写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

文学の最近のブログ記事

 

SDIM1550.jpg

SDIM1547.jpg

SDIM1552.jpg
3月8日、午後6時から常磐線南柏駅近くのセレモニーホール東葛会堂において、岡井耀毅さんのお通夜がおこなわれた。翌9日、午前11時30分からは告別式がしめやかに取り行われた・・・。合掌
SDIM1560.jpg
岡井さんが生前代表を務めていた俳句同人の会「一滴(しずく)」の同人たちを中心に関係者が喪主である岡井禮子さん(中央)を囲んで記念写真。 ちなみに「一滴(しずく)」という発案は僕がこの句会が創立される時にして、参加者全員の総意により決まったものである。
SDIM1557.jpg
「一滴」の選者である俳人の中原道夫さんを祭壇の前で。もうかれこれ5年程「一滴」の句会に来てもらっている。僕が知り合いと言うこともあり、岡井さんに頼まれてお願いしたのだ。
SDIM1555.jpg
僕も岡井さんと最後のお別れをしたあと、棺の前で撮影をした・・・。    (撮影:丸橋ユキ)
SDIM1562.jpg
禮子夫人(右)とあいさつを交わす参拝する人たち。「一滴」同人のメンバーの人たちはこの式の裏方を手伝った。「一滴」の会計を担当している栗原けいこさん(中央)。
SDIM1565.jpg
葬儀場でのお清めの後、近くの居酒屋で二度目のお清めをした。「一滴」の同人たちが中心となって、写真家、「アサヒカメラ」元副編集長たち15人が参加した。
SDIM1568.jpg
僕と仲の良い写真編集者の堀瑞穂さん、今年「一滴」に加入した山岳写真家・故青野恭典さんの奥様のハツ子さん。
SDIM1567.jpg
中原さんを囲んで語る。右隣は写真家の飯島幸永さん。彼も以前は「一滴」に入っていた。
SDIM1572.jpg
「一滴」の事務局長の内田露光さん(右上)たちと。
SDIM1571.jpg
「一滴」の同人たち。右から一生さん、瑞穂さん、悠花さん。
SDIM1574.jpg

悠花さんは、日本写真作家協会理事、日本写真著作権協会理事も務めている・・・。この宵は、いつまでも岡井さんの思い出話に花が咲き、献杯を繰り返したのだった・・・。

岡井耀毅さんとの思い出は沢山ある。おいおい書いて行きたいと思っている。   合掌

この映画は、太平洋戦争末期の1945年5月17日から6月2日まで捕虜となった米兵8人を臨床実験の被験者として使用した事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした遠藤周作の1957発表の小説『海と毒薬』を熊井啓が脚本・監督して同名で映画化したもの。脚本は1969年には出来上がっていたが、その内容からスポンサーがなかなか現れず、映画化が実現したのは17年後の1986年となった。

この映画は、ベルリン国際映画祭で審査員グランプリの銀熊賞を受賞したのをはじめ、さまざまの賞を受賞した。原作:遠藤周作、脚本・監督:熊井啓、撮影:栃沢正夫、音楽:松村禎三、出演:奥田瑛二、渡辺謙、岡田真澄、成田三樹夫、神山繁、岸田今日子、田村高廣など。

DSC_2391.jpg
貴州省・四川省との省境にある草海(標高2120m)。
DSC_0418-001.jpg
(奄美群島・加計呂麻島)

僕は熊井啓監督、明子夫人との出会った時の印象や、その後3度ほど新宿の酒場で一緒に飲んだときのエピソード、監督の人柄などを紹介した。1989年、ブェネッィア国際映画祭で監督賞・銀獅賞を受賞した「千利休 本覚坊遺文」を制作中の頃は、監督は一番輝いていて、大好きな酒も断って全力で取り組んでいた姿が思い出される・・・・。

最後にお会いしたのは、確か亡くなる7年前の2000年2月だったと思う。新宿・京王プラザホテルで僕の俳句の師匠であった故高島茂の「高島茂を偲び、ぼるが50周年を祝う会」だった。明子夫人も同伴していた。この会の発起人として監督も名を連ねていた。僕も写真家の一人として。

その他に映画関係者では、神山征二郎監督、俳優の山本圭、亘兄弟。俳人には金子兜太、川崎展宏、三橋敏夫、阿部寒林、藤田湘子など日本俳壇を代表するそうそうたるメンバー。他に画家、ジャーナリスト、写真家、登山家、演劇人など著名人が名を連ねていた。そうした人たちはみな高島茂を愛し、「ぼるが」の常連たちであった・・・・。

SDIM1048.jpg
遠藤周作著『海と毒薬』(新潮文庫・370円)「神なき日本人の”罪の意識”の不在の不気味さ」をテーマに描いた問題作。新潮社文学賞受賞。
SDIM1047.jpg

◆武蔵野市民学校・映画を〇学ぶ会とは、日本国憲法第25条をよりどことし、参加費無料を原則にして、2009年5月に発足、現在までに約670回の上映をしてきている。「7周年記念文集」、「上映会650回突破記念文集」も発行。毎回の参加費、パンフレット、資料集、会報代などすべて随意の募金などでまかない、希望者には配布している。
◆同会を支持してくれる会員を募集中、年会費1,000円。会報や上映会案内を郵送するための経費に充てている。(申し込み先:TEL080-429-4904 〒352-0003 新座市北野1-4-5-102 兼岡敏二まで)
◆「すぐれた映画は人生の教科書」「東上線に文化の灯を」を合言葉に、東武東上線沿線の地域でも上映会活動を展開している。現在、昨年死去したポーランド映画界の巨匠・アンジェイ・ワイダ監督の追悼連続上映会が行なわれており、2月1日の上映で第9回目となる。今年1年間続ける計画である。毎回上映のあとに参加者が車座になって、感想など出しあい話し合うのがこの会の特徴である。

DSC_0521-001.jpg

奄美群島・加計呂麻島。

 

SDIM0654.jpg
2001年の発足してから15年間、毎月必ず句会を開いて来た「一滴会(しずく)」も今回で185回目の句会を迎えた。師走の小春日の9日に、いつもの新橋・生涯学習センターで行われた。
SDIM0658.jpg
席をニュー新橋ビルにある「志ん橋 ひでや」に移して、年間賞の授賞式ならびに忘年会をおこなった。15年間におよぶ一滴会の歩みと思い出、今後の決意を語る代表の岡井輝生さん。
SDIM0667.jpg
この日投句された45余りの句から特選5句、入選十数句を選ぶ俳人の中原道夫さん。
SDIM0669.jpg

この日の参加は14人だった。欠席投句も2人あった。ちなみに僕の俳号は小松風写。この日は3句投句した。以下に記す。 先月、中国・四川省大涼山のイ族の村々の正月行事を取材したときの情景を詠んだものである・・・・。
◆冬ざれの村に谺す豚の悲鳴(こえ) 中原道夫選:特選  ◆小春日の豚解体をただ待ちぬ  中原道夫選:入選  ◆寒暁や豚焼くけぶり村被ふ  (同人選:3点句)

SDIM0665.jpg
年間最優秀賞を受賞した書家の豊田瑞穂さん(左)と年間優秀賞を受賞した元「フォトコンテスト」編集長の板見浩助さん。
SDIM0666.jpg
年間優秀賞を受賞した奥田三喜さん。
SDIM0670.jpg
忘年会のメイン料理は鳥鍋だった・・・。 手前は、元「アサヒカメラ」編集長の岩田溢平さんと日本写真作家協会理事、日本写真著作権協会理事の今井田悠花さん。2人とも会の同人である。
SDIM0672.jpg
右から会の会計担当の栗原けいこさん。年間努力賞を受賞した。隣は岡井輝生代表。創立時から代表を務めている・・・・。お疲れさまでした。
SDIM0671.jpg
俳人の中原道夫さんとは、かれこれ20年におよぶ付き合いだ・・・・。
SDIM0678.jpg
久しぶりに、会が終わった後、中原さんと共に何人かでホテルオオクラ東京にあるオーキッドドバーへ行った。Xマスシーズンの頃に来るとホテルの前には大きなツリーが飾られている。右から一滴会の事務局長・内田露光さん、リコージャパン株式会社の池永一生さん、片桐うららさん、中原道夫さん。
SDIM0682.jpg
SDIM0684.jpg
ロビーの正面にもツリーが。 中原さんと一滴会同人の片桐うららさんとで記念写真を撮る。この2人はカメラを向けると自然にどんどんとポーズを決めていくのだ・・・。 うららさんは、かっては日本を代表する写真家の大竹省二さんや中村正也さんなどのモデルも多くしている伝説の人でもある・・・。
SDIM0686.jpg
同人の柳沼宝海さんがキープしてある美味しいブランデーをいつもながらのようにいただいた。ご馳走様でした~!☆  
SDIM0645.jpg

1年ぶりくらいぶりに、近所の韓国料理店・南大門店主の李ルセ・真理子夫妻(左手前と3人目)が「小松さんたまには飲みましょう。付き合ってくださ~いよ」というので居酒屋・三福へ出かけた。そうしたらフランス語の翻訳をしている松本君(左奥)、写真家の佐藤忠さん(右奥)、写真家の烏里烏沙君(左2人目)も中国の友人とその生徒さん2人(右2人目と3人目)を連れて来た。なんでも前日の夕方5時に初めて出会ってからずーと朝まで呑み、そして今日の朝からまた昼間中呑んでそのままここに来たのだという。烏里くんは家に昨日から帰っていないままだ・・・・。奥さんや子供が心配していると思うのでこの日は早めに帰したのである・・・・。

SDIM0650.jpg

二軒目はカラオケ好きのルセ君のこと、案の定カラオケスナックへ行く羽目となった。佐藤さんと僕はもう歳で疲れるからと、10時前には失礼をした。 たまには近所の若い人たちと呑むのも悪くないなあ・・・・。

◆全国の心やさしい皆様、お心使いに感謝申し上げます・・・・。 合掌  日本お布施党  党首

☆岡山・Tさん 志ほや ままかりの味くらべ  ☆群馬・Eさん ハワイ島 海洋深層水マハロ20本、酵素サプリ、超微細気泡プレミアムハイセンス、スッポン卵加工食品など多数   ☆三重・Tさん 陶芸家 坪島土平 豪華作品集

 

僕のライワークのひとつに「日本文学風土記」がある。このシリーズに取り組んでからすでに40年以上の歳月が流れている。全国47都道府県すべてを近現代の日本文学を切り口にして、日本の風土、文化、人々の暮らしなどを写真によって、記録・表現しようというアプローチである。

高知も何度か取材をしているが、今まで歌人・吉井勇については取材をしたことがなかった。勇は1931(昭和6)年5月に初めて土佐の地を踏んだ。46歳の時だ。その後、昭和8年8月に再び訪れ、のちに3年4か月余り暮らすことになる在所村猪野々集落(現香美市香北町猪野々)を訪れ、約1か月間滞在している。

昭和12年10月、高知市築屋敷に居を移し、再婚してここで約1年間の生活を送った。勇、52歳のときである。僕は吉井勇が土佐で過ごした4年余りの日々は、自然のなかで己を見つめた「人生再生の日々」として勇のそれから生き方にとっても、文学活動にとっても大きな転機となった重要な時期だったと思っている・・・。

 

DSC_0005.jpg

 

今年8月に高知に来た時には、勇が「渓鬼荘」と名付け、3年余り暮らした庵の残る在所村猪野々を訪ねた。そこには昭和32年に建立された「寂しければ御在所山の山桜咲く日もいとど待たれぬるかな」の歌碑と吉井勇記念館があった・・・。

今回は、高知市内に残る勇のゆかりの地を巡ることとした。最初に訪ねたのは1956(昭和31)年、高知県内には10基ある勇の歌碑のなかでも、一番早く建立された筆山にある歌碑だ。写真は、筆山中腹から見た鏡川と勇が新婚生活を送った築屋敷方面。

 

DSC_0022.jpg

筆山山頂にある「つるぎたち土佐に来たりぬふるさとをはじめてここに見たるここちに」の吉井勇歌碑(昭和31年11月23日建立)。

DSC_0028.jpg

鏡川の川面にまるで筆の先ように映ることから筆山と名付けられたという。

DSC_0032.jpg

伊野部淳吉邸がある高知市上町4丁目は、いまでも流れる川の上にテントを張って毎週火曜日に市が行なわれている。

DSC_0044.jpg
「瀧嵐子つと入り来たりものを伝ふその門口のうつ木おもほゆ」吉井勇歌碑(伊野部淳吉氏邸の庭に昭和59年に建立)。碑の裏面にも「打たるるもよしや玉手に抱かるる君が鼓とならましものを」の歌が刻まれている。
DSC_0065.jpg
「友いまだ生きてかあらむここちして土佐路恋しく吾は来にけり」と勇と入魂にしていた伊野部恒吉を追憶した歌を刻んだ歌碑が、上町5丁目の伊野部哲也邸の庭にある。現当主の哲也氏は恒吉の孫にあたる。高知県歯科医師会の常務理事という忙しい身でありながらも丁寧に案内していただいた。
DSC_0068.jpg

吉井勇が千葉県人の国松喜三郎の長女・孝子と昭和12年10月から翌年10月に京都へ移るまでの1年間暮らした高知市築屋敷(現上町)。伊野部哲也氏によれば、ちようどこの辺りに住居があったという。目の前は鏡川が流れていた・・・。勇は爵位を返上し、伯爵柳原義光の娘・徳子と離婚してまでして、南国土佐に流れ着いている。歌人・吉井勇の胸には幾ばくかの思いが去来していたのだろうか・・・・。

DSC_0080.jpg
もう6~7年程前になるだろうか。写真月刊誌「フォトコン」で紙上「小松健一の写真道場」という企画を3年間やったことがある。その中の一人の弟子だった出川雅庸さん(左前)たちが中心となって運営している玉野市文化祭「市民公募・写真展」に行ってみた。
DSC_0094.jpg
写真研究会「風」同人の高田昭雄さんが40数年間務めた玉野市にある三井造船を見る。
DSC_0127.jpg
宇野港。右手側に三井造船の全容が見える。高田さんにとっては青春時代そのものの、思い出が詰まっている土地だ。うの温泉に浸かって長旅の疲れを癒した・・・。
DSC_0149.jpg
土佐・桂浜。ここは坂本龍馬の銅像で有名だが、吉井勇も幾度か遊んでいて歌を詠んでいる。僕が訪れた日は波が高く「絶対に浜には近づかないでください~!」としつこくアナウンスが流れていた。
DSC_0139.jpg
龍馬像のすぐ左脇に建っていた吉井勇歌碑。「大土佐の海を見むとてうつらうつら桂の浜にわれは来にけり」(昭和32年建立)。
DSC_0168.jpg
坂本龍馬像。裏の台座には次のような碑文が刻まれていた。「 時 昭和参年三月  建設者 高知縣青年 」ムム・・・。面白い~!☆
DSC_0151.jpg
明日から龍馬の目線で太平洋の景色が見れるとかなんやらで、銅像のすぐ右わきに大きな櫓が建設されていた。せっかくの桂浜の景観を壊す!!・・・。 でも龍馬と記念写真。高知写真界の重鎮・恒石晃志さん、和田徳恵さんと岡山の写真家・高田紀美子さんと・・・・。
DSC_0184.jpg

 

香美市土佐山田町逆川の山中にある龍河洞。ここへも吉井勇は来ている。僕が着いたのはすでに午後5時を回っていて入場はできなかった。山々に浮かぶ雲が夕日に色づき始めたので写真を撮っていると、従業員の女性が「もしかしたら県展の写真の審査の先生ですか?私、今回入選したのです。ありがとうございました~」と声をかけてきた。それで勇の歌碑のある場所や資料をもらえたのだ。ラッキーだったのである( ^ω^)・・・。

「絶え間なく石したたりてある程に百千劫いつか経にけむ」(龍河洞出口に建つ勇歌碑。昭和32年12月15日建立)

 

 

SDIM5540.jpg
10月2日、羽田発13:40 ANA565便から見た雲間からの富士山。
SDIM5556.jpg
約1か月ぶりの土佐・・・。高知龍馬空港に着陸する体制に入る。
SDIM5561.jpg
空港には定刻の15:00に着いた。定宿にしている日航ロイヤルホテル高知の部屋からの夕暮れ。
SDIM5565.jpg
日曜日なので、よく行く店はどこも定休日。明日早くはじまる審査のことを考えてホテルの最上階にあるレストランで一人で食事を取った。
SDIM5585.jpg
ピアノ演奏や歌もやっていた・・・。
SDIM5594.jpg
午9時30分から審査が高知市文化プラザの市民ギャラリーで始まった。8月に行なわれた第一次審査で1818作品の中から第二次審査に残った385作品と推薦作品3点、無鑑査作品6点を最終審査をした。写真中央は、作品を見る高知新聞社の反田昭浩写真部長。
SDIM5589.jpg
昼食を挟んで午後3時前まで審査はかかった。特選5作品、褒状20作品、新人賞1作品、高知県美術振興会奨励賞1作品。そして第70回を記念した県美術展覧会大賞1点を選んだ。最後まで賞を争った作品を持って記念写真をスタッフたちと撮った。
SDIM5599.jpg
高知新聞文化部のインタビュー取材を終えたあと、午後6時から高知新聞社本社ビルで審査講評と写真講座を行った・・・。
SDIM5598.jpg
会場は100人を超える熱心な参加者でいっぱいになった。「ほとんど告知していなかったのにこんなに大勢集まるとは・・・」と世話役たちは驚いていた。
SDIM5603.jpg
講演が終わってから市内の土佐料理店に席を移し、懇親会をした。あいさつと乾杯の音頭を取ったのは、県展無鑑査の長老写真家・恒石晃志さん(右から4人目)。
SDIM5604.jpg

SDIM5601.jpg
恒石さんとともに長い間、県展を支えて来た無鑑査写真家の岩崎勇さん。
SDIM5609.jpg
僕から2人目は、高知新聞社写真部長の反田昭浩さん。左の2人は、蕎麦と酒「湖月」4代目店主・松木一朗夫妻。
SDIM5612.jpg
左から2人目は、元高知新聞編集局の門田和夫写真部長。
SDIM5012.jpg
左は県展無鑑査写真家で、第70回県展の代表参与をしている和田徳恵さん。右端は、日本リアリズム写真集団高知支部事務局長の北村富士郎さん。
SDIM5618.jpg
ホテルから見た鏡川と高知市内。右の山は筆山。
SDIM5623.jpg

ホテルの朝の食事は、豪勢でいつも食べきれない( ^ω^)・・・。

SDIM5630.jpg

審査がすべて終了した翌日の10月4日。午前中早くから高知市内にある歌人・吉井勇のゆかりの地を4か所ほど訪ねて取材をした(これは次回で紹介する)。JR高知駅発14:13 の特急「南風」18号で岡山県の児島へ向かった。瀬戸大橋からの瀬戸内海。

SDIM5635.jpg

夜は、写真研究会「風」同人の写真家・高田昭雄夫妻と友人の妹尾明子さんがあたたかい歓迎会を開いてくれた・・・・。

SDIM5636.jpg

亡くなった写真家・中村昭夫さんや奥さんとも何度か来たことがある倉敷の美観地区の古民家でしている酒味処「菜の花」へ行った。僕が行った頃は先代の大将で、現在は娘さんの旦那が二代目を継いでいた。

SDIM5638.jpg

8月に来た時にも集まった気心知れたメンバーなので、地元の肴で静かに語りながら飲んだ・・・。

SDIM5641.jpg

 

SDIM5644.jpg

瀬戸内穴子の白焼きなどを肴に・・・・。

SDIM5640.jpg

5日の夜は、台風の影響で急きょ6日の午前中に写真教室が延期となったために、岡山・早島写真同好会の役員たちと懇親会をした。左から大森会長、会計担当者、林事務局長と講師の高田さん。

SDIM5646.jpg

 

SDIM5651.jpg

 

SDIM5658.jpg

 

SDIM5662.jpg

総勢30名の参加者。9時からみっちり午後1時過ぎまで。1人1人の写真を前に合評の連続。さすがに疲れた・・・・。この教室は、年に1回程度開いて来たので、今や早島写真同好会会員のみならず全県から参加者が集まるようになった。

SDIM5667.jpg

教室が終わるとその足で、高知へUターン。途中、香川の坂出インターで降りて讃岐うどんの昼食を取ることにした。地元の写真家・寒川真由美さんが、美味しい讃岐うどん店の情報を知らせてきてくれたが、時間がなくて最寄りのうどん店に入ったら大外れ~!!正直うまくなかった・・・・。

SDIM5670.jpg

高知市内へ入ったら夕空がきれいだった・・・・。

SDIM5680.jpg

彫刻部門の会場。

SDIM5678.jpg

 

SDIM5673.jpg

7日からオープンする県展の特別内覧会とセレモニーが6日の午後6時から各会場で行われた。僕は写真展会場となった高知市文化プラザへ出席した。680余人の参加者で賑やかだった・・・。

SDIM5682.jpg

写真部門会場の最初に審査員である僕の作品が2点展示してある。「遥かなる チリ」の中から2作品をオリジナルシルバーアートプリントで展示した。

SDIM5686.jpg

県展の褒状に入賞したり、新人賞や入選をした高校の写真部の生徒と顧問の教師が出席した。僕と一緒に写真を撮りたいというので作品の前でパチリ~!☆

SDIM5688.jpg

とにかく土佐の写真愛好家は、イゴッソウとハチキンなのか皆、熱いぜよ~!!

SDIM5689.jpg

カツオのタタキ。

SDIM5692.jpg

サバ棒すしと穴子巻すしなど。

SDIM5695.jpg
県展の前夜祭が終わったあと、県展の世話役や入賞者などとのささやかな祝う会に招かれた。岡山から来た高田夫妻も一緒に参加した・・・。
SDIM5700.jpg
10月7日、高知県美術展覧会の初日。工芸部門の会場で。
SDIM5702.jpg
10時30分。僕による作品講評会が始まる。あいさつをする高知新聞社文化事業局 文化事業部部長・文化センター長の栗山学さん。
SDIM5703.jpg
食い入るように話を聞く参加者たち。
SDIM5711.jpg

SDIM5724.jpg
初日の講評会にも100人を超える人たちが参加した。この様子は7日の高知新聞夕刊1面に大きくカラー写真付きで報道された。
SDIM5726.jpg
和田徳恵さんは、写真家だけでなく、先端美術作家でもある。泰泉寺徳恵の名前で県展に入選した「空観」。県展の常連であり、褒状入賞も果たしている(高知県美術館で)。
SDIM5728.jpg
先端美術の入選作品の前で。
SDIM5737.jpg
高知最後の夜は、もう30数年来の旧知のなかの和田さんと2人だけで、蕎麦屋「湖月」へ行った。四代目店主の松木一朗君と若妻の未来さんと二人できりもみしている。来年で創業80年というから高知市内でも老舗中の老舗であろう。2人とも写真をしており、今回ダブル入選を果たした。 おめでとう~!☆
SDIM5736.jpg
蕎麦の旨さもさることながら、肴が良い。酒もそろえてある。この刺身は、3日と7日に僕が写真講評をしてくれたお礼ということで、ご馳走してくれた。ありがとう~!☆ カツオ、サバ、イワシなどの刺身が美味であった・・・・。 合掌
SDIM5740.jpg
最後の一軒は、言わずと知れた割烹「ときわ」。前日も来ているので2日続きだ。でもやはり締めはこの店にしたい。大将の優しい笑顔ともしばらくは会えないからね。
SDIM5699.jpg
いつ食べても旨いカツオの酢締め。
SDIM5744.jpg
サバのあっさり酢締め。しかし、ほとんど刺身と言ってよい。この他に地牡蠣を肴にして、四万十川上流の栗で作る焼酎「ダバダ」で土佐の最後の夜を堪能したのである・・・・。

 

 

SDIM5246.jpg

この2年間で書き溜めた作品約300点余りの中から選りすぐった70点余りを展示している。正面が書家で詩人の住谷夢幻さん。僕とは35年来の古い友人である・・・・。

SDIM5251.jpg

中国・重慶出身の中国画家の姉妹と住谷さん。姉の曾勤さん(右)と妹の曾黎さん(左)。二人とも大活躍で12月からも奄美大島の田中一村記念館のギャラリーで展覧会を行うことになっている。

SDIM5249.jpg

初日から大勢の人たちが訪れていた・・・・。

SDIM5255.jpg

会場近くの刺身の10点盛で500円という安さが売りの居酒屋へ行った・・・(写真は2人前、1、000円)。

SDIM5259.jpg

 

SDIM5257.jpg

牡蠣のがんがん焼き。

SDIM5261.jpg
蒸し牡蠣を開くとほっこりした身が登場する。生レモンを絞って豪快にいただく・・・・。
SDIM5253.jpg

たぶん今夜は遅くまでやるのだろうが、僕は都内まで帰らなければならなかったので、午後9時前に失礼をした。創作談議が延々と盛り上がっていた・・・。 右から僕、書家であり詩人の住谷夢幻さん、陶芸家の高橋芳宣さん、画家の齋藤賢司さん、画家の曾勤さん、七宝工芸家の齋藤かおるさん、ノイエス朝日のゼネラルプロデューサーの武藤貴美代さん、画家の曾黎さん。 僕以外は、皆上州で暮らしている。

本当に愉快な一時をありがとうございました・・・・。 合掌

 

SDIM5021.jpg

8月27日の午前10時にホテル日航高知のロビーで、岡山在住の写真家の高田昭雄・紀美子夫妻と待ち合わせをした。わざわざ岡山から迎えに来てくれたのだ。写真は讃岐の独特な風景。高松在住の写真家・寒川真由美さん宅の近くのため池・三郎池とピラミッド型の山。

SDIM5026.jpg

昼時だったので、さっそく讃岐うどんを食べに。自宅の近くで美味しい店を探しておいてくれた。

SDIM5023.jpg

僕は冷やしうどんと野菜の天ぷら、おでんの牛筋、それにキンキンに冷えた生ビールをいただいた。

SDIM5030.jpg

寒川真由美さんの実家。彼女の写真にいつも出てくる納屋の入り口。左から夫の寒川亨さん、真由美さん、僕、真由美さんの父・藤沢秀功さん、母・民子さん。後列高田昭雄・紀美子夫妻。

SDIM5147.jpg

9月1日、ぶどうぱん社から刊行。『藤沢民子川柳集』定価1、500円(税込み) 装丁:塩崎亨 写真:寒川真由美 題字:寒川 優

SDIM5033.jpg

この日に合わせて印刷所である(株)東京印書館から送り届けてもらって、著者である藤沢民子さんをはじめご家族のみなさんに渡した・・・。

SDIM5037.jpg

実は、26日の小松神社参拝の折、往復八百段近い急こう配の坂道を上り下りしたのが原因で、おはずかしながら両足の太腿、ふくらはぎなどの筋肉が27日の午前中から激痛を起こし、歩くこともままならない状態になっていた・・・。

SDIM5046.jpg

僕の余りにも情けない状態を見かねた真由美さんが、カイロプラクターで歯科衛生士でもある妹の中野潤子さん(写真)を呼んでくれたので、急きょ1時間ほど施術をほどこしてもらった。

SDIM5055.jpg

おかげさまで、一皮むけたように痛みが軽くなり、少し元気が出て来たのでVサイン。身体がボロボロで悲鳴をあげていると、きつい説教を受けたのである・・・・。わが身の歳のことも考えて少しは気をつけねばと反省をした。潤子さん、大きな体の僕を1時間もマッサージしていただき、心からありがとうございました・・・。 合掌

SDIM5059.jpg

『時よ時よの風が吹く』の題字、章扉の書を揮毫した真由美さんの次女・優ちゃん。いま香川県内の高校で書道を教えている。優しく見守るおばさんにあたる潤子さんと祖母の民子さん。

SDIM5062.jpg
藤沢、寒川家族と高田夫妻で記念写真を撮る・・・・。
SDIM5066.jpg
マッサージをしてもらったので、近くの温泉へ行った。さらに楽になった気がした・・・・。
SDIM0025.jpg
27日の夜は、寒川家の前にあるため池の堤防で花火大会が行われていた・・・。
SDIM5067.jpg 28日の朝早くからみんなは、神社に奉納される念仏踊り撮影に出かけたが、僕は動けないので遠慮して一人で寝ていたのだ・・・。 
SDIM5071.jpg
昼は魚が新鮮で安くて旨いという地元の寿司屋へ。みそ汁は荒汁。これで1、200円。僕はとても食べきれなかった・・・。
SDIM5073.jpg

別れを惜しんで最後の記念写真を・・・。 いろいろと楽しい時をありがとう~!☆ 感謝~!☆

そして僕と高田夫妻は岡山の早島町へと向かった・・・・。

SDIM5076.jpg

ままかりの焼き酢漬け。

SDIM5083.jpg

瀬戸内の蝦蛄の天ぷら、地穴子の白焼きなど。

SDIM5078.jpg

今日の五点盛の刺身。真鯛、わらさ、など鮮度がよく美味だった・・・。

SDIM5090.jpg

高田夫妻と早島町役場に勤める妹尾明子さん。僕が3年間、早島町教育委員会の主催で行っていた写真コンテストの審査と講演会のスピーチをしていた時の担当だった。以来、早島に行くと必ず美味しい瀬戸内の肴が食べれる店を案内してくれるのだ・・・。ありがとうね~!☆

SDIM5084.jpg

 

SDIM5086.jpg

 

SDIM5089.jpg

 

SDIM5097.jpg

28日は紀美子さんの作品を四百数十点見させてもらい、中から40点ほどセレクトした。彼女もここ10年ほど毎年写真研究会「風」の合宿には沢山の作品を持って参加しているが、近年急激に実力をつけて伸びて来ている。努力を惜しまない姿勢としなやかな感性に期待している・・・。

SDIM5094.jpg

早島町は、岡山市と倉敷市に挟まれた小さな町。「早島の町を車で抜けるのに、ものの5分もかからない」と言われているほどだ。その早島にづーと暮らしている高田夫妻。もうずいぶんと前から岡山での僕の定宿にさせてもらっている。いつもお世話になります~!☆

SDIM0029.jpg

夫婦そろっての写真家。僕とヒマラヤをはじめ、チベット、中国・四川省、雲南省なども取材している。昭雄さんは、協同組合日本写真家ユニオン会員、僕が主宰する写真研究会「風」の同人である。

今年の暮れか、来春早々に水島財団からの出版が決まっている高田昭雄写真集『水島コンビナート50年』(仮題)の編集や写真構成のアドバイスを29日一日かけて行った。A4変形判、92ページの予定の写真集となるが、1点1点に歴史と記録性があり、どの写真もインパクトがある。高田昭雄作品の最高峰となると今から期待している・・・。

 

 

SDIM0004.jpg

宿泊していた日航ホテル高知旭ロイヤルの部屋から見た高知市内の夕暮れ。

SDIM0007.jpg

市内の商店街は、先日まで開かれていた「よさこい祭り」の余韻がまだ残っているのか、市民たちが鳴る子を持ってよさこい踊りをしている姿が見られた・・・・。

SDIM4921.jpg

8月25日の9時半から市内の高知新聞放送会館において第70回高知県展の写真部門の1次審査が始まった。応募者数515人、応募作品数1818点の中から入選内定の385点を選出した。

SDIM4913.jpg

ニュース番組のために、RKC高知放送のインタビュー取材や、高知新聞学芸部の取材を受けた。

SDIM5103.jpg

2016年8月26日付(真ん中)の高知新聞社会面に載った県展関連記事・・・・。

SDIM4926.jpg

朝から審査の最中、昼食などずーとサポートしてくれた高知新聞編集局 写真部長の反田浩昭さん。僕の友人でもある写真家の宮嶋茂樹君と日大芸術学部時代の同期だという。

SDIM4925.jpg

昼飯に高知特産の鰻をご馳走になった・・・。

SDIM0012.jpg

すべてが終了した後、土佐料理の店で、お疲れさま会を開いてくれた。反田写真部長と前写真部長で、6年前に僕が審査を担当したとき世話になり、現在は、編集局の運動部長をしている土居賢一さん(右)。

SDIM4936.jpg

宿泊していたホテル日航高知のレストランからの26日の高知市内の朝。

SDIM4939.jpg

 

前に2度ほど小松神社の参拝を試みたが、どうしても場所が特定出来なかった。半ば諦めていたが、3度目の正直と思い古くからの土佐の友人たちに相談してみるとそのうちの1人が20数年前に1度撮影のため訪ねたことがあると言う。記憶では確か徳島と高知の県境、剣山麓にある物部村の奥深い谷合だという。

物部村役場前に一軒だけあった小さな食堂で遅い昼食を取っていると、たまたま隣り合わせになった女性2人も今から小松神社へ行きたいと思っているよければ同行させてほしいというではないか。その姉妹の姉は以前に1度参拝を試みたが余りの山中奥深いので諦めて引き返して来たという。今回は埼玉県和光市(僕の家の近く)へ嫁に行った妹と東京新宿に暮らしている自分とで山を登れるよう所沢ナンバーの小型車に乗ってはるばる来たのだ。2人は嫁に嫁ぐ前は小松姓だったとのこと。(写真右の2人)不思議な縁に驚く・・・・。

SDIM4941.jpg

 

SDIM4945.jpg

45度ぐらいある梯子段のような階段もふくめ、約400段の急な階段を下った谷底に目指す小松神社は鎮座していた・・・・。20年前には階段はなかったという。

SDIM4947.jpg

途中は樹齢何百年はあろうかという大樹があった・・・・。

SDIM4952.jpg

 

SDIM4955.jpg

友人によれば、昔は小さな祠みたいなものだったという。現在は、りっぱな社が建てられていた。

SDIM4960.jpg

 

SDIM4961.jpg

以前は12月1日、2年前からは11月23日となったが、全国から小松姓を名乗る氏子たちが一堂に集まるという。

SDIM4965.jpg

 

SDIM4968.jpg

 

SDIM4962.jpg

友人いわく土佐に残る古文書によれば、小松氏は源平の戦いによって屋島や壇ノ浦で決定的な敗北を期した平家の人々を集め統率して逃げ延び、高知県安芸へたどり着いた。その後、四国山地の剣山麓に長い間身を隠して暮らしたのだという。そして気の遠くなるような歳月を経て、子孫たちが高知全県、四国、そして全国へと拡散していったのだという。ちなみに現在の安芸市長は小松姓だ。

僕の苗字の小松とどんな係わりがあるかは定かではないが、ずーと遡っていけばきっとどこかではつながることであろう。僕のご先祖様は越後長岡の出身だ。機会があれば、土佐に残る古文書に記してあるのも見たいし、長岡における小松姓も調査・研究をしてみたいと思っている・・・。

SDIM4979.jpg
高知県香美市香北町猪野々の吉井勇記念館前に建つ吉井勇歌碑。「寂しければ 御在所山の山櫻 咲く日もいとど 待たれぬるかな」1957(昭和32)年建立。
SDIM4983.jpg

SDIM4981.jpg

SDIM4995.jpg

SDIM4993.jpg

SDIM5006.jpg

僕は、石川啄木、北原白秋、若山牧水、与謝野鉄幹・晶子など多くの文人との交友が深かった吉井勇が好きだ。その吉井が土佐のそれも山深い猪野々の地で3年間暮らし、さらに高知市内で約1年間暮らしたことは正直驚きだった。今回どうしてもその地を訪ねたいと友人たちにお願いして連れて行ってもらった。偶然にも小松神社から車で40分もかからない所であった・・・。今度、高知での吉井勇のゆかりの地を取材しようと思ったのである。

SDIM5007.jpg

SDIM5018.jpg
僕が土佐を離れる晩に、古い高知の友人たちが、ささやかなお別れ会を開いてくれた。四万十川の川エビ、特に旨かったのは鰹の子どもである新子(上の写真)。これは土佐ならではの肴だった。
SDIM4903.jpg

 

僕が土佐に行けば必ず寄る店がいくつかある。その一つ「ときわ」。路地裏にあり、昔ながらの雰囲気を漂わせている店だ。大将も女将さんとも気があう友達だ。写真にはないがもう一軒は、「CAFE BAR STAR LIGHT」。オーナーバーテンダーの那奈さんは、僕が定宿にしていた日航ホテル高知の最上階のバーの責任者をしていた。この店オープン以来の7年間の付き合いだ・・・・。

 

SDIM4275.jpg

前橋は”みどりと水のまち”をキャッチフレーズにしている。本当に緑が多い街だ・・・。

SDIM4276.jpg

萩原朔太郎記念 前橋文学館全景。

SDIM4279.jpg

文学館の目の前を流れる広瀬川・・・。朔太郎がこよなく愛した川だ。

SDIM4284.jpg

メゾソプラノの山本掌さんとピアノの中島章恵さんの2人による「萩原朔太郎をうたう」。

SDIM4289.jpg

掌さんは、二期会会員、萩原朔太郎研究会会員、「海程」同人など。フランス、イタリアなどオペラや歌曲を学ぶ。中島さんは、武蔵野音大卒。ベルギーのブリュッセル王立音楽院大学院卒。ソルフェージュで最優秀賞受賞など。現在、高崎演奏家協会会員。 掌さんは朔太郎の詩の朗読もした。

SDIM4301.jpg

「印象 Impression  Ⅱ」と名付けられたプログラムは1部、2部とに構成されていた。1部では、朔太郎の代表的な詩集『月に吠える』、『定本 青猫』からの5つの詩を歌った。2部は、ピアノ独奏 ソナチネをはじめ、朔太郎をめぐってと称し、三好達治、山村暮鳥の3の詩を歌った・・・・。

SDIM4302.jpg

 

SDIM4303.jpg

会場入り口には朔太郎に関連した資料、書籍などが展示されていた。

SDIM4309.jpg

ソナチネについて解説をする中島章恵さん。

SDIM4316.jpg

 

SDIM4322.jpg

 

SDIM4327.jpg

 

SDIM4332.jpg

2部「朔太郎をめぐって」が終わった・・・・。

SDIM4338.jpg
アンコール曲を歌う掌さん。
SDIM4340.jpg

SDIM4342.jpg

SDIM4346.jpg
最後は会場のみんなで一緒に江間章子さん作詞の「夏の思い出」を合掌した・・・。
SDIM4349.jpg

SDIM4350.jpg
参加者を見送る掌さんと中島さん・・・・。お疲れ様でした~!☆
SDIM4353.jpg
(全撮影:シグマDP1)
  
右からこの春、「朔太郎を巡って」の写真展をこの文学館で開催した(協)日本写真家ユニオン理事の天川ひろしさん。ピアニストの中島さん、僕がこの8年ほど追い続けて来た上州の探検家・矢島保冶郎の娘さんの矢島仲子さん、声楽家であり俳人の山本掌さん。そして僕。

僕は掌さんとは俳句仲間でもある。彼女は俳人・金子兜太さんの門弟。句集もすでに3冊出しているベテランだ。彼女が発行している「月球儀」最新の6月号に、僕が「見果てぬ夢よ、風よ、雲よー探検家 矢島保冶郎」を巻頭カラーグラビア16ページ、本文8ページで掲載している。
手書きの俳句も2句・・・。

秋桜砂塵の村の昼深し  風写    涅槃西風人差し指を切りにけり  風写

SDIM4362.jpg
88歳の誕生日を迎えた母。花が大好きな母のために抱えきれないほどの花の鉢植えをプレゼントした。お花屋さんを廻ったが今の季節、観葉植物が多いようだ・・・・。
SDIM4358.jpg
離れて暮らす親不孝者の僕は、故郷を出てすでに45年の歳月が流れた・・・・。
SDIM4360.jpg
末弟の小松勝三。今月から母が入居したナーシングホームは、勝三の住む場所から目と鼻の先。よく面倒をみてくれるのでありがたい・・・・。
SDIM4363.jpg

SDIM4365.jpg
勝三・美香夫婦が暮らす家から見る榛名山・・・・。
SDIM4373.jpg
翌日も母の所を訪ねた・・・・。
SDIM4372.jpg
勝三の嫁の美香。母のことをいつも気遣ってくれる・・・・。 感謝~!☆
SDIM4377.jpg
母の部屋から望む赤城山の全景・・・・。
SDIM4381.jpg
JR渋川駅から水上駅までの間を走るSL列車みなかみ号。
SDIM4382.jpg

SDIM4388.jpg
僕が帰京する時に、ちょうど出発の準備をしているところだった・・・。
SDIM4391.jpg
群馬から戻った足で、銀座のジャンセン美術館と併設してある銀座アートスペースへ出かけた。この日は、友人の画家である美崎太洋さんの第22回目の個展の初日。夕方からオープニングパーティが開かれることになっていた。参加者と太洋・陽子夫妻を囲んでの記念写真をパチリ~!☆
SDIM4393.jpg

会場入り口の看板を前に。僕の右が太洋さん、左が陽子夫人。その隣は琉球舞踊家の佐野七夕子ちゃんで~す・・・・。毎年参加していた二次会へは、今回は疲れもあったので失礼した。

 

SDIM4089.jpg

 

SDIM4080.jpg

 

SDIM4073.jpg

 

SDIM4094.jpg

 

1年ぶりぐらいになるだろうか。久しぶりに劇団「ひの」公演に出かけた。梅雨の晴れ間で、真夏日の日曜日の午後である。会場は日野市の高幡不動尊の近くだった。この日の公演は、「オズの魔法使い」。いまから100年程前にライマン・フランク・ボームによって書かれたユーモアあふれるファンタジー世界の物語だ・・・。

脚色・演出:佐藤利勝 舞台監督:川上剛 作曲:関野武志、小鍛冶さおり 振付・ダンス指導:高橋弘子など多くのスタッフによる手作り。

高校生、中学生が各2人、小学生1人から60代までの総勢20人が舞台で繰り広げる演技、歌、踊りは、地域に根ざしたアマチュア劇団らしい素朴で、爽やかな芝居そのものであった。観席からも笑いあり、涙あり、大きな拍手ありで、出演者と一体となっていた2時間余りの舞台だった・・・。

 

SDIM4109.jpg

 

SDIM4103.jpg

 

SDIM4111.jpg

 

3回の公演が無事に終わって、出演者全員が観客を見送っていた・・・。この劇団は「日野にルネッサンスを!!」を合言葉に1973年創立の地域アマチュア劇団。すでに43年の歴史を持ち、市民たちの協力によって作られた専用稽古場も維持管理している。

「日野のまちを愛し、このまちの人たちとともに生きて、文化の花咲くまちを夢見て活動をしています。」と高らかに宣言をしている劇団「ひの」を、僕もささやかながらサポートしていきたいと思っている・・・・。 がんばれ~!☆ 劇団「ひの」~!☆!☆

 

SDIM4114.jpg

坂東三大不動のひとつである高幡不動尊金剛寺。平安時代初期の創建とされる古刹。幕末に活躍した新選組副長・土方歳三の菩提寺としても知られている・・・。

SDIM4124.jpg

芝居の会場から歩いてすぐだったので参詣した。色とりどりの紫陽花が境内に咲き競っていた。僕が訪れるのは20年ぶりぐらいであった。境内の一隅に知人の俳人・鍵和田釉子さんの句碑がひっそりと建っていた。「未来図は直線多し早稲の花」と刻んであった。彼女の処女句集の代表作である。

SDIM4138.jpg

京王線・高幡不動前駅の裏手にあった鹿児島料理「赤鶏農園」という店に入って喉を潤す一杯。赤鶏のももとむねのタタキときびなごを肴に、何故か芋焼酎でなく、沖縄・宮古島の泡盛「菊の露」で・・・。暑い日のロックは、泡盛が旨いさあ~。

SDIM4152.jpg

 

NPO法人 チベット初等教育・建設基金会主催の中村保講演会のチラシと中村保著で日本山岳会創立110年記念出版『ヒマラヤの東 山岳地図帳』(ナカニシヤ出版/定価10.000円+税)

◆540点の写真(カラー)、84葉の大小の地図、英語、中国語、日本語でかかれた膨大な資料・解説。総ページ:334ページのA4版大型上製本。僕は「貴重な内容からしても定価が安過ぎませんか。3万、5万円の価値があるし、みなさん買うでしょう」と中村さんに問うた。中村さんはニコニコしながら「僕もそう思うよ。多くの人たちの無償の協力があったからこそ、刊行できたのさ。ありがたいと思っている・・・」と静かに語った。海外の友人たちにすでに300冊送たという。

 

SDIM4141.jpg

 

写真と地図をスライド上映しながら、1時間30分立ちっぱなしで講演をした中村さん。御年82歳とは思えない若さだ。彼のプロフィールは輝かしいことばかりを羅列しなければならないが、ここでは、ごく一部を紹介しておく。現在、国際山岳連盟UIAA、アルパインクラブ(英国山岳会)、アメリカ山岳会、ニュージーランド山岳会、ヒマラヤンクラブ、ポーランド山岳会、日本山岳会の7つの山岳会、協会・連盟の名誉会員。英国王立地理学協会フェロー。横断山脈研究会会長。

 

SDIM4144.jpg

 

SDIM4145.jpg

山岳写真家の渡辺千昭さん(右)と語る中村保さん。

SDIM4149.jpg

 

講演会に参加した有志とNPO法人チベット初等教育・建設基金会のメンバーたちとで、中村保んさんを囲んで打ち上げ会をした・・・・。僕の隣は中村さん、上は同基金会の理事長で、探検家・写真家・植物研究家の烏里烏沙君。烏里くんは今日の早朝、中国・四川省のチベット国境地帯へ高山植物の取材に出発した。帰国予定は来月半ば。15日間の取材だ。つい6日前に帰国したばかりなのに・・・・。 気をつけて行ってらしゃいね~!☆ 合掌

 

このウェブサイトの写真作品、文章などの著作権は小松健一に帰属します。無断使用は一切禁止します。