写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

[no.961] 2016年10月12日  歌人・吉井勇の”百八の煩悩”を薄れさせた土佐の自然と人々の温もりある心・・・。この地で暮らした4年余りは、勇にとって「人生再生の日々」であった。そのゆかりの地を巡る・・・。

僕のライワークのひとつに「日本文学風土記」がある。このシリーズに取り組んでからすでに40年以上の歳月が流れている。全国47都道府県すべてを近現代の日本文学を切り口にして、日本の風土、文化、人々の暮らしなどを写真によって、記録・表現しようというアプローチである。

高知も何度か取材をしているが、今まで歌人・吉井勇については取材をしたことがなかった。勇は1931(昭和6)年5月に初めて土佐の地を踏んだ。46歳の時だ。その後、昭和8年8月に再び訪れ、のちに3年4か月余り暮らすことになる在所村猪野々集落(現香美市香北町猪野々)を訪れ、約1か月間滞在している。

昭和12年10月、高知市築屋敷に居を移し、再婚してここで約1年間の生活を送った。勇、52歳のときである。僕は吉井勇が土佐で過ごした4年余りの日々は、自然のなかで己を見つめた「人生再生の日々」として勇のそれから生き方にとっても、文学活動にとっても大きな転機となった重要な時期だったと思っている・・・。

 

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今年8月に高知に来た時には、勇が「渓鬼荘」と名付け、3年余り暮らした庵の残る在所村猪野々を訪ねた。そこには昭和32年に建立された「寂しければ御在所山の山桜咲く日もいとど待たれぬるかな」の歌碑と吉井勇記念館があった・・・。

今回は、高知市内に残る勇のゆかりの地を巡ることとした。最初に訪ねたのは1956(昭和31)年、高知県内には10基ある勇の歌碑のなかでも、一番早く建立された筆山にある歌碑だ。写真は、筆山中腹から見た鏡川と勇が新婚生活を送った築屋敷方面。

 

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筆山山頂にある「つるぎたち土佐に来たりぬふるさとをはじめてここに見たるここちに」の吉井勇歌碑(昭和31年11月23日建立)。

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鏡川の川面にまるで筆の先ように映ることから筆山と名付けられたという。

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伊野部淳吉邸がある高知市上町4丁目は、いまでも流れる川の上にテントを張って毎週火曜日に市が行なわれている。

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「瀧嵐子つと入り来たりものを伝ふその門口のうつ木おもほゆ」吉井勇歌碑(伊野部淳吉氏邸の庭に昭和59年に建立)。碑の裏面にも「打たるるもよしや玉手に抱かるる君が鼓とならましものを」の歌が刻まれている。
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「友いまだ生きてかあらむここちして土佐路恋しく吾は来にけり」と勇と入魂にしていた伊野部恒吉を追憶した歌を刻んだ歌碑が、上町5丁目の伊野部哲也邸の庭にある。現当主の哲也氏は恒吉の孫にあたる。高知県歯科医師会の常務理事という忙しい身でありながらも丁寧に案内していただいた。
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吉井勇が千葉県人の国松喜三郎の長女・孝子と昭和12年10月から翌年10月に京都へ移るまでの1年間暮らした高知市築屋敷(現上町)。伊野部哲也氏によれば、ちようどこの辺りに住居があったという。目の前は鏡川が流れていた・・・。勇は爵位を返上し、伯爵柳原義光の娘・徳子と離婚してまでして、南国土佐に流れ着いている。歌人・吉井勇の胸には幾ばくかの思いが去来していたのだろうか・・・・。

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もう6~7年程前になるだろうか。写真月刊誌「フォトコン」で紙上「小松健一の写真道場」という企画を3年間やったことがある。その中の一人の弟子だった出川雅庸さん(左前)たちが中心となって運営している玉野市文化祭「市民公募・写真展」に行ってみた。
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写真研究会「風」同人の高田昭雄さんが40数年間務めた玉野市にある三井造船を見る。
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宇野港。右手側に三井造船の全容が見える。高田さんにとっては青春時代そのものの、思い出が詰まっている土地だ。うの温泉に浸かって長旅の疲れを癒した・・・。
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土佐・桂浜。ここは坂本龍馬の銅像で有名だが、吉井勇も幾度か遊んでいて歌を詠んでいる。僕が訪れた日は波が高く「絶対に浜には近づかないでください~!」としつこくアナウンスが流れていた。
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龍馬像のすぐ左脇に建っていた吉井勇歌碑。「大土佐の海を見むとてうつらうつら桂の浜にわれは来にけり」(昭和32年建立)。
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坂本龍馬像。裏の台座には次のような碑文が刻まれていた。「 時 昭和参年三月  建設者 高知縣青年 」ムム・・・。面白い~!☆
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明日から龍馬の目線で太平洋の景色が見れるとかなんやらで、銅像のすぐ右わきに大きな櫓が建設されていた。せっかくの桂浜の景観を壊す!!・・・。 でも龍馬と記念写真。高知写真界の重鎮・恒石晃志さん、和田徳恵さんと岡山の写真家・高田紀美子さんと・・・・。
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香美市土佐山田町逆川の山中にある龍河洞。ここへも吉井勇は来ている。僕が着いたのはすでに午後5時を回っていて入場はできなかった。山々に浮かぶ雲が夕日に色づき始めたので写真を撮っていると、従業員の女性が「もしかしたら県展の写真の審査の先生ですか?私、今回入選したのです。ありがとうございました~」と声をかけてきた。それで勇の歌碑のある場所や資料をもらえたのだ。ラッキーだったのである( ^ω^)・・・。

「絶え間なく石したたりてある程に百千劫いつか経にけむ」(龍河洞出口に建つ勇歌碑。昭和32年12月15日建立)

 

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