写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

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実はこの作業は昨年春から本格的に始めてきた。昨年中は、ここ5~6年間で撮影したデジタルカメラのデータ約8万点から500点ほどに絞り込む作業し、プリントを終えた。今年に入ってからさらにセレクトを重ねて、3分の1の180点余りまでにした。

また僕が1990年から撮影をしてきたのは全てポジフィルムだ。この25年間、十数万点におよぶ膨大なフイルム1コマ1コマを全て見直し、第1次では約1000点を選び、この間それを220点までに絞り込んだのだ・・・・。

民族は彜族、チベット族、白族、納西族、タイ族、苗族、プイ族、ハニ族、回族、漢族など・・・・。  単に民族の紹介でなく、その民族の歴史や文化、宗教、仕事、暮らしなどとともに自然環境などを丁寧に見つめるよう努めてきた。下の写真は彜族の人々。主に2016年と2015年に取材をした中から何カットかを紹介する~!☆!☆

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2017年4月30日の日没(自宅前の畑で)
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昭和という時代を刻んだ240人の肖像写真は、圧巻だった。あらためて「写真家 田沼武能」の大きさを認識した。また田沼武能という写真家と同時代を生きていられることを誇りに思った・・・。

目次は第1部 芸と理を究む 第2部 詩文の世界で 第3部 空間とデザイン 第4部 絵画と彫刻と に分かれている。序文を大村彦次郎 取材ノート・文献を著者が記している。本のサイズは200X265ミリで、324ページ。上製本、2色刷り。 定価:3,000円+税 ぜひ、一冊手元において時折、珈琲など飲みながらページをめくりたい本だ。昭和文化の色濃い香りが漂ってくる良著である・・・。

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田沼さんの師匠である木村伊兵衛さん(1956年撮影)と、晩年の10年程僕も何度かお会いして学ばせてもらった土門拳さん(1953年撮影)を掲載したページ。

この写真集をめくっていて思い出したことが2つあった。その一つは、僕の日本写真家協会の推薦保証人にもなってくれた写真家・田村茂さんのことだ。田村さんは『現代日本の百人』(文藝春秋社刊)に代表されるように、土門拳の『風貌』と並んで肖像写真の評価は高い。ちなみに田村さんは1906(明治39)年生まれ、存命していれば111歳だ。その田村さんが撮影した佐藤春夫や高村光太郎の写真を暗室に潜り何枚もプリントしたことだ。

もう一つは、かって田沼さんが新宿のコニカギャラリーで個展をしたときのオープニングパーティで、あいさつにに立った作家の山口瞳さんが「田沼さんの写真の魅力の本質は肖像写真にある。こちらをさらに極めてほしい・・・」と言ったことを思い浮かべたのである。

田沼さんは、この写真集に自筆で揮毫し、さらに丁重な手紙まで付けて贈って来てくれた。心からの感謝の意を表したい・・・。 合掌

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著者である芳賀日出男さんは、96歳を迎えられた僕ら写真家にとっての大先輩である。特に僕にとっては「飯田市藤本四八写真文化賞」の第1回受賞者が芳賀さんで、第2回の受賞が僕であったことから、とりわけ親しくしていただいた。芳賀さんと言えば日本中はもとより世界百十数ヵ国の習俗を取材し続けたことで知られている。本書は人と神との交わりを、東西の祭礼を通して312ページ、写真430点を収めた集大成となっている。

目次は、第1部 神を迎える 第2部 神を纏う 第3部 神が顕わる 第4部 神に供す となっており、例えば第2部は、装飾、仮面、人形のように各章ともさらに細かく分かれている。末巻の「カメラを手にして90年」の著者の文章は、芳賀さんの96年の人生と人間性そのものが赤裸々に描かれており、深く心が打たれた・・・・。

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写真は本文より。 実はこの本の出版を記念したパーティが4月12日、角川本社ビルで行われた。当然、僕は真っ先に行かなければと思っていたが、残念ながら1年前からこの時期、宮崎・日向市と鹿児島市へ行くことが決まっていたので出席できなかった。僕はその事情を手紙に書くとともに、お祝いの気持ちを込めて芳賀さんへ一句贈った・・・。  民俗写真貫きとほす祭りひと  風写

すると日を置かず直ぐに『写真民俗学 東西の神々』が贈られてきた。それも96歳とは思えないしっかりとした署名を添えてだ。A3版の決して大きくない本ではあるが、この中にはヨーロッパ、オセアニア、アジア、南米、北米、そして日本など各地の120以上の祭礼が写真と共に、貴重な取材記録が収められており、ずっしりと重い。民族や歴史文化の異なる様々な神事・祭礼には興味を惹かれるとともに資料的価値も高いと思った。ぜひ、一冊手元に置いておきたい本である・・・・。

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この写真集は、写真を担当した藤田庄市が10数年間にわたり、伊勢神宮の春夏秋冬すべての神事と遷宮。それらを取り巻く自然も含めて深く丹念に記録するとともに、表現においても神の気配を感じさせる重厚さを得て、日本独特の歴史と文化をみごとに捉えている・・・・。

何度見ていても飽きさせない久しぶりの力のこもった写真集である。編集・構成は、写真集の編集では抜群に定評が高い、新潮社の金川功編集委員が担当している。僕の著書『心に残る「三国志」の言葉』と『太宰治と旅する津軽』も彼と一緒にした仕事である・・・。

実は藤田庄市さんとは、まだ僕が20歳頃からの友人で「庄ちゃん」と呼ぶような仲だった。彼は様々な報道写真を撮影し、国内外に発信していた通信社の写真部に所属していた。僕は青年・学生向けの新聞社の写真部にいた。都内の出版や新聞など写真部にいた若い写真家が有楽町の片隅に集まって月に1度写真の勉強会をし、よく呑んで討論していた。
その頃、土門拳、田村茂、藤本四八、伊藤逸平、田中雅夫、伊藤知己、丹野章、目島恵一、川嶋浩、英伸三さんらが中心となって現代写真研究所が開校することとなった。その第1期生として本科1年に入ったのが僕と藤田庄市さんだった。他にはいま、フォトジャーナリストとして活躍している森住卓君などがいた・・・。庄ちゃんは、僕の結婚式の実行委員にもなってくれ、写真の撮影もしてくれた。1974年のことだ。懐かしい思い出ではある・・・・。

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2017年5月1日の夕暮れ(自宅前から)

 

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梅雨明けのような晴れ渡った4月23日、渋谷駅近くの渋谷区立勤労福祉会館で、写真研究会「風」の新年度の第1回目となる例会が開かれた。この間、「ライカGINZA SIX」のオープニングレセプションや第189回「一滴(しずく)」句会など欠席をしていたが、「風」は僕が主宰しているため、万障繰り合わせて行かなければならない・・・。
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この日は、岡山、香川、愛知、埼玉在住の同人・会員4人が欠席したが、他の8人は参加した。今期から入会し、長野・飯田市から通って来ることとなった橋都とみ子さん(左端)も2日前に中国・貴州省の取材から戻ったばかりなのに写真約150枚を持って参加した。
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左から事務局と「風通信」編集長をしている鈴木渉同人、並木すみ江同人、海野裕士会員、橋都とみ子会員、塩崎亨同人、長谷川俊樹会員、大久保美帆会員、眞月美雨同人。
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約4時間におよぶ研究会。多くメンバーが近いうちの個展を目指しているので、作品数も多い。構成やタイトル、作品内容を示す文章などにも話は及んだ・・・・。
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研究会が終わった5時過ぎから居酒屋で交流反省会を全員の参加で行い、新入会員となった橋都さんの歓迎と大久保さんが京都造形大学に入学したことを祝って乾杯した。その後、2次会は道玄坂の老舗蕎麦屋で、盛そばを肴にダッタン蕎麦茶割りを呑んだ。「風」の会友である写真家の烏里烏沙君も途中から駆けつけてくれ、一緒に呑んだのである。
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2月25日刊行されたばかりの『宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人』(今野勉著・新潮社)。定価は2.000円+税。プロデューサー・演出家・脚本家である今野勉さん渾身の400ページにもおよぶ大作である。この本の表紙の写真を僕が提供したのだ。
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そんなこともあって編集担当の出版企画部ノンフィクション編集部の堀口晴正君と同じ編集部で2011年に僕の写真と重松清さん、澤口たまみさんとの共著で新潮社から刊行した『宮澤賢治 雨ニモマケズという祈り』の担当編集者だった岡倉千奈美さんとで、お世話になったからと僕の慰労会を催してくれたのである・・・。 感謝~!☆  
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最初は四川料理の店。2軒目は馴染みの琉球料理の店「みやらび」へ。女将で琉球舞踊家の川田功子さん、琉球舞踊家の崎山陽子さんたちと話は盛り上がった・・・。お疲れさまでした。  合掌

 

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3月8日、午後6時から常磐線南柏駅近くのセレモニーホール東葛会堂において、岡井耀毅さんのお通夜がおこなわれた。翌9日、午前11時30分からは告別式がしめやかに取り行われた・・・。合掌
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岡井さんが生前代表を務めていた俳句同人の会「一滴(しずく)」の同人たちを中心に関係者が喪主である岡井禮子さん(中央)を囲んで記念写真。 ちなみに「一滴(しずく)」という発案は僕がこの句会が創立される時にして、参加者全員の総意により決まったものである。
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「一滴」の選者である俳人の中原道夫さんを祭壇の前で。もうかれこれ5年程「一滴」の句会に来てもらっている。僕が知り合いと言うこともあり、岡井さんに頼まれてお願いしたのだ。
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僕も岡井さんと最後のお別れをしたあと、棺の前で撮影をした・・・。    (撮影:丸橋ユキ)
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禮子夫人(右)とあいさつを交わす参拝する人たち。「一滴」同人のメンバーの人たちはこの式の裏方を手伝った。「一滴」の会計を担当している栗原けいこさん(中央)。
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葬儀場でのお清めの後、近くの居酒屋で二度目のお清めをした。「一滴」の同人たちが中心となって、写真家、「アサヒカメラ」元副編集長たち15人が参加した。
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僕と仲の良い写真編集者の堀瑞穂さん、今年「一滴」に加入した山岳写真家・故青野恭典さんの奥様のハツ子さん。
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中原さんを囲んで語る。右隣は写真家の飯島幸永さん。彼も以前は「一滴」に入っていた。
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「一滴」の事務局長の内田露光さん(右上)たちと。
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「一滴」の同人たち。右から一生さん、瑞穂さん、悠花さん。
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悠花さんは、日本写真作家協会理事、日本写真著作権協会理事も務めている・・・。この宵は、いつまでも岡井さんの思い出話に花が咲き、献杯を繰り返したのだった・・・。

岡井耀毅さんとの思い出は沢山ある。おいおい書いて行きたいと思っている。   合掌

この映画は、太平洋戦争末期の1945年5月17日から6月2日まで捕虜となった米兵8人を臨床実験の被験者として使用した事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした遠藤周作の1957発表の小説『海と毒薬』を熊井啓が脚本・監督して同名で映画化したもの。脚本は1969年には出来上がっていたが、その内容からスポンサーがなかなか現れず、映画化が実現したのは17年後の1986年となった。

この映画は、ベルリン国際映画祭で審査員グランプリの銀熊賞を受賞したのをはじめ、さまざまの賞を受賞した。原作:遠藤周作、脚本・監督:熊井啓、撮影:栃沢正夫、音楽:松村禎三、出演:奥田瑛二、渡辺謙、岡田真澄、成田三樹夫、神山繁、岸田今日子、田村高廣など。

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貴州省・四川省との省境にある草海(標高2120m)。
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(奄美群島・加計呂麻島)

僕は熊井啓監督、明子夫人との出会った時の印象や、その後3度ほど新宿の酒場で一緒に飲んだときのエピソード、監督の人柄などを紹介した。1989年、ブェネッィア国際映画祭で監督賞・銀獅賞を受賞した「千利休 本覚坊遺文」を制作中の頃は、監督は一番輝いていて、大好きな酒も断って全力で取り組んでいた姿が思い出される・・・・。

最後にお会いしたのは、確か亡くなる7年前の2000年2月だったと思う。新宿・京王プラザホテルで僕の俳句の師匠であった故高島茂の「高島茂を偲び、ぼるが50周年を祝う会」だった。明子夫人も同伴していた。この会の発起人として監督も名を連ねていた。僕も写真家の一人として。

その他に映画関係者では、神山征二郎監督、俳優の山本圭、亘兄弟。俳人には金子兜太、川崎展宏、三橋敏夫、阿部寒林、藤田湘子など日本俳壇を代表するそうそうたるメンバー。他に画家、ジャーナリスト、写真家、登山家、演劇人など著名人が名を連ねていた。そうした人たちはみな高島茂を愛し、「ぼるが」の常連たちであった・・・・。

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遠藤周作著『海と毒薬』(新潮文庫・370円)「神なき日本人の”罪の意識”の不在の不気味さ」をテーマに描いた問題作。新潮社文学賞受賞。
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◆武蔵野市民学校・映画を〇学ぶ会とは、日本国憲法第25条をよりどことし、参加費無料を原則にして、2009年5月に発足、現在までに約670回の上映をしてきている。「7周年記念文集」、「上映会650回突破記念文集」も発行。毎回の参加費、パンフレット、資料集、会報代などすべて随意の募金などでまかない、希望者には配布している。
◆同会を支持してくれる会員を募集中、年会費1,000円。会報や上映会案内を郵送するための経費に充てている。(申し込み先:TEL080-429-4904 〒352-0003 新座市北野1-4-5-102 兼岡敏二まで)
◆「すぐれた映画は人生の教科書」「東上線に文化の灯を」を合言葉に、東武東上線沿線の地域でも上映会活動を展開している。現在、昨年死去したポーランド映画界の巨匠・アンジェイ・ワイダ監督の追悼連続上映会が行なわれており、2月1日の上映で第9回目となる。今年1年間続ける計画である。毎回上映のあとに参加者が車座になって、感想など出しあい話し合うのがこの会の特徴である。

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奄美群島・加計呂麻島。

 

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2001年の発足してから15年間、毎月必ず句会を開いて来た「一滴会(しずく)」も今回で185回目の句会を迎えた。師走の小春日の9日に、いつもの新橋・生涯学習センターで行われた。
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席をニュー新橋ビルにある「志ん橋 ひでや」に移して、年間賞の授賞式ならびに忘年会をおこなった。15年間におよぶ一滴会の歩みと思い出、今後の決意を語る代表の岡井輝生さん。
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この日投句された45余りの句から特選5句、入選十数句を選ぶ俳人の中原道夫さん。
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この日の参加は14人だった。欠席投句も2人あった。ちなみに僕の俳号は小松風写。この日は3句投句した。以下に記す。 先月、中国・四川省大涼山のイ族の村々の正月行事を取材したときの情景を詠んだものである・・・・。
◆冬ざれの村に谺す豚の悲鳴(こえ) 中原道夫選:特選  ◆小春日の豚解体をただ待ちぬ  中原道夫選:入選  ◆寒暁や豚焼くけぶり村被ふ  (同人選:3点句)

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年間最優秀賞を受賞した書家の豊田瑞穂さん(左)と年間優秀賞を受賞した元「フォトコンテスト」編集長の板見浩助さん。
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年間優秀賞を受賞した奥田三喜さん。
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忘年会のメイン料理は鳥鍋だった・・・。 手前は、元「アサヒカメラ」編集長の岩田溢平さんと日本写真作家協会理事、日本写真著作権協会理事の今井田悠花さん。2人とも会の同人である。
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右から会の会計担当の栗原けいこさん。年間努力賞を受賞した。隣は岡井輝生代表。創立時から代表を務めている・・・・。お疲れさまでした。
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俳人の中原道夫さんとは、かれこれ20年におよぶ付き合いだ・・・・。
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久しぶりに、会が終わった後、中原さんと共に何人かでホテルオオクラ東京にあるオーキッドドバーへ行った。Xマスシーズンの頃に来るとホテルの前には大きなツリーが飾られている。右から一滴会の事務局長・内田露光さん、リコージャパン株式会社の池永一生さん、片桐うららさん、中原道夫さん。
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ロビーの正面にもツリーが。 中原さんと一滴会同人の片桐うららさんとで記念写真を撮る。この2人はカメラを向けると自然にどんどんとポーズを決めていくのだ・・・。 うららさんは、かっては日本を代表する写真家の大竹省二さんや中村正也さんなどのモデルも多くしている伝説の人でもある・・・。
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同人の柳沼宝海さんがキープしてある美味しいブランデーをいつもながらのようにいただいた。ご馳走様でした~!☆  
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1年ぶりくらいぶりに、近所の韓国料理店・南大門店主の李ルセ・真理子夫妻(左手前と3人目)が「小松さんたまには飲みましょう。付き合ってくださ~いよ」というので居酒屋・三福へ出かけた。そうしたらフランス語の翻訳をしている松本君(左奥)、写真家の佐藤忠さん(右奥)、写真家の烏里烏沙君(左2人目)も中国の友人とその生徒さん2人(右2人目と3人目)を連れて来た。なんでも前日の夕方5時に初めて出会ってからずーと朝まで呑み、そして今日の朝からまた昼間中呑んでそのままここに来たのだという。烏里くんは家に昨日から帰っていないままだ・・・・。奥さんや子供が心配していると思うのでこの日は早めに帰したのである・・・・。

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二軒目はカラオケ好きのルセ君のこと、案の定カラオケスナックへ行く羽目となった。佐藤さんと僕はもう歳で疲れるからと、10時前には失礼をした。 たまには近所の若い人たちと呑むのも悪くないなあ・・・・。

◆全国の心やさしい皆様、お心使いに感謝申し上げます・・・・。 合掌  日本お布施党  党首

☆岡山・Tさん 志ほや ままかりの味くらべ  ☆群馬・Eさん ハワイ島 海洋深層水マハロ20本、酵素サプリ、超微細気泡プレミアムハイセンス、スッポン卵加工食品など多数   ☆三重・Tさん 陶芸家 坪島土平 豪華作品集

 

僕のライワークのひとつに「日本文学風土記」がある。このシリーズに取り組んでからすでに40年以上の歳月が流れている。全国47都道府県すべてを近現代の日本文学を切り口にして、日本の風土、文化、人々の暮らしなどを写真によって、記録・表現しようというアプローチである。

高知も何度か取材をしているが、今まで歌人・吉井勇については取材をしたことがなかった。勇は1931(昭和6)年5月に初めて土佐の地を踏んだ。46歳の時だ。その後、昭和8年8月に再び訪れ、のちに3年4か月余り暮らすことになる在所村猪野々集落(現香美市香北町猪野々)を訪れ、約1か月間滞在している。

昭和12年10月、高知市築屋敷に居を移し、再婚してここで約1年間の生活を送った。勇、52歳のときである。僕は吉井勇が土佐で過ごした4年余りの日々は、自然のなかで己を見つめた「人生再生の日々」として勇のそれから生き方にとっても、文学活動にとっても大きな転機となった重要な時期だったと思っている・・・。

 

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今年8月に高知に来た時には、勇が「渓鬼荘」と名付け、3年余り暮らした庵の残る在所村猪野々を訪ねた。そこには昭和32年に建立された「寂しければ御在所山の山桜咲く日もいとど待たれぬるかな」の歌碑と吉井勇記念館があった・・・。

今回は、高知市内に残る勇のゆかりの地を巡ることとした。最初に訪ねたのは1956(昭和31)年、高知県内には10基ある勇の歌碑のなかでも、一番早く建立された筆山にある歌碑だ。写真は、筆山中腹から見た鏡川と勇が新婚生活を送った築屋敷方面。

 

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筆山山頂にある「つるぎたち土佐に来たりぬふるさとをはじめてここに見たるここちに」の吉井勇歌碑(昭和31年11月23日建立)。

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鏡川の川面にまるで筆の先ように映ることから筆山と名付けられたという。

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伊野部淳吉邸がある高知市上町4丁目は、いまでも流れる川の上にテントを張って毎週火曜日に市が行なわれている。

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「瀧嵐子つと入り来たりものを伝ふその門口のうつ木おもほゆ」吉井勇歌碑(伊野部淳吉氏邸の庭に昭和59年に建立)。碑の裏面にも「打たるるもよしや玉手に抱かるる君が鼓とならましものを」の歌が刻まれている。
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「友いまだ生きてかあらむここちして土佐路恋しく吾は来にけり」と勇と入魂にしていた伊野部恒吉を追憶した歌を刻んだ歌碑が、上町5丁目の伊野部哲也邸の庭にある。現当主の哲也氏は恒吉の孫にあたる。高知県歯科医師会の常務理事という忙しい身でありながらも丁寧に案内していただいた。
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吉井勇が千葉県人の国松喜三郎の長女・孝子と昭和12年10月から翌年10月に京都へ移るまでの1年間暮らした高知市築屋敷(現上町)。伊野部哲也氏によれば、ちようどこの辺りに住居があったという。目の前は鏡川が流れていた・・・。勇は爵位を返上し、伯爵柳原義光の娘・徳子と離婚してまでして、南国土佐に流れ着いている。歌人・吉井勇の胸には幾ばくかの思いが去来していたのだろうか・・・・。

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もう6~7年程前になるだろうか。写真月刊誌「フォトコン」で紙上「小松健一の写真道場」という企画を3年間やったことがある。その中の一人の弟子だった出川雅庸さん(左前)たちが中心となって運営している玉野市文化祭「市民公募・写真展」に行ってみた。
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写真研究会「風」同人の高田昭雄さんが40数年間務めた玉野市にある三井造船を見る。
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宇野港。右手側に三井造船の全容が見える。高田さんにとっては青春時代そのものの、思い出が詰まっている土地だ。うの温泉に浸かって長旅の疲れを癒した・・・。
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土佐・桂浜。ここは坂本龍馬の銅像で有名だが、吉井勇も幾度か遊んでいて歌を詠んでいる。僕が訪れた日は波が高く「絶対に浜には近づかないでください~!」としつこくアナウンスが流れていた。
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龍馬像のすぐ左脇に建っていた吉井勇歌碑。「大土佐の海を見むとてうつらうつら桂の浜にわれは来にけり」(昭和32年建立)。
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坂本龍馬像。裏の台座には次のような碑文が刻まれていた。「 時 昭和参年三月  建設者 高知縣青年 」ムム・・・。面白い~!☆
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明日から龍馬の目線で太平洋の景色が見れるとかなんやらで、銅像のすぐ右わきに大きな櫓が建設されていた。せっかくの桂浜の景観を壊す!!・・・。 でも龍馬と記念写真。高知写真界の重鎮・恒石晃志さん、和田徳恵さんと岡山の写真家・高田紀美子さんと・・・・。
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香美市土佐山田町逆川の山中にある龍河洞。ここへも吉井勇は来ている。僕が着いたのはすでに午後5時を回っていて入場はできなかった。山々に浮かぶ雲が夕日に色づき始めたので写真を撮っていると、従業員の女性が「もしかしたら県展の写真の審査の先生ですか?私、今回入選したのです。ありがとうございました~」と声をかけてきた。それで勇の歌碑のある場所や資料をもらえたのだ。ラッキーだったのである( ^ω^)・・・。

「絶え間なく石したたりてある程に百千劫いつか経にけむ」(龍河洞出口に建つ勇歌碑。昭和32年12月15日建立)

 

 

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10月2日、羽田発13:40 ANA565便から見た雲間からの富士山。
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約1か月ぶりの土佐・・・。高知龍馬空港に着陸する体制に入る。
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空港には定刻の15:00に着いた。定宿にしている日航ロイヤルホテル高知の部屋からの夕暮れ。
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日曜日なので、よく行く店はどこも定休日。明日早くはじまる審査のことを考えてホテルの最上階にあるレストランで一人で食事を取った。
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ピアノ演奏や歌もやっていた・・・。
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午9時30分から審査が高知市文化プラザの市民ギャラリーで始まった。8月に行なわれた第一次審査で1818作品の中から第二次審査に残った385作品と推薦作品3点、無鑑査作品6点を最終審査をした。写真中央は、作品を見る高知新聞社の反田昭浩写真部長。
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昼食を挟んで午後3時前まで審査はかかった。特選5作品、褒状20作品、新人賞1作品、高知県美術振興会奨励賞1作品。そして第70回を記念した県美術展覧会大賞1点を選んだ。最後まで賞を争った作品を持って記念写真をスタッフたちと撮った。
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高知新聞文化部のインタビュー取材を終えたあと、午後6時から高知新聞社本社ビルで審査講評と写真講座を行った・・・。
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会場は100人を超える熱心な参加者でいっぱいになった。「ほとんど告知していなかったのにこんなに大勢集まるとは・・・」と世話役たちは驚いていた。
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講演が終わってから市内の土佐料理店に席を移し、懇親会をした。あいさつと乾杯の音頭を取ったのは、県展無鑑査の長老写真家・恒石晃志さん(右から4人目)。
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恒石さんとともに長い間、県展を支えて来た無鑑査写真家の岩崎勇さん。
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僕から2人目は、高知新聞社写真部長の反田昭浩さん。左の2人は、蕎麦と酒「湖月」4代目店主・松木一朗夫妻。
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左から2人目は、元高知新聞編集局の門田和夫写真部長。
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左は県展無鑑査写真家で、第70回県展の代表参与をしている和田徳恵さん。右端は、日本リアリズム写真集団高知支部事務局長の北村富士郎さん。
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ホテルから見た鏡川と高知市内。右の山は筆山。
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ホテルの朝の食事は、豪勢でいつも食べきれない( ^ω^)・・・。

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審査がすべて終了した翌日の10月4日。午前中早くから高知市内にある歌人・吉井勇のゆかりの地を4か所ほど訪ねて取材をした(これは次回で紹介する)。JR高知駅発14:13 の特急「南風」18号で岡山県の児島へ向かった。瀬戸大橋からの瀬戸内海。

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夜は、写真研究会「風」同人の写真家・高田昭雄夫妻と友人の妹尾明子さんがあたたかい歓迎会を開いてくれた・・・・。

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亡くなった写真家・中村昭夫さんや奥さんとも何度か来たことがある倉敷の美観地区の古民家でしている酒味処「菜の花」へ行った。僕が行った頃は先代の大将で、現在は娘さんの旦那が二代目を継いでいた。

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8月に来た時にも集まった気心知れたメンバーなので、地元の肴で静かに語りながら飲んだ・・・。

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瀬戸内穴子の白焼きなどを肴に・・・・。

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5日の夜は、台風の影響で急きょ6日の午前中に写真教室が延期となったために、岡山・早島写真同好会の役員たちと懇親会をした。左から大森会長、会計担当者、林事務局長と講師の高田さん。

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総勢30名の参加者。9時からみっちり午後1時過ぎまで。1人1人の写真を前に合評の連続。さすがに疲れた・・・・。この教室は、年に1回程度開いて来たので、今や早島写真同好会会員のみならず全県から参加者が集まるようになった。

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教室が終わるとその足で、高知へUターン。途中、香川の坂出インターで降りて讃岐うどんの昼食を取ることにした。地元の写真家・寒川真由美さんが、美味しい讃岐うどん店の情報を知らせてきてくれたが、時間がなくて最寄りのうどん店に入ったら大外れ~!!正直うまくなかった・・・・。

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高知市内へ入ったら夕空がきれいだった・・・・。

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彫刻部門の会場。

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7日からオープンする県展の特別内覧会とセレモニーが6日の午後6時から各会場で行われた。僕は写真展会場となった高知市文化プラザへ出席した。680余人の参加者で賑やかだった・・・。

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写真部門会場の最初に審査員である僕の作品が2点展示してある。「遥かなる チリ」の中から2作品をオリジナルシルバーアートプリントで展示した。

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県展の褒状に入賞したり、新人賞や入選をした高校の写真部の生徒と顧問の教師が出席した。僕と一緒に写真を撮りたいというので作品の前でパチリ~!☆

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とにかく土佐の写真愛好家は、イゴッソウとハチキンなのか皆、熱いぜよ~!!

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カツオのタタキ。

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サバ棒すしと穴子巻すしなど。

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県展の前夜祭が終わったあと、県展の世話役や入賞者などとのささやかな祝う会に招かれた。岡山から来た高田夫妻も一緒に参加した・・・。
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10月7日、高知県美術展覧会の初日。工芸部門の会場で。
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10時30分。僕による作品講評会が始まる。あいさつをする高知新聞社文化事業局 文化事業部部長・文化センター長の栗山学さん。
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食い入るように話を聞く参加者たち。
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初日の講評会にも100人を超える人たちが参加した。この様子は7日の高知新聞夕刊1面に大きくカラー写真付きで報道された。
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和田徳恵さんは、写真家だけでなく、先端美術作家でもある。泰泉寺徳恵の名前で県展に入選した「空観」。県展の常連であり、褒状入賞も果たしている(高知県美術館で)。
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先端美術の入選作品の前で。
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高知最後の夜は、もう30数年来の旧知のなかの和田さんと2人だけで、蕎麦屋「湖月」へ行った。四代目店主の松木一朗君と若妻の未来さんと二人できりもみしている。来年で創業80年というから高知市内でも老舗中の老舗であろう。2人とも写真をしており、今回ダブル入選を果たした。 おめでとう~!☆
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蕎麦の旨さもさることながら、肴が良い。酒もそろえてある。この刺身は、3日と7日に僕が写真講評をしてくれたお礼ということで、ご馳走してくれた。ありがとう~!☆ カツオ、サバ、イワシなどの刺身が美味であった・・・・。 合掌
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最後の一軒は、言わずと知れた割烹「ときわ」。前日も来ているので2日続きだ。でもやはり締めはこの店にしたい。大将の優しい笑顔ともしばらくは会えないからね。
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いつ食べても旨いカツオの酢締め。
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サバのあっさり酢締め。しかし、ほとんど刺身と言ってよい。この他に地牡蠣を肴にして、四万十川上流の栗で作る焼酎「ダバダ」で土佐の最後の夜を堪能したのである・・・・。

 

 

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この2年間で書き溜めた作品約300点余りの中から選りすぐった70点余りを展示している。正面が書家で詩人の住谷夢幻さん。僕とは35年来の古い友人である・・・・。

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中国・重慶出身の中国画家の姉妹と住谷さん。姉の曾勤さん(右)と妹の曾黎さん(左)。二人とも大活躍で12月からも奄美大島の田中一村記念館のギャラリーで展覧会を行うことになっている。

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初日から大勢の人たちが訪れていた・・・・。

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会場近くの刺身の10点盛で500円という安さが売りの居酒屋へ行った・・・(写真は2人前、1、000円)。

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牡蠣のがんがん焼き。

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蒸し牡蠣を開くとほっこりした身が登場する。生レモンを絞って豪快にいただく・・・・。
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たぶん今夜は遅くまでやるのだろうが、僕は都内まで帰らなければならなかったので、午後9時前に失礼をした。創作談議が延々と盛り上がっていた・・・。 右から僕、書家であり詩人の住谷夢幻さん、陶芸家の高橋芳宣さん、画家の齋藤賢司さん、画家の曾勤さん、七宝工芸家の齋藤かおるさん、ノイエス朝日のゼネラルプロデューサーの武藤貴美代さん、画家の曾黎さん。 僕以外は、皆上州で暮らしている。

本当に愉快な一時をありがとうございました・・・・。 合掌

 

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8月27日の午前10時にホテル日航高知のロビーで、岡山在住の写真家の高田昭雄・紀美子夫妻と待ち合わせをした。わざわざ岡山から迎えに来てくれたのだ。写真は讃岐の独特な風景。高松在住の写真家・寒川真由美さん宅の近くのため池・三郎池とピラミッド型の山。

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昼時だったので、さっそく讃岐うどんを食べに。自宅の近くで美味しい店を探しておいてくれた。

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僕は冷やしうどんと野菜の天ぷら、おでんの牛筋、それにキンキンに冷えた生ビールをいただいた。

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寒川真由美さんの実家。彼女の写真にいつも出てくる納屋の入り口。左から夫の寒川亨さん、真由美さん、僕、真由美さんの父・藤沢秀功さん、母・民子さん。後列高田昭雄・紀美子夫妻。

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9月1日、ぶどうぱん社から刊行。『藤沢民子川柳集』定価1、500円(税込み) 装丁:塩崎亨 写真:寒川真由美 題字:寒川 優

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この日に合わせて印刷所である(株)東京印書館から送り届けてもらって、著者である藤沢民子さんをはじめご家族のみなさんに渡した・・・。

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実は、26日の小松神社参拝の折、往復八百段近い急こう配の坂道を上り下りしたのが原因で、おはずかしながら両足の太腿、ふくらはぎなどの筋肉が27日の午前中から激痛を起こし、歩くこともままならない状態になっていた・・・。

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僕の余りにも情けない状態を見かねた真由美さんが、カイロプラクターで歯科衛生士でもある妹の中野潤子さん(写真)を呼んでくれたので、急きょ1時間ほど施術をほどこしてもらった。

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おかげさまで、一皮むけたように痛みが軽くなり、少し元気が出て来たのでVサイン。身体がボロボロで悲鳴をあげていると、きつい説教を受けたのである・・・・。わが身の歳のことも考えて少しは気をつけねばと反省をした。潤子さん、大きな体の僕を1時間もマッサージしていただき、心からありがとうございました・・・。 合掌

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『時よ時よの風が吹く』の題字、章扉の書を揮毫した真由美さんの次女・優ちゃん。いま香川県内の高校で書道を教えている。優しく見守るおばさんにあたる潤子さんと祖母の民子さん。

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藤沢、寒川家族と高田夫妻で記念写真を撮る・・・・。
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マッサージをしてもらったので、近くの温泉へ行った。さらに楽になった気がした・・・・。
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27日の夜は、寒川家の前にあるため池の堤防で花火大会が行われていた・・・。
SDIM5067.jpg 28日の朝早くからみんなは、神社に奉納される念仏踊り撮影に出かけたが、僕は動けないので遠慮して一人で寝ていたのだ・・・。 
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昼は魚が新鮮で安くて旨いという地元の寿司屋へ。みそ汁は荒汁。これで1、200円。僕はとても食べきれなかった・・・。
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別れを惜しんで最後の記念写真を・・・。 いろいろと楽しい時をありがとう~!☆ 感謝~!☆

そして僕と高田夫妻は岡山の早島町へと向かった・・・・。

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ままかりの焼き酢漬け。

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瀬戸内の蝦蛄の天ぷら、地穴子の白焼きなど。

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今日の五点盛の刺身。真鯛、わらさ、など鮮度がよく美味だった・・・。

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高田夫妻と早島町役場に勤める妹尾明子さん。僕が3年間、早島町教育委員会の主催で行っていた写真コンテストの審査と講演会のスピーチをしていた時の担当だった。以来、早島に行くと必ず美味しい瀬戸内の肴が食べれる店を案内してくれるのだ・・・。ありがとうね~!☆

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28日は紀美子さんの作品を四百数十点見させてもらい、中から40点ほどセレクトした。彼女もここ10年ほど毎年写真研究会「風」の合宿には沢山の作品を持って参加しているが、近年急激に実力をつけて伸びて来ている。努力を惜しまない姿勢としなやかな感性に期待している・・・。

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早島町は、岡山市と倉敷市に挟まれた小さな町。「早島の町を車で抜けるのに、ものの5分もかからない」と言われているほどだ。その早島にづーと暮らしている高田夫妻。もうずいぶんと前から岡山での僕の定宿にさせてもらっている。いつもお世話になります~!☆

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夫婦そろっての写真家。僕とヒマラヤをはじめ、チベット、中国・四川省、雲南省なども取材している。昭雄さんは、協同組合日本写真家ユニオン会員、僕が主宰する写真研究会「風」の同人である。

今年の暮れか、来春早々に水島財団からの出版が決まっている高田昭雄写真集『水島コンビナート50年』(仮題)の編集や写真構成のアドバイスを29日一日かけて行った。A4変形判、92ページの予定の写真集となるが、1点1点に歴史と記録性があり、どの写真もインパクトがある。高田昭雄作品の最高峰となると今から期待している・・・。

 

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