりしていて朝食にいい。
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山羊の肉が挟んである焼きパン。けっこうイケル味だ。
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7日目に、ギャンツェで宿泊したホテルのロビー。
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小高い山の上でライトアップされているのが、「ゾン」と呼ばれるチベットの城。この地はチベット軍が侵略してきたイギリス軍に対して、最後まで抵抗して戦った地として知られる・・・。(ギャンツェ)
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たまには餃子を・・・・。
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キノコ料理は好評だった・・・。
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いま、中国で最も人気がある「ゴロウエキ」を持つ、烏里君。日本円で2万円以上はする。シガッエ(3850m)の夜、携帯電話を忘れ、運良く見つかったTさんが、ご迷惑をかけたのでと奢ってくれたのだ。明日からはいよいよチベットの都・ラサへ・・・・。 (つづく)

2015年4月、約9000人の犠牲者を出したネパール大地震。その直後に報道写真家・石川梵は被災地に向かった。ヒマラヤの奥地の震源地・ゴルカ郡ラブラック村の現地に立った石川が見たものは・・・・。

悲惨な大地震の被害を乗り越えて、強く生きて行く、家族と人々の絆を感じるあたたかな日常生活。忘れていた人間本来の生き方がそこにはあった・・・・。 約1年間かけて村人たちの日々を丁寧に取材した叙事詩的物語である・・・・。

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会場でバッタリ会ったフォトジャーナリストで共同通信社元編集委員の新藤健一さんと。この映画に共感を込めて、ポスターの前でチラシを持って写真を撮った・・・・。 (撮影:眞月美雨)
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映画のチラシ。 監督・撮影・プロデューサー:石川梵 ナレーター:倍賞千恵子 2016年 日本制作 ドキュメント作品 108分
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上映期間中、毎日行われる石川梵監督とゲストによるトークショーイベント。この日は、右から石川監督、作家の田口ランディさん、早稲田大学客員教授の西條剛央さん。
僕は上映が始まる前に石川君と会い、固い握手を交わして「おめでとう。頑張ったね・・・」と言った。彼は「ありがとうございます。よろしくお願いします・・・」と僕の手を握り返した。

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この映画をさまざまな形で取り上げてくれた新聞、雑誌など・・・・。
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ほろ酔い気分でカメラもよれよれブレブレで~す!!
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良い映画を観た帰り道、おつまみとビール、酎ハイを買って、家の近くの毎年夜桜を見に来ている公園で今年も夜桜が拝めた~。月も・・・・。ありがたいことです。 合掌

 

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上空から見るヒマラヤ山脈の東、チベットの東地域の山嶺。
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夕暮れの標高4910mの布丹拉山から東チベットの山稜を望む。手前にはためくのはタルチョー(祈禱旗)。SDIM0444.jpg
ラサの都にそびえる歴代ダライラマのポタラ宮殿。創建は7世紀といわれている。
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東チベット、カム地方の道路では、巡礼をしている人々とよく出会う。
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ディンプルナラリン(標高:6135m)
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ガロンラ峠に咲いていたシャクナゲ
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尼洋河
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ナムチャバルフ(標高:7782m)       (*これより上4点の写真撮影は烏里烏沙君)
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ギャンツェにある1418年創建のバルコン・チョーデ(白居寺)。本堂に描かれる砂曼陀羅。

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ラサの西280Kmにあるシガツェは、標高3900mのチベット第2の街だ。1477年創建のタルシンポ寺の仏塔。

 

<チベットカム山岳研究会企画No.170608>  ~心の旅、未知の旅~

◆ 旅行期間:2017年6月8日(木)~19日(月)12日間

◆ 旅行費用:518.000円(*参加人数によって費用は変わります)

◆ 募集人数:8名(*少人数でも実施します)

◆ 募集締切:2017年3月31日(金)まで

☆ 企画:チベットカム山岳研究会 NPO法人チベット高原初等教育・建設基金会

☆ お申込み・問い合わせ:NPO法人チベット高原初等教育・建設基金会事務所

〒176-0012東京都練馬区豊玉北6-23-11-504

☎&FAX:03-5912-1233  e-mail:wusa@gesamedo.or.jp

http://www.gesanmedo.or/jp

(詳しい内容について知りたい方には、パンフを送ります。また説明会も行います)

※この企画は、NPO法人チベット高原初等教育・建設基金会(ゲーサンメド)の会員によるクラブ行事として実施しており、旅行社が主催したり手配をするものではありません。行先はいづれも通常のツアーでは、ほとんどが行ってない未知の領域です。

僕はもとより、『茂木陽一 世界を釣る』の著者で、世界100ヶ国、300回の遠征記録を持ち、国内の離島の海はほとんど制覇している希代の釣師・茂木陽一さんが参加。旅の中でヤルツァンポ河などで4回釣りの計画を立てています。それに現地生まれで地元の地理に詳しい彜族出身の探検家であり、写真家でもある烏里烏沙君も同行します。すでに6人の参加が決まっています。

ぜひ、みなさん、一緒に愉快な旅を楽しみましょう~!☆!☆  合掌

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ネパールの友人、プリスビー・シュレスタ君と会うのは6年ぶりぐらいになるだろうか。彼は今年で50歳になるというからかれこれ30年近い付き合いとなる。まだ大学生の頃だった気がするが、倅の淳平たちと西ネパールへ一緒にバスの旅をしたことがあった。プリスビーの日本人の奥さんはその頃、まだ高校生で、休みを利用してカトマンズに遊びに来ていた。いまや4人のお母さん、オーガニック、自然食を中心とした人気のレストランも経営している・・・・。

プリスビーは、現在、旅行社を中心に、ホテルやロッジなどを経営しながら、紅茶、コーヒー、蜂蜜などのネパール・ヒマラヤにこだわった製品開発にもこだわっている。今回の来日は、旅行の営業が主であるが、僕にはネパールでの日本人写真家たちによる撮りおろしの写真展の開催を相談に来た。ネパールの美しさ、すばらしさをネパールの人たちに再認識してもらう場にするとともに、外国人観光客にも訴えたいという。会場のことや期日などについても検討することとなった。今秋か、来年の春には実現しようということになった・・・・・。

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写真家・眞月美雨さんも一緒に話し合いに加わった。魚料理を食べる機会が少ないプリスビーのために鮮魚が大衆的な値段で食べられる居酒屋へ行った・・・・・。
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歳は一回り以上違うが、親しい友人だ。僕が会長を務める日本・ネパール写真交流協会の副会長でもある。
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2軒目は、沖縄料理のみやらびへ。ここで琉球舞踊の話を聞いたプリスビーは、ぜひ、ネパールの舞踊家たちと交流をし、同じ舞台でコラボレーションをしませんかと、琉球舞踊家として知られる女将の川田功子さん(前列右)たちに提案していた。 明後日からは、韓国へ営業に行って、その後ネパールへ戻るという。近い内の再会を約束して池袋で別れた・・・・・・。

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翌20日は、名古屋から上京した平元盛親君(中央)と銀座・ニコンサロンで会った。同じ写真研究会「風」のメンバーである鈴木渉さんも参加。ニコンイメージングジャパンの相馬さんと一緒に昼食を取ってから、2月4日から新宿・ギャラリーシリウスで始まる写真展「蟷螂の棲む天地」のプリントチェツクのために神田の写真弘社へ出かけた。大方が満足のできる仕上がりであった。プリントを持っているのは、担当の写真弘社・松淵君。

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プリントチェクを終えたあと、僕が時どき寄る神田駅下にある立ち飲み屋へ、寒いので一杯引っかけた・・・・・。
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その後、2月7日~8日の写真研究会「風」の合宿の場所となる飯田橋のホテルを下見。そして夕食を取る店を探した。仕事を終えて同じ「風」の仲間の美雨さんも駆けつけて写真展の前祝いの乾杯をした・・・・。

 

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神仏像左半面相(ネパール国立博物館収蔵・1999)シルバーラムダプリント(作者サイン・シリアルナンバー入り)
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多くの人たちの協力と支えにより着々とオープンに向けて準備が進んでいる「アート・スペースLeaf」。「アトリエ眞月美雨」の方も最終的な段階に来ている。15日、16:00~始まるオープニングレセプション&内覧会も「写真集団・上福岡」や写真研究会「風」のメンバーが手伝いに来てくれるという。心から感謝したい。
当日は手作りのパーティに、僕の作品が展示されているギャラリースペースやヘアメイクアップアーティスト&写真家である美雨さんが作り出す「アトリエ眞月美雨」の空間を感じてもらいればと思っている。お酒はゆっくりと飲んでいただけるように用意しておきますよ。

ギャラリーのオープン記念・第2弾として9月30日~10月5日までは、塩崎亨写真展「The days of the dance」、第3弾として10月7日~12日は、美崎太洋遊画遊彩展、第4弾としては、この夏に亡くなられた日本写真界の重鎮だった丹野章さんの代表作を10月14日~26日、丹野章オリジナルプリント展「世界のバレエ」をおこなう。10月18日(日)15:00~16:30は特別トーク企画として、「丹野章の作画精神をめぐって」(ゲスト:小松健一・写真家&小出彩子・執筆家)を開催する。参加無料ですのでふるってご参加ください。
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上州・雨の桑畑(1968)240X290mm シルバーアートプリント(作者サイン・シリアルナンバー入り)

6月8日からその大半は、家にこもり原稿書きをしていた。前日までは、第26回「マリナーズ・アイ」展の総評と入賞作品の作品評を約8000字ほど書き上げていた。その後、格闘していた原稿は何かと言うと『決定版 広島原爆写真集』、『決定版 長崎原爆写真集』(監修:「反核・写真運動」 勉誠出版刊)に載せる写真のキャプションだ。写真枚数は2冊合わせて850点を超える。この作業は正直大変だった。それでも何とか19日には、ほぼ全てが終わり編集部に手渡すことが出来たのである・・・・・・。 やった~!!!! という心境だ。

まだ、まだ編集作業は残っているが、一番大きな山場は越える事ができた。7月20日に刊行予定だ。同時に23日から26日まで東京・文京シビックセンターで写真展も開催される・・・。ご期待ください~!☆

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ネパールの写真家・Amrit Bajracharya(アムリット・バジャチャリア)君が出品している東京写真月間2015「アジアの写真家たち ネパール」を見るために新宿のヒルトン東京へ行った。B1Fのショッピングアーケード内にあるヒルトピアアートスクエアで26日まで開催している。左側がアムリット君の作品。
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アムリット君とは、僕がネパール取材中に偶然出会い、以来僕の弟子として今日まで来ている。2005年に僕の家に約3ヶ月間ホームスティをし、日本で写真の研修に励む。その間、東京・コニカミノルタプラザ、金沢・浅野川画廊、白山・コミニュティーセンターなどで個展をした。2007年にも京都、名古屋などでも個展を開催している。僕が会長を務める「日本・ネパール写真交流協会」の事務局次長でもある。今回は来日を予定していたが、直前のネパール大地震により急遽来日を取りやめた・・・・・・。残念だったが、いたしかたない。一日も早いネパールの復興を祈るばかりである・・・・。 合掌 (アムリット君の作品の前で)

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第21回酒田市土門拳文化賞受賞「ファールボール」の作者・坂巻ちず子さん。 写真展会場の新宿ニコンサロンで。
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僕が主宰する写真研究会「風」の同人の鈴木渉さんは、第21回酒田市土門拳文化奨励賞を受賞した。 おめでとう~!☆  30点のカラー組写真の作品 「鎮魂そして再生への祈りー福島、大地の祭りー」。その一部を紹介する。 力のこもった秀作である・・・・・・。
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6月7日付けで発行された並木すみ江写真集『逢いたくて、愛されたくて・・・・・』(ぶどうぱん社刊)で、文章を寄せてくれた写真家・丹野章さん、装丁を担当した塩崎亨君、それに編集・構成を担当した僕と著者の並木さんの4人で「ご苦労さま・打ち上げ会」をビヤホールライオン銀座7丁目店でおこなった。
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あと1ヶ月ほどで卒寿を迎えられる丹野章さん。もう40数年来の付き合いだが、会う度に僕はいつも”元気☆パワー”をもらっている・・・・・・。
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ライオン銀座7丁目店は、現存するビヤホールでは日本最古のもの。6月2日には、クラシックホールで並木さんの出版記念パーティをした・・・・・。記念写真にはライオンの若いスタッフも一緒に。
僕はこの店に来ると生ビール品質管理アドバイザーの海老原清さんをいつも指名して、生ビールを注いでもらう。これが最高!! 泡加減といい、飲んだときのクリミーな甘さ、そして香り・・・・・・。この領域には他の人はなかなか達することはできない。忙しいので店に出る事はあまりないが、この日は運よく本人がいて注いでもらったのである。わざわざ、名刺を持ってあいさつに来てくれた・・・・・・・。
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あまりにもライオンが賑やかだったので、ゆっくり話ができる所ということで、先日、画廊るたんの店主に連れてきてもらった酒場「ぐだらく」へ行って二次会。偶然にも画廊るたんの中島さんもカウンターで独り飲んでいた。塩崎君の左は店のママさん・・・・・。
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6月20日10時から12時まで。朝霞市立図書館で、「戦後70年 琉球そしてOKINAWAを知るために」というタイトルでスライドを見せながら話をして沖縄の現実を考えてもらうという企画に協力した。前日は塩崎君たちと遅くまで飲んでいたので朝早くからの話はしんどかったが、大勢の市民の皆さんが参加してくれたのでがんばってやりました・・・・・・。 は~い!☆!☆

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