写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

[no.677] 2014年3月1日 左右両眼白内障の手術(左右水晶体再建眼内レンズ挿入術)を東京警察病院で受けた・・・・・。2月24日~3月1日までの僕の”入院カメラ日記”初公開~!☆

僕が目に異変を感じ始めたのは、いまから10年ほど前のこと。糖尿病が悪化して、ヒマラヤ取材から2ヶ月ぶりに帰国して病院へ行くと右足指を切断しなければならなくなる。すぐに入院しなさいと当時住んでいた練馬区の総合病院へ緊急入院となった。幸いに指は切らずに済んだが、1ヶ月間の入院生活を終えてこの際、目の方は大丈夫かと見てもらった。そしたら「ひどい、手がつけられないので他の病院へ行ってくれ」という。僕は怒った。何のために1ヶ月間も入院していたのかと・・・・・・・。

眼低出血がそうとう進んでいるので、何とかしなければといろいろな病院を紹介をしてもらった。そして何軒か回ってようやく、僕が何とかしましょうと引き受けてくれたのが、この10年間づーと僕の目を診察し、今回の手術をしてくれた警察病院のI先生に紹介状を書いてくれたH先生だった。10年前にH先生の手により、レーザで出血している目の中の毛細血管の部分を焼くという治療を10数回したのだった・・・・・・・。

その頃から1.5だった僕の目は徐々に視界が悪くなり、目が霞んだり、まぶしかったり、暗い場所では物が見えづらくなって行った。何度も転んだり、階段から足を踏み外して落ちたりして怪我もするようになっていった。だから夜の車の運転などは注意してなるべくしないようもにしていた。それが極端にひどくなったのは昨年の秋頃からだった。夕方頃からは本当に見えづらくなっていたし、逆光ではまったく見えなくなっていた。交通事故に合いそうになったり、田舎に帰った時に、道から落下したりして怪我をした。もうこれは限界だと思い今回の手術を受けることとしたのである。その6日間の顛末記を「写真日記」として記録しておこうと撮影したので、以下にアップする・・・・・・・・・。

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2月6日、18日と診察と検査をして入院・手術の許可がようやくおりたのが2月24日。この日は朝10時30分から入院となっていたので前日から酒を絶っていた。入院手続きが終わって病室に入った。そしてまた明日の手術に備えての幾つかの検査がおこなわれた・・・・・・・。 深夜2時40分、なかなか寝付けなくて病棟の廊下をはじめて撮影した。灯りが漏れているところはナースステーション。

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病室は8階だったので窓からの眺めがいい。25日深夜午前3時前の街は灯りは点っているが人影はない・・・・・・・・・。
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病院の起床は6時。ようやく眠たくなる頃だ。25日、右目の手術日の夜が明けた・・・・・・。朝日はまぶしかった。
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僕のベットの周り。友達がプレゼントしてくれたクマもんのタオルが目立つ・・・・・・。
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2014年2月25日。手術は午後2時45分からの予定。3000人に1人は失明するリスクがあることに同意する旨の文章にサインをした。効き目の右目からの手術に不安を感じたが、変更はできないとのことであきらめた。右目が開いているうちにとベットで自写像を撮る・・・・・・・。
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手術は40~50分ほどで無事に終了して車椅子で午後4時前に部屋に戻る。こんな光景はもう二度とごめんなので、戒めのために看護師さんにシャツターを押してもらう。
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部屋に戻ってから点滴を1時間ほどする。原稿を書くつもりで参考資料にと『宮澤賢治 雨ニモマケズという祈り』(新潮社・重松清、澤口たまみ、小松健一共著)を持ってきた。友人が照国神社の厄除けのお守りを送ってきてくれたので枕元に・・・・・・。
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点滴の針を手の甲に打つのはけっこう痛いもの・・・・・・・・。
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こう言う写真を見るといかにも重症患者だね。鼻から医療器具で体内へ空気を送っているのだ・・・・・・・。
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夜になって一段落したので、鏡の前で自写像を撮った・・・・・・・。わずか1時間ばかりの手術ではあるが、やはり写真家にとって眼はとりわけ大切なもの。精神的なショックがあったのだろうか、疲れた・・・・・・・。
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2月25日、入院2日目の午後8時15分に病窓から撮影する・・・・・・・・。
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病棟の廊下はまだ消灯前の時間だから明るいが人はいない・・・・・・・・。
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2月26日、入院3日目の朝を迎えた。看護師が隣の患者のIさんに歩き方や寝る時の姿勢などについて指導していた・・・・・・・・。
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今日の午前中の診察で、経過が良ければ眼帯が外せることになっていたのでその前にもう一度撮影した・・・・。
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午前11時過ぎの診察で眼帯を外してもらえた・・・・・・・。世の中が突然別世界のように何もかもが明るくなり、色彩は鮮やかになった。10年ぶりの世界だ。しかし、サングラスをかけていても眼の奥や頭がクラクラして痛い。脳が慣れるまで、しばらくそうした症状が続くのだという・・・・・・・。
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この日は、斜め前の患者さんが退院して、新しい入院患者さんが入るというのでシーツ交換など看護師たちがしていた。結局、このベットは僕がいる間に4人代わった・・・・・・・・。
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病室に差し込む眼にクラクラするほどまぶしい朝日・・・・・・・。
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僕のベット。この朝はクラシック音楽と琉球民謡を聴ききながら横になっていた・・・・・・・。
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2月26日の病窓からの風景・・・・・・・・。
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右目だけでもいままでとは見違えるように良く見えるもので、活字を読んだり、原稿を書く気持ちが大いに湧いてくる。「フォトコン」に掲載する「日本文学風土記ー宮澤賢治」の本文とキャプションを書く気になった。ベットの上で・・・・・・。
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患者さんやお見舞いに来た人が使うラウンジへはじめていった。部屋のすぐ近くなのにいままで行く気になれなかった。3月4日までは、頭や顔は洗ってはいけないことになっているのだが、首から下のシャワーなら良いというので午後シャワーを浴びた。蒸しタオルで朝夕、顔や体を拭いていたのだが、やはりシャワーは気持ちが良いなあ~・・・・・・・。
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右目の視力を検査をしたら0.7までに回復していた。これから徐々に視力はさらに回復していくという・・・・・・。
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2月27日の朝を迎えた。この日は朝方から雨模様・・・・・・・。眼にもやさしい気がした。午後1時30分からの左目の手術の予定だ。
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朝7時から昼、夕方、夜と一日4回の投薬の他に、手術日は朝夕の薬がもう2種類増えることと手術2時間前からは、表の通り3分間おきに4種類の投薬を30分間ごとに続けるのだ。けっこう大変な作業だ・・・・・・・。
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左目手術15分前。2月27日午後1時15分。ベットの上で自写像を撮る・・・・・・・。
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この日、僕の担当看護師のUさん。テキパキと仕事をこなし、予定時間通りに車椅子に乗せて3階の手術センターへ連れて行く・・・・・・・・。
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右目の時よりも若干早く手術は終わった。しかし、少し痛みが残った。前回の時にはまったくなかった違和感だ。記録に写真を撮ってというと「はいはい~」と言ってカメラを取りに来た瞬間にシャツターを押したもの。せっかくの顔が隠れてしまっている・・・・・・・・。
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そして彼女が撮影したのがこの写真で~す。これも僕の人生におけるドキュメント写真だ・・・・。ありがとう~!☆
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「また様子を見にきますからね・・・・・・」と言って帰る看護師。
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今回の点滴は腕だったので前回のように痛くはなかった・・・・・・。
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一眠りして起きてからまたシャツターを切った・・・・・・・・。
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手首に氏名とバーコードが付いた腕輪をはめさせられる。手術の時などは間違いがないか確認のためにこのバーコードをコンピューターで必ず識別するのだ。こうなると物品と同じだね・・・・・・・。
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消灯は午後9時。起床は6時だからその間の9時間は、僕にとっては”地獄の時間”だ。本やテレビを見ることはもちろん、出歩くわけにも、灯りを点けるわけにもいかず、暗く狭いベットのなかでひたすら夜の明けるのを待つしかないのである。午後8時になるとみな寝る準備に入るので病院内は静寂が訪れる・・・・・・・・。
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枕元の照明灯も寂しそうに見える・・・・・・・・。
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いよいよ昨日手術した左目の眼帯が良ければ取れる2月28日の朝。そして経過が順調ならば退院もできることになっている。病窓からの空も心なしか明るい展望が開けるような感じがした・・・・・・・。
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同じ日に入院した埼玉県久喜市のIさんに薬剤師が来て退院後の薬の説明をしている。彼は片目だけの手術だったがけっこう時間がかかった・・・・・・・。
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退院の日の診察前の自写像を撮る・・・・・・。
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Iさんも診察の結果、この日退院と決まった。ちょうど投薬に来ていた看護師のUさんと記念写真を。Iさんは現在、接骨医院でマッサージ師をしているが、現役時代はカメラメーカーに勤めていたというので僕が写真家とわかると話が弾み急に親しくなったのである・・・・・・・・。
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僕も昨日の手術の時にはお世話になったので一緒に看護師のUさんと記念写真を。 Iさんが撮る・・・・・。 ありがとう~!☆
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せっかくだから綺麗に世の中が見えるようになった両目を出してUさんと写真を撮ってもらう・・・・・・・。僕の眼の手術に係わってくれた医師、そして看護師さんたち、心から感謝します・・・・・・・・。  合掌
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この入院・手術については、ほとんどの人に知らせていなかったので見舞いに来る人などはいないのが当然だったが、鹿児島在住の写真家・村上光明君から突然電話があって仕事で東京に行くので見舞いに来るという。「風」のメンバーの眞月美雨さんに聞いたのだろうか。28日は午前中には退院するので、午後1時に池袋の東京藝術劇場で待ち合わせをした。昨年5月以来の再会だ。近くの店で「東北応援定食」というのをしていたので昼飯を食べた・・・・・・・・。

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藝術劇場の近くにある僕も何度か食べにきている店だ。目の前に大きな生けすがあり、たくさんの魚が泳いでいるのが特徴な店だ。村上君は、公益社団法人日本写真家協会の会員であり、協同組合日本写真家ユニオンの会員でもある。いま、ばりばりの油の乗った写真家だ・・・・・・・。
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食事後、また藝術劇場に戻って写真創作の話しを中心に4時間程語り合った。いままでこれほど長時間にわたって彼と話たこともなかったし、この1週間僕もほとんど人との会話がなかったので、大変面白かった・・・・・・・。
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2月28日午後7時過ぎに5日ぶりの我が家へ帰った。やはりいくらゴチャゴチャしてはいても我が仕事場は落ち着く。しかしいままで暗いと思っていた部屋が明るい。見渡すとあらゆるところにほこりやゴミがあるのが目に付くのだ。台所周りをはじめ、テレビや仕事机、ちゃぶ台の上などなど気になって掃除をしまくった・・・・・・・。眼が見えるようになるとは、こう言う部分もあるのかと思った。写真は3月1日、僕の仕事机の右側。

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仕事机の後ろ側。ちゃぶ台とソファ。ちゃぶ台は僕が独りで食事を取る場所でもある・・・・・・・・。
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仕事机の斜め後ろ側。正面のドアの向こうは、玄関や二階への階段へ続く通路がある・・・・・・・・。
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仕事机の左側。部屋中本棚に囲まれているが、資料に使う頻度の多い書籍が並んでいる書棚が座ったまま手の届く所にある・・・・・・・・・。
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そして最後は、僕の愛用の仕事机。もう20年以上使用しているものだ。その上はご覧のように物であふれかえっていて最近、原稿用紙を広げるスペースがなくなってきている。でもここで書くのが一番はかどるのである・・・・・・・・・。

長い長い僕の”カメラ日記”に、最後までお付き合いいただいて心から感謝~!☆!☆!☆    合掌

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