写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

2015年8月アーカイブ

 

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新潮社の金川功編集委員。長い付き合いだが前回の仕事は、2009年に同社から刊行した『太宰治と旅する津軽』(とんぼの本)。2人で厳寒の、そして早春の津軽半島を旅したことは生涯忘れられないだろう・・・・・・。今回も担当してくれて、心から感謝している。  合掌
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『心に残る「三国志」の言葉』(新潮社刊/定価1500円+税)発売!☆  帯の表面には「英雄たちの生き様を追って中国大陸6万7千キロを四半世紀の歳月を費やして踏破!」 、「『三国志演義』の原典から四十の名場面を選び生死を分ける局面で英雄たちが残した心震える名言と、現地の写真、解説、旅紀行で綴る壮大な歴史ロマン」と書かれている。帯裏面には、僕が書いた「はじめに」からの一節を紹介している・・・。

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この本の担当、金川功編集委員が24日、見本を自宅まで届けてくれた。2人でささやかな祝いの一席をと僕がよく行く居酒屋「三福」へ。彼は飲まないのでノンアルコールで、僕は生ビールで乾杯した。本来は4月発売の予定で色校まで出ていたのだが、ちょつとした手違いがあり、僕が新たに3万字ほど原稿を書き直したという経緯があった。その時期は、新宿・リコーイメージングスクエアでの個展、前橋・ノイエス朝日での個展と続いており、過労のためか5月には2度も緊急入院した。

そして6月には、並木すみ江写真集『逢いたくて、愛されたくて・・・・』の編集・発行、続いて写真展、出版記念パーティがあった。そして大仕事だった『決定版 広島原爆写真集』、『決定版 長崎原爆写真展』の8月2冊同時発行の編者。三日間で2500人が詰めかけた「原爆投下70年ー広島・長崎写真展」。この写真展開催、写真集刊行にまつわるテレビ、新聞、雑誌等の取材対応・・・・・。

そしてようやく待ちに待った『心に残る「三国志」の言葉』の刊行・・・・・・。振り返ってみると相当ハードな半年だったなあ~・・・・・。これで一段落付くと思っていたら、急死した丹野章さんの2つの個展と写真集発行、偲びお別れをする会の開催・・・・。後は、9月15日にオープンする「art space Leaf」の運営と僕のオリジナルプリント展の開催。11月の中国・四川省成都市での写真展開催とそれに関連したツアーがある・・・・・・。

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しばらくぶりに一滴会(しずくかい)の新橋句会に参加した。毎月開いているが今年はまだ2回しか参加できていない。この日は選者は中原道夫さん。「高校俳句甲子園」の審査員として四国松山から戻ったばかりだといっていた。選者の他に、岡井輝生代表をはじめ16人が参加した。
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句会に僕が出句したのは次の3句。 重い重い写真をまへに原爆忌(3点) 伯父の遺影軍服のまま夏巡る (中原入選・3点) 人去りて臥待の月待たれへん (中原入選・4点) 以上で今回も特選句は無し。
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句会終了後は、有志で中原道夫さんを囲んで懇親会。右手前が中原先生。僕の隣が事務局長の内田露光さん。
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2次会は5人となつた。僕の隣は板見浩助同人、中原先生、片桐うらら同人、露光事務局長。新橋駅前の四川・広東料理の看板にひかれて入った中国人が経営している居酒屋。
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ちょつとうれしそうな中原道夫先生~!☆
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もう一軒。という事になり露光、浩助同人は帰り、3次会から地元の柳沼宝海同人が参加。宝海さん常連の店へ。この店も中国人の経営で、女性たちもみな中国人だった。日本に来てまだ半年もたっていないという子だったが流暢な日本語をしゃべっていた。右が宝海さん。
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相変わらずの美声で唄う中原さん。最初から最後まで、うららさんと僕は付き合ったのだ・・・・・・。たまの参加だから致し方ないね・・・・・・。
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この「楽楽」という店のママさん。もうほとんど日本人と思えるような達者な日本語をあやっていた。僕の『心に残る「三国志」の言葉』を見て驚き、お店にすぐにチラシを貼ってくれた・・・・・・。
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翌26日は、川越高校1年生の職業インタビューを受けることになっていた。実は今度一緒に「アート・スペース・リーフ」をやる力竹英紀君の娘さんの千晶ちゃん。先日、ばったり「三福」で会ってその時に、夏休みの高校の課題としてさまざまな職業の人にインタビューをすることになったので、僕にお願いしたいと言われたのである。彼女は将来、芸術系方面に進みたいという夢を持っているので、写真家の僕に興味を持ったのだという。この日、資料の返却に来た勉誠出版の岡田林太郎社長と一緒に・・・・・・。

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校長名が入ったきちんとした依頼書に8項目にわたっての質問が記入されていた。例えば「⑧写真を撮るために色々な国を回って衝撃を受けたことや感動したことはありますか」などである。約1時間30分のインタビューを終えて僕と記念写真を撮った・・・・・。 撮影は岡田社長。
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夕食をいつもの「三福」で取ろうと行ったら、彼女の父親である力竹君(左端)もすぐに合流してきた・・・・・。
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もう一軒行こうと近所の立ち飲み屋「みのる」へ。もちろん千晶ちゃんは、ジュースかウーロン茶。「みのる」の女将の照ちゃん(左から2人目)も一緒に・・・・・・。
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27日、28日の2日間は、六本木・禅フォトギャラリーと晴海の丹野章さんの事務所へ通った。27日は、丹野章「昭和馬曲団」写真展に展示する作品確認、9月19日15:00~のトークイベント「丹野章の作画精神をめぐって」の打ち合わせをギャラリー側とゲストである執筆家・小出彩子さんと打ち合わせをした。そして丹野さん事務所に作品の整理に行く。8時半過ぎまでおこない帰宅した。丹野さんの事務所は晴海にあるので回りは運河が多く綺麗だ・・・・・・。(左手前から2つ目のビルに事務所はある)

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28日も午後1時から丹野章さんの事務所へ。家族全員に集まってもらい、写真展、写真集、偲ぶ会などについての報告や確認をした。その足で六本木・禅フォトギャラリーへ。丹野章写真集「昭和馬曲団」の最終色校のチェツク、ポストカードの制作についてなど岡村印刷、デザイナーの宗利淳一さん、ギャラリースタッフのアマンダさんたちと話し合った。
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左から岡村印刷のスタッフ、正面がデザイナーの宗利淳一さん、ギャラリーのアマンダさん、そして僕。
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ちょうど作品展示中の浜口タカシさんが見えられて、2冊の原爆写真集を興味深く見つめていた。そして『決定版 長崎原爆写真集』を買い求めてくれた。テーブル右が今度発行される『丹野章写真集 昭和馬曲団』。不思議な縁ではあるが、この原爆写真集も丹野さんの写真集もデザインは宗利さんだ。何かの縁だからとポストカードもお願いしたらすぐに協力しましょうと言ってくれた。感謝~!!  合掌

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昨年、銀座キャノンギャラリーで開催した丹野章写真展「地底のヒーローたち」のオープニングパーティ以来の浜口タカシさん。自分の作品「三里塚」の前で。50数年前にポジフィルムで撮ったものが眠っていて今回初めて日の目を見たのだという。
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左から禅フォトギャラリーのアマンダさん、オーナーのイギリス人のマークさん、写真家・浜口タカシさん、そして僕です~!☆
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六本木から池袋へ。30日まで開催している「第30回 日本の海洋画展」(主催:一般財団法人全日本海員福祉センター/後援:国土交通省・豊島区)に行く。「現代日本画壇の海洋画を一堂に集めて」をキャッチフレーズに30年間続けてきた功績は大きい。非常に見ごたえがあった。受付スタッフの記念写真・・・・・・。(東京芸術劇場5F展示ギャラリーで)
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池袋「みやらび」は、いつになくお客は若者ばかりであった・・・・・。
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全日本海員福祉センターの職員の飯田さん。彼女は海洋画展と「マリナーズ・アイ展」の事務局担当。この日丹野さんとも長年お付き合いをしていたこともあるので、彼が好きだった琉球料理の店「みやらび」へ誘った。ささやかな献杯を上げ、丹野さんを偲ぶことが目的である・・・・・・・。
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雨の家路。 2015年8月29日・・・・・・。

残暑はまだあるものの朝夕はすっかりと新涼が感じられる季節となった。22日午後1時から、写真研究会「風」の例会が都内で開かれた。この日は9月に個展を控えている塩崎亨同人が新作を持って参加する事になっていたが、急な仕事が入り欠席となったために、鈴木渉、平元盛親同人の2人だけの参加だった。しかし、たっぷりと時間があったためにそれぞれじっくりと作品が見れた。作品だけの参加は並木すみ江同人。

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2016年2月に、新宿御苑前のアイデムギャラリーシリウスで個展が決まっている名古屋の平元君(右)は、新たなモチーフを撮り始めたと2つの作品をそれぞれ7~80点づつ持ってきた。現在、0時過ぎまで仕事をして、毎朝4時から6時頃まで撮影をしているという。すごい熱意だ。個展用のプリント用紙も決めた・・・・・・。
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「風通信」編集長の鈴木渉さん(右)は、新しく西新宿にオープンするオリンパスギャラリーで、来年3月に個展が決まった。その作品構成のために約200点ばかり持ってきた。その中からテーマにあったものに絞り込み48点にしたが、まだ開催までに時間があるので、福島への取材は毎月行くと決意を語っていた・・・・・・。
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並木すみ江さんは、参加はできないが作品を見て欲しいと2テーマ、合計150点ばかりの作品を僕の家に送って来た。この日は他に丹野章さんの写真集のゲラなどもあり、僕のリュックの重量は20キロを超えていた。残暑厳しい昼下がり、埼玉から、はるか都内の会場まで行くのに一苦労だった・・・・・・。
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作者はいないが厳しく見つめるメンバー。3分の1ほどに篩い分けて、良い作品をセレクトした。
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たっぷりと合評をした後は、いつもの居酒屋「味留」へ。最近よくこの店はテレビに紹介されているが、あんまり出過ぎると常連たちがこれなくなってしまうので、ほどほどに・・・・・・。
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隣の席のお客さんと親しくなった。30年ぶりに来たと言う。ご主人は平元君より一学年下ということがわかり、泡盛、黒糖酒などで乾杯をしてさらに盛り上がった・・・・・・。
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「味留」の人気女将(左端)も入って記念写真・・・・・・。とにかく元気がいい。この日は沖縄のテンプラをサービスしてくれた。気前もいいのだ。
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「アート・スペースLerf」のオープンに向けてスポットライトなどの電気工事や展示用の器具の取り付けなどの下見や器具の選定、注文などがはじまった。電気関係は、写真集団・上福岡の田中会長、松村会員が電気関連の会社をやっていたので全面的にお世話になることにした。感謝~!! リニューアルオープンのDMを持って力竹君の同級生、南大門・店主ルセ夫婦をりえちゃんと力竹君とで訪ねた・・・・・・。

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いつもお世話になっている地元の山本建設社長夫妻(中央)。今回も壁紙の張り替えで、お世話になる予定だ。左から居酒屋「三福」大将、博くん、若大将のマー君、奥様の小津枝ちゃんでした。もちろん三福も店内のあちこちに「アート・スペースLeaf」のDMを貼ってくれている・・・・・。この日、「三福」で、田中会長と松村さんと大田さんとで現場の下見が終わった後、3人で夕食を食べた・・・・。

 

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英雄たちの生き様を追って 中国大陸六万七千キロを四半世紀の歳月を費やして踏破!  「三国志演義」の原典から四十の名場面を選び 生死を分ける局面で勇士たちが遺した心震える名言と現地の写真、解説、旅紀行で綴る壮大な歴史ロマン・・・・・。 (新潮社のリリースより)
★新書版 192ページ 写真75点収録 定価1500円+税
★今月下旬には、一斉に全国の書店にならびますので、ぜひ手にとってご覧下さい。  僕の思いが詰まっています・・・・・・。 合掌

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(デザイン:塩崎 亨)
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この展示・表現スペースは、「芸術と出逢えるヘアサロン」を基本コンセプトにしている”Leaf Beauty&Mind”の中にオープンした多目的ギャラリーです。

草の根の文化発展に寄与し、さまざまな芸術家、表現者のサポートをすることを目的としています。

プロデュースをする写真家・小松健一、美容室Leafのオーナー・力竹英紀、ヘアメイクアップアーティスト&フォトグラファー・眞月美雨の3人が力を合わせて運営していく新しい”芸術空間”です。

写真、絵画、書、陶芸、木工、染織、七宝など・・・・・・・・。あなたの作品を気軽に展示・発表し、販売してみませんか。 新たな人生へのチャレンジを[art space Leaf](アートスペース リーフ)は、応援します~!☆

☆art space Leaf - Produced by Kenichi Komatsu◎ヘアメイク アトリエ.眞月美雨☆ オープニングレセプション&内覧会(ご招待)

*9月15日(火) 16:00~19:30 *美容室Leaf (埼玉県志木市本町15-25-9 2F TEL:048-487-7577) *アクセス 東武東上線 志木駅東口徒歩1分(メトロ有楽町線・新副都心線乗り入れ)

☆art space Leaf オープン記念展☆

9月16日~9月28日     小松健一オリジナルプリント展ー上州・東京・沖縄・チリ・ヒマラヤ

9月30日~10月5日     塩崎亨写真展「The days of the dance」

10月7日~10月12日    美崎太洋絵画展

10月14日~10月26日   丹野章オリジナルプリント展「世界のバレエ」

★アートスペースLeaf  (壁面10m 575cmX260cm)を使用する方、募集中~!!

*詳しいお問い合わせ:048-456-7302(ぶどうぱん社 小松まで)

 

◎立秋は過ぎましたが、まだまだ残暑厳しい日が続いています。くれぐれもご自愛くださいませ。 合掌

☆埼玉・Oさん  青森のにんにく1キロ    ありがとうございました。    日本お布施党  党首

9月16日に東京・アルカディア市ヶ谷で執り行なわれる「丹野章さんを偲び・お別れをする会」の案内状、返信はがき、封筒などの印刷、宛名書きを終え、発送にようやくメドがたった8月15日の午後、87歳の母が待つ上州へ帰省するために自宅を出た・・・・・・。

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僕はのんびり車窓からの風景を眺めながら、カンチュウ杯に駅弁を肴にしてボーと各駅停車で帰るのが好きだ・・・・・・・。高崎線で高崎まで来て、上越線に乗り換えると一気に風景が変わる。左側の車窓に広がるのは、上毛三山のひとつ榛名山(1449メートル)だ・・・・・・。
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右側の車窓に広がるのは名峰・赤城山(1828メートル)。
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榛名山上空には、フォトジェニックな暗雲が広がっていた・・・・・・。
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裾野が広い赤城山の上空には夕日を浴びた入道雲が立ち上がっていた・・・・・・。
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僕のパナマ帽と9月15日(火)16;00~19:30まで、オープニングレセプション&内覧会をする「art space Leaf-produced by kenichi komatsu」のDM。出来立てのホヤホヤ・・・・・・。
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渋川から吾妻線に入ると赤城山は後方に見えるようになる・・・・・・。
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渋川駅から吾妻線に入ると両側の山々が間近くなる。吾妻は谷間に広がる地域である。正面の山の向こうは上越国境の山々だ。
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吾妻線は単線のため上下線がすれ違うために駅で待ち時間が長くなる。上りの列車には夏休み疲れがでたのだろうか、寝ている乗客が多かった・・・・・・。
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母が白髪が目立つので、髪を染めて欲しいと盛んに言うので、しかたなく僕が人生初挑戦の白髪染めをしてみた・・・・・・・。
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満遍なく薬を塗ったあとサランラップを髪に巻いて30分ほど待った・・・・・・。その間に記念写真を三男の弟・小松勝三が撮影した。
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お湯でよく落とした後、シャンプーで2度洗いしてサッパリ。上手く染まってご機嫌なおふくろ。87歳は7月20日に迎えた・・・・・・・。
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弟の勝三と、親父や祖父母たちが眠る小松家の墓へお参りに行く・・・・・・。墓の前から見る風景。一面に、上州名産のこんにゃく畑が広がっている。
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小松家の墓。母が父親が亡くなった時に、東京の多磨墓地ではいつでもお参りに行けないと、実家の近くに建てたのである・・・・・・。
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「吾妻清流俱楽部」恒例の収穫納涼祭。5月の山菜や鮎など中心とした春の収穫祭と暮の忘年会とがあるが、僕も一応、”賛助会員”にしてもらっているので時々参加している・・・・・・。一人僕より2歳年上の先輩がいるが、後は年下の後輩の仲間たちばかりだ・・・・・・。
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それぞれが自宅で作っている野菜を持ち寄った。銀紙に包んであるのは自家製の味噌。とうもろこし、ししとう、ピーマン、ナス、きゅうり、トマト・・・・・・・。どれもが昔の懐かしい味がして美味かった。
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メンバー釣り上げた岩魚と山女を燻製にして持ってきた。これがメッチャ美味だ・・・。土産に5匹もらってきた。
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会員の一人が新潟県まで行って釣ってきたばかりの鮎を開いて炭火で焼くとこれまた美味い・・・・・・。
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僕は岩魚よりも、やはり”清流の女王”と言われる山女が好きだ。味の風味が一味違うし、僕らが子どもの頃から近所の川で親しんできたのは、山女だということもあるだろう・・・・・・。サイズが食べ頃の山女の燻製を持って喜ぶ僕でした・・・・・・。
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とうもろこしの美味さを再認識した・・・・・・。
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地元のホルモン、タン、牛肉なども美味かったよ~!
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生ビールを前にして、参加者で記念写真・・・・・・・。
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弟・勝三の会社の社員、武田君の娘・優芽ちゃんと・・・・・・。
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中央が2代目・現会長の加藤君。後列左端が初代会長の富沢さん。後列右から2人目が来期から3代目会長となる予定の高山君(この日発表された)。前列右端が弟の小松勝三です・・・・・・・。
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会場前の集落の風景・・・・・・。
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夏野に花が咲いていた・・・・・・。
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会場後ろの杉林と空・・・・・・・。
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帰京する17日は朝から雨だった。吾妻線の列車の車窓から撮った・・・・・・。

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僕の座席の前が小さな子ども連れの若い2人の母親。窓側の子どもがうれしそうに流れる風景を見ていたのでパシャリとやった・・・・・・。
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僕のふるさと・吾妻を貫流する吾妻川は、雨だった・・・・・・。

 

 

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「図書新聞」(2015.8.15付)1面から2面を使っての編者である僕と新藤健一さんの大特集対談記事である・・・・・・。(記事中のプロフィール写真の撮影は眞月美雨さん)
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しんぶん赤旗(2015.8.9付)読書欄のページに5段の記事で「歴史の証し次世代に引き継ぐ」の見出しで僕の書いた文章を紹介している。
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8月11日、公益社団法人日本写真家協会の事務局へ行った。熊切圭介会長と9月16日に開かれる名誉会員である丹野章さんの偲ぶ会の打ち合わせをした。2時間近く当日のプログラムや案内状の文章などについて細かく話し合った。熊切会長は発起人のひとりでもあるからだ・・・。写真は会長(右)と松本徳彦副会長。
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8月30日まで東京・JCII PHOTO SALONで、開催している写真展「知っていますか・・・ヒロシマ・ナガサキの原子爆弾」 被爆から70年 (主催:公益社団法人日本写真家協会「日本写真保存センター」・一般財団法人日本カメラ財団)
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会場に展示されていた資料の一部。
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「丹野章さんを偲び・お別れをする会」の会場となる東京・アルカディア市ヶ谷(私学会館)で丹野多可志君(丹野さんの次男・左端)と会場の担当者らと打ち合わせをした。会場である「富士の間」を見学する。
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丹野章写真集『昭和曲馬団』の刊行記念として、六本木・禅ギャラリー開かれる写真展「昭和曲馬団 Circus of Showa Japan、1956-1957byaAkira tTanno」のDMが完成した。

★9月12日~12;00~19:00(日、月、祭日休館) ★ トークイベント「丹野章の作画精神をめぐって」   ◎ゲスト:小松健一(写真家)、小出彩子(執筆家) 参加費無料(定員20人)        ★予約・問い合わせ:info@zen-foto.jp

 

 

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今日8月8日は、丹野章さんの90歳の誕生日だった。この写真は2014年の夏、銀座で89歳になった記念に撮影したもの。「俺の人生はフーテンの寅さんみたいな気楽な旅の連続だったなあ~」と笑いながら僕の帽子をかぶってカメラの前に立った。上着を脱いで肩にかけて、寅さんのポーズも撮った・・・・。 合掌
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8月5日午前0時2分、都内にある東海大学付属八王寺病院で、急性肺炎のために亡くなった丹野章さんの葬送式が7日午前11時30分から中央区月島聖公会でしめやかに近親者のみでおこなわれた。限られた人だけのお見送りだったので、葬送式、火葬、「納棺の祈り」・「帰宅後の祈り」のドキュメントをここに紹介する・・・・・。

「丹野章さんを偲び、お別れ会」は ★9月16日午後6時30分~9時 ★東京・アルカディア市ヶ谷 でおこなわれる。 ★発起人 細江英公(写真家・VIVOメンバー)、川田喜久治(写真家・VIVOメンバー)、田沼武能(写真家・日本写真著作権協会会長)、熊切圭介(写真家・公益社団法人日本写真家協会会長)、英伸三(写真家・日本リアリズム写真集団代表委員)、佐藤浩視(写真家・協同組合日本写真家ユニオン理事長)、石川文洋(報道カメラマン)、小松健一(写真家・世話人)の8人だ。 ★大勢の方たちのご出席をお願いします!!

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8月6日から僕の電話は鳴りっ放し。丹野さんの訃報を知らせる記事の事実確認のためだ。朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、しんぶん赤旗など新聞各紙をはじめ、共同通信社、時事通信社が全国配信してくれたので、地方新聞各紙にも載った・・・・・・・。
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丹野章さんの長男・丹野真佐志さんが遺族を代表してあいさつに立った・・・・・・。
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僕は、賛美歌を数十年ぶりに合唱した・・・・・・。
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前日の70年前に広島に原爆が落とされた8月6日に、全国の書店で一斉に発売となったばかりの『決定版 広島原爆写真集』、『決定版 長崎原爆写真集』(勉誠出版・監修:「反核・写真運動」・編集:小松健一 新藤健一)の2冊を丹野さんに見てもらうために祭壇に届けた・・・。
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丹野さんの家族。奥様の典子さん(左端)をはじめ長男、次男、長女とその家族たち。
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最後の別れをする・・・・・・。 典子さんの手と次男・多可志君の手。
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手前、田沼武能日本写真著作権協会会長、熊切圭介公益社団法人日本写真家協会会長が多忙にもかかわらず、駆けつけてくれた。熊切さんは、日大芸術学部の学生の時から丹野さんの助手を務めていた。丹野章さんの一番弟子である。
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右手前でカメラを構えて撮影しているのは、田沼武能さん。途中から写真家魂に火が点いたのか、バチバチと撮りまくっていた・・・・・。
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参列者がご遺体を花で埋めていく・・・・・・・。
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前日、お知らせをして相談したら、家族葬であってもどうしても参加したいという強い要望があったので葬送式の場所など連絡をした。 熊切さんは、丹野さんの顔をいつまでも見続けていた・・・・・・・。
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安らかにお眠りください・・・・・・。長い間、日本の写真界のために尽力いただき、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。丹野さんの意思を僕らが引き継いで行きますとあらためて誓った・・・・。合掌
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出棺をする・・・・・・・・・。
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霊柩車へ丹野さんのご遺体を乗せる典子さん・・・・・・・・。
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僕も火葬場である桐ヶ谷斎場へマイクロバスで向かう・・・・・・・。
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火葬場で、「納棺の祈り」を参列者でおこなう・・・・・・・。
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「写真は絶対に撮らないでください!!」と何度も注意されるも、僕は丹野さんの最後を見届けるためにと目立たないように撮り続けた・・・・・。
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遺骨となるまで休憩室で過ごす・・・・・・。長女の亜来子さんと奥様・典子さんの妹さんと。
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わずか2時間余りで、遺骨となってしまった丹野さん・・・・・・・。  合掌
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僕はどうしても丹野さんの遺骨が欲しいので奥様に言ったら、好きなだけ持っていってっください。と言うのでひとつ頂いてきた。家の親父たちの位牌を置いてある場所に、丹野さんの写真とともに置いた・・・・。
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丹野さんにとってはお孫さんにあたる長男・真佐志君の娘さん(右)筑波大学の3年生と、長女・亜来子ちゃんの中学3年の娘さん。
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息子たちに抱かれて自宅へ向かう丹野さんの遺骨・・・・。
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東京ベイブリッジも渡った・・・・・・・。 ここから丹野さんの家が見えた・・・・・・・。
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「帰宅後の祈り」をすませててから会食をした。 祈りの最後の言葉は「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、わたしたちとともにありますように。アーメン」であった・・・・・・・。
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最後に親族を代表して丹野章さんの次男・多可志君(左)がお礼のあいさつをした・・・・・・・。
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丹野さんの手帳に挟まっていた写真をこの日の遺影にした。裏には撮影した日付けが書かれてあったが、それは愛する典子さんの昨年の誕生日だった・・・・・・・。これを見つけた典子さんが僕に、遺影にしたいのですが、というので僕も賛成したのである・・・・・・。

今日、8月6日はアメリカによって人類に初めて原子爆弾が投下されてちょうど70年目となる節目の日である。広島でおこなわれた原爆慰霊祭には、100カ国、55、000人を超える人々が参列した。この一年間で新たに原爆で亡くなった5,359人を合わせて、いままでに297,684人の方々が原爆死没者として名簿に記入されている。現在ご存命中の被爆者は、183,519人、その平均年齢は80.133歳と今年はじめて80歳を超え、一層の被爆者の高齢化が問題となっている。

お亡くなりになった方々には、心からのご冥福をお祈りするとともに現在、被爆者として過酷な中でも生き続けられている人々に対しては心からのお見舞いを捧げたい・・・・・・。 そして現在の日本がまた戦争をする国になる道へ舵を切ろうとしている安倍・自民公明政権に対して警鐘を鳴らし、危惧を抱きながら昨日亡くなった写真家の大先輩である丹野章さんへも心からの哀悼の意を表するものである・・・・・・・。  合掌

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「今夜辺りが山場だと言われた。お父さんが小松さんにどうしても会いたいと言っている・・・・」という電話をもらって八王子の入院している病院へ駆けつけると思っていたよりも元気で、ベットの上でメールをかけまくっていた・・・・・。7月29日、午後2時半頃。亡くなるわずか5日前である・・・・・・。
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『決定版 広島原爆写真集』、『決定版 長崎原爆写真集』の刷り出しを見て、喜んでいた。丹野さんは、監修をした「反核・写真運動」の5人の発起人の一人で、最後まで運営委員として運動の先頭に立っていた。7月23日から始まった「原爆投下70年ー広島・長崎写真展」(主催:「反核・写真運動」)が開かれていた文京シビックセンターにも病院から駆けつけてくれて、大勢の入場者を少し驚きながらも見つめていた・・・・・・。 (長男・真佐志君と奥様の典子さんと)

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僕と奥様の典子さん3人でと撮ろうと言ったら、突然、「かっこ悪いから・・・・」と酸素マスクを外してカメラに向かった・・・・・・・。
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8月6日に一斉に全国の書店に並んだ2冊の決定版『広島原爆写真集』、『長崎原爆写真集』(勉誠出版)。監修は「反核・写真運動」、編集・構成・執筆は僕と新藤健一さんの2人で担当した・・・・・・。
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8月5日午前0時2分に八王子の病院で亡くなり、1時間後には霊柩車で自宅のある中央区へ向かったという。「いつも親子喧嘩をしていたけれども、実はとても仲がよかったんです・・・・・」と話す長女のA子さん。
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まるで眠っていて、「お~い小松君来ていたの?」と起きだす様なおだやかな顔だった・・・・・。僕も丹野さんが目を開けたような錯覚を何度も覚えた・・・・・・・・。
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髪の毛は90歳とは思えないほどふさふさで、肌は潤っていた。A子ちゃんが「肌のつやはおとうに負けた・・・・」と苦笑いをしていた・・・・・・・。
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長男夫妻と子ども、次男、長女たちに囲まれて、記念写真を撮る奥様の典子さん(中央)。今月、87歳になるが実に若々しい・・・・・・。
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いつも寝ていた自宅の部屋に戻って、やすらかに眠る・・・・・・・。  合掌
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仕事を終えて真佐志君の次男も仮通夜へ来た・・・・・・。 またまた丹野家の記念写真を撮る。丹野章さんも写真で参加・・・・・・・。
告別式は近くの教会で、近親者のみで7日に執り行なう。  ★9月16日(水)午後6時30分~9時 ★東京・アルカディア市ヶ谷において「丹野章さんを偲び、お別れをする会」をする。 ★発起人 細江英公、川田喜久治、田沼武能、熊切圭介、石川文洋、英伸三、佐藤浩視、小松健一 ☆ぜひ、ご出席ください!!  ☆六本木・禅ギャラリーで、9月12日~20日 丹野章オリジナルプリント展「サーカス」を開催。 ☆同時刊行 丹野章写真集『サーカス』

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☆B5サイズ・256ページ・上製本・写真は2冊で約830点収録・定価各2、500円+税  ☆見ごたえのある写真集になっている・・・・・・。
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勉誠出版株式会社の岡田林太郎社長が出来上がったばかりの2冊の写真集を持って届けてくれた。約半年間の編集作業中でも一度も飲んだことが無かったが、初めて刊行を祝して2人で乾杯した・・・・・・。五臓六腑に染み渡る美味い酒だった・・・・・・・。(韓国料理・南大門で)
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本当にお疲れ様でした・・・・・・。僕らの無理難題もことごとく聞いてくれた。 ありがとう~!☆
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戦後70年、日本にとってはものすごく大事な年に、この2冊の原爆写真集と東京大空襲の写真集を上梓できたことは、出版人冥利に尽きると旨そうに酒を飲む岡田社長。その満足そうな顔を見ていると、僕も酒が進むのだった・・・・・・・。(居酒屋・三福で)
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写真集の出版を大きく報じる長崎新聞(8月4日付)。しんぶん赤旗、週間「図書新聞」、毎日新聞、日本経済新聞、朝日新聞、共同通信、読売新聞など各紙でも取り上げてくれる。8月4日、NHKが昼のニュースで流してくれた・・・・・・。 ★http://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20150804/3852791.html★
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写真研究会「風」の鈴木渉編集長と写真家・烏里烏沙君と打ち合わせをした・・・・・。
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烏里君の娘Kちゃん・・・・・・。僕が病院へ行ってから、2時間後にまた合流して夕食をたべた。
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練馬駅近くにあるこの中華料理屋は安くて人気がある。僕も何回も足を運んでいる。名物「四川料理の白身魚の煮物」辛味がちょうど心地良い・・・・・・・。
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Kちゃんが、春巻きの皮を使って面を作った・・・・・・。もちろんこの皮も無駄にはしないよ~。
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みんなで記念写真。烏里君は1週間ほど前に帰国したばかりなのに、また9日から20数日間チベットへ取材に行く・・・・・・・・。
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☆表紙、表紙カバー、帯も素敵。デザイナーの宗利淳一さんの装丁だ・・・・・・・。 ぜひ、書店で手にとってご覧下さいね~!☆

★極暑日が続きますが、ご自愛ください。 みなさまありがとうございます・・・・・。 合掌

☆群馬・Yさん  モンドセレクション3年連続金賞受賞 特別純米酒  ☆鹿児島・Mさん  プリマハム 鹿児島産 黒豚セット詰め合わせ  ☆感謝いたします・・・・・・。    日本お布施党  党首

 

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真夏日が続いているので、みなさまに少しひんやりとする写真を届けましょう~!☆

うだるような暑さに睡魔がおそい白昼夢を見てしまった・・・・・・。 それは、冷えた西瓜の横で、涼しそうに居眠りをしている猫ちゃんがうらやましい~!☆ 僕はこの夏、まだ一度も西瓜など言う高級くだものは口にしてはいないのだ・・・・・・。 と思ったら目が覚めた。

この春から編集作業をしてきた『決定版 ヒロシマ原爆写真集』、『決定版 長崎原爆写真集』(勉誠出版)が、ようやく広島に原爆が落とされてから70年目となる8月6日には全国の書店に並ぶ。大好評だった「原爆投下70年ー広島・長崎写真展」も無事におわり、マスメディアの反応も良く多くのメディアが取材に来て取り上げてくれた。 写真集の発行に合わせて、さらに各メディアの取材は増える予定である・・・・・。

もうひとつ昨年来から執筆してきた写真紀行『心に残る「三国志」の言葉』(新潮社)も、7月末には責了して印刷に入った。盆明けには店頭に並ぶ予定だ。僕の中国大陸四半世紀、67、000キロメートルの旅のひとつの記録であり、表現でもある。新書版で、192ページ。掲載されている写真は75点。文章はたっぷりと読み応えがある。中国語の原文、読み下し文、日本語の翻訳文が各項目全てに書かれていて、「三国志」ファンはもとより、歴史好き、旅好きの人とたちにも楽しめる内容になっている。ぜひ、手に取ってみてください~!☆

この暑い夏、木陰で冷えたビールでも飲みながらのんびりとページをめくるのも一興でしょう・・・・・・。

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