居酒屋「三福」の若こと正修君と吉田君の彼女で~す!☆ 15日以来の外出での飲食だったのでとても愉快であった・・・・・。
居酒屋「三福」の若こと正修君と吉田君の彼女で~す!☆ 15日以来の外出での飲食だったのでとても愉快であった・・・・・。
今日1月17日は、1995年1月17日未明に発生した阪神・淡路大震災からちょうど20年となる日だ。僕もこの日は地震に目覚めて、すぐにテレビのスイッチを入れ、まだ半分寝ぼけた頭でボォーと画面を眺めていた記憶がある。第一報の報道ではあんなに大惨事になるとは思えなかった。数人の方が亡くなったというようなニュースが流れていた・・・・・。
それが夜明けとともに状況が一変した。次々に目の前に飛び込んでくる信じられない映像に眼が釘付けとなった。その代表的なのが上の写真。高度成長と繁栄の象徴であった高速道路が、まるで飴のようにグニャグニャになっていた。それまでの資本主義社会の物質優先だった価値観を変えざるを得ない現実を突きつけられた。バブル経済のなかで歪んでいた日本人の思考に一撃を喰らったと言ってもいいだろう。
その後に発生した東日本大震災、そして地震よりもはるかに怖い原子力発電所の放射能漏れ事故なども・・・・。しかし、政治家は、資本家は・・・・・そして僕ら庶民も喉もと過ぎれば熱さを忘れるかのように、原発の再稼動などを容認しょうと言う声が大きくなりつつある。あの太平洋戦争しかり、わずか70年しかたっていないのに、またもや国家機密法が国会を通り、集団的自衛権と称して、世界の何処でも戦争ができる日本へと変質させようと策動している。そして9条に代表される平和憲法を改憲する動きも一層活発化しているのだ。
阪神・淡路大震災の20年目の日に、人間の愚かさをあらためて見る思いがして、胸が締め付けられた・・・・・。
上の4点の写真は、全て藤村州二作品。会場で撮影した。
松飾が取れたばかりの晴天の11日。朝から天王洲アイルにあるクリスタルヨットクラブへ行った。近所に同時期に引っ越してきて以来、35年以上の付き合いをしている友人夫婦の一人娘が結婚して赤ちゃんも生まれるというので出かけたのだ。その娘は由紀ちゃん。僕は赤ちゃんの頃から知っているし、僕の子どもたちとも良く遊んでいた。4~5歳下だったので、内の子どもたちが小学校時代は、由紀ちゃんを連れて学校へ行っていた記憶がある・・・・・・。
学校を卒業すると僕の写真集『雲上の神々』を見て、どうしてもヒマラヤへ行ってみたくなったので相談にのってほしいと言ってきた。最初の旅は、ネパールの友人たちを紹介したりしたが、一人で1ヶ月間ほど行って帰って来た。その後は、ネパールヒマラヤの高地の村でお年寄りから織物を教えてもらったり、インドへ行ってデリバリーの寿司屋をしたり、ベトナムやタイの山岳民族を訪ね刺繍を学び収集したりして12年余り過ごしていた・・・・・・。
そんな彼女が昨秋突然、結婚する、子どももできましたと言ってきたのだ。面食らいながらも相手は日本人だと言うし、それも福島の会津出身だと聞いてホッとしたのだ。何よりも友人夫妻が喜ぶと思った。一人娘が遠いネパールやインドへ行ったきり帰ってこないのは、僕の影響を受けたからだと以前に詰め寄られていたからだ。
何はともあれ、剛君、由紀ちゃん新しい人生の旅立ち!心からおめでとう~!☆
僕は何も出来ないけれども一応写真家だから記念写真を二人の門出に撮ってやろうと思った。そのダイジェスト版が以下の写真。初めて使用したカメラはニコンD750、ニッコールレンズF2.8の24~70ミリを付けた。それに愛用のシグマDP1での撮影、このカメラは28ミリレンズのみ。あんまり良くとれなくてごめんね~!でも二人への愛は込めて撮ったよ・・・・・・・。 合掌
8日は朝8時から病院へ行って胃のレントゲン検査を受けた。夜には写真家の塩崎亨君が打ち合わせのために来た。4月中の刊行を目指している『三国志巡礼』の執筆を仕事場でする僕。撮影は塩崎君。この日は塩崎君と居酒屋「三福」へ年始のあいさつを兼ね食事に行った後、写真や人生などいろいろなことを話していたら気がつくと12時近くになっていた・・・・・。 合掌
昨日5日は、年が明けてからの始めての外出だった。まず銀座にある(株)ニコンイメージングジャパンへ行って昨年発売になったカメラD750と24~70ミリ(F2,8)レンズを借りた。ボディーがコンパクトになったこのカメラを少し使ってみたいと思ったのである。
その足で銀座界隈で開催されている写真展を巡った。まず加納典明写真展「18才の静物」を見た。その後、キャノンギャラリーのGOTO AKI写真展「LANDXFACE」、ニコンサロンの市川恵美写真展「日日の木」を見てからポートレートギャラリーのある四谷へ向かった・・・・・。
店を閉めてからのんびりと語り合った若い仲間たち。 右から松本君、南大門店主の李ルセ・真理子夫妻。渡辺君でした。 今年も愉快なお酒を共に飲もうね・・・・・・。 合掌
1月2日、いつもならば母が一人で待つ田舎へ帰って正月を迎えているのだが、今年は帰省しなかった。暮に帰って神棚のお飾りなど、すでに用を済ましてきたことと、弟の嫁の母親が暮に病気で亡くなったこともあり、兄弟で正月を過ごすという気分にはなれなかったのだ・・・・・。
元旦は、田舎では近くの川戸神社へ家族で初詣だが、今年は久しぶりに家の近くの鎮守様でもある宮戸神社へ一人で初詣をしてきた。神社の御札と縁起だるまを二つ買ってきた。後は、この日届いた年賀はがき250枚ばかりの返事を書いた。僕は、宛名はもちろん本文の所にも必ず一言は書く事にしているので、けっこう時間がかかる。結局、2日の午後4時過ぎまでかかってポストに投函してから韮塚家へ出かけたのだ・・・・・。
韮塚ファミリーの食卓風景。 由紀ちゃんは学校を卒業してすぐに僕の影響もあり、ネパールヒマラヤ、そしてインドで12年余り暮らしていた。だからこうして家族団欒で正月を過ごすのは10年ぶりぐらいだという。この11日には、新郎の親族と韮塚家の親族が一堂に集まり食事会をするという。由紀ちゃんに「小松おじさんもぜひ、出席してくださいね~」と頼まれたので断るわけにも行かず、どういう立場なのかわからないままに出席するはめになってしまった。「じゃ写真を撮ってあげるよ~」と言ったら由紀ちゃんも彼もすごく喜んでくれたのでよかった・・・・・・。 新春早々 おめでたい話を届けられて良かったです・・・・・・。 合掌
2015年に、すでに開催が決まっている写真展のご案内をします。この他に中国・四川省の省都・成都にある四川大学博物館と武候祠での開催が10月中旬に決まっていますが、まだ細かい日程調整が出来ていません。決定しだいお知らせします。本年も写真展開催の年になりますが、ぜひご覧いただきたいと思います。みなさんと会場でお会いできることを楽しみに・・・・・・。 合掌
小松健一写真展「三国志巡禮ー中国大陸67,000kmの旅」(5月9日~17日/前橋・ノイエス朝日)