昨日28日、錦糸町駅近くにある「すみだトリフォニー小ホール」でおこなわれた第37回 鈴木豊ギターリサイタルに4年ぶりに出かけた。彼とは1983年に新星日本交響楽団と鈴木さんとのコンチェルト協演の撮影をしたことがきっかけで、以来30年の付き合いが続いている。ここ数年は僕の海外取材とコンサートが重なり聞きに来れなかった。いつも招待状を送ってきてくれるので、音楽、特に楽器の演奏が好きだという友人の島田文子さんに声をかけたら、ちょうど空いているというので一緒に行ったのだ~・・・・・・・・・。
昨日28日、錦糸町駅近くにある「すみだトリフォニー小ホール」でおこなわれた第37回 鈴木豊ギターリサイタルに4年ぶりに出かけた。彼とは1983年に新星日本交響楽団と鈴木さんとのコンチェルト協演の撮影をしたことがきっかけで、以来30年の付き合いが続いている。ここ数年は僕の海外取材とコンサートが重なり聞きに来れなかった。いつも招待状を送ってきてくれるので、音楽、特に楽器の演奏が好きだという友人の島田文子さんに声をかけたら、ちょうど空いているというので一緒に行ったのだ~・・・・・・・・・。
20数年来の友人である陶芸家・高橋芳宣さんの個展が上州前橋のノイエス朝日でおこなわれているので出かけた。彼は各地で修業したのち、魯山人に陶芸の手ほどきをしたことでも知られる九谷焼の名工・須田青華(3代目)に入門、5年間修業した。その後、加賀市で独立し窯を開設。平成4年に現在の群馬県甘楽町に陶房を移している。その直後からの知り合いだ。僕の写真と彼の陶芸作品とで2人展をしたこともある。
いまや売れっ子の陶芸家で来年夏までは個展のスケジュールで一杯だそうだ。ノイエス朝日の個展も4年ぶり。伊勢丹新宿店や日本橋高島屋などでは作品が常設されている他、全国各地の美術工芸店で個展を開いている。来年12月13日から23日までノイエス朝日でそれぞれジャンルのちがう5人が集って展覧会をやる企画が進められている。僕も芳宣さんもその中のメンバーとなっているので打ち合わせをやることになっていた・・・・・・・・。
温泉のあとは、母が好きな焼肉へ。地元農協の直営店にいつも上州牛を食べに行くのだ・・・・・・・・。
★ CD本の表紙 イ族の歴史や伝統文化などについて克明な取材にもとづく文章・解説がわかりやすく各章に載っていて読んでいても楽しい。日本ではほとんど紹介されていなかった少数民族のありのままの姿、暮らしぶりが豊かで美しい写真によって詳しく理解できて興味深い。 僕の作品も8点が掲載されている。日本人が忘れてしまった大切なものが息づいている貴重な本だ。定価1000円と信じられない値段なので、ぜひご購入ください!!
今日、11月23日は勤労感謝の日。考えてみれば今から40年前の今日、僕は東京・渋谷の小さな区民館の一室で仲間たちに祝われて結婚式を挙げたのだった。あれからずいぶんと長い歳月が流れた・・・・・。
昨日22日はアメリカの第35代大統領・JFケネディが同国のダラスで暗殺されてから50年目となる日だった。最近着任し駐日アメリカ大使となったケネディの長女、キャロライン・ケネディのことともあいまって毎日メディアで騒がれている・・・・・・・・。
「マスコミが我の胸打つ悲しき日友語り合うケネディのこと」 この拙い短歌は、ぼくが今から50年前の当時詠んだ歌だ。この短歌が収録されている1970年に僕が自主出版のガリ版刷りで発行した『若人の詩(うた)』が2冊僕の手元に残っている。記憶によればこの年、僕は3ヶ月間にわたる入院生活を送り、たくさんの友人たちにお世話になった。そのお礼として自身で編集して200部印刷して配ったものだ。まだ17歳という若さだったが町の商店などを回って広告を取ったり、アルバイトをして印刷代を捻出したのだった。
ケネディ大統領の暗殺から50年というニュースに触れ、子どもの頃の懐かしい思い出がよみがえった日々である・・・・・・・・・。
僕の仕事机周辺の光景で~す!☆
★全日本お布施党が動き出す季節になりました。全国のみなさまには心から感謝申し上げます。 合掌
☆鹿児島・Mさん 鹿児島特産・宇佐美米5キロ ☆東京・Nさん 青梅の山の幸詰め合わせ 埼玉・Nさん
信州りんご一箱 ありがとうございました・・・・・・・・。 党首
塩崎君たちとは、まだこれから新宿の街を撮影するということで別れた。最後にもう一杯ということで、ぼるがの隣の居酒屋へ。烏里君は来年3月にペンタックスフォトギャラリーでの個展がすでに決まっている。菱山君もいままでの集大成としてインドをまとめ個展をやるという決意を固めて3人で乾杯をした・・・・・・・。
30度の宮古島の泡盛「菊の露」を5合ばかりみやらびで飲んでから、二軒目は鹿児島の芋焼酎をロックで2杯飲んでお開きにしたのである~。 4日ぶりの旨い酒を飲んだ・・・・・・・。 合掌
「風」第3回写真展が終了した6日から丸5日間自宅に篭っていたが、2ヶ月に1度通っている内科と眼科の病院へと出かけた。昨日は木枯らし一号が吹きすさぶこの秋一番の寒い日だった。飲み続けている薬が切れていることもあった。この病院にはもうかれこれ15年間ほど通院している。眼科の先生からは両目の手術を再三勧められてきていたが、いよいよもう逃げられない状況になった。年内はせわしないので正月明け早々に入院することになりそうだ。安全策をとって片目づつの手術をするように言われたのだ~・・・・・・・。
病院が終わった後、数日前に雲南省奥地の取材から戻ったばかりの写真家・烏里烏沙君と会った。今月中旬発売予定の日本中国写真家共同作品集「イ族」(タイクイーン刊)の最後の詰めをするためだ。それにイ族の聖地とも言うべき、四川州の西南地方の大涼山と雲南州との州境にある小涼山などを来春、取材する件で打ち合わせをするためだった・・・・・・・・。
みさき三代目の女将、エリちゃん。右は彼女と同じ沖縄の伊是名島出身のアキラ兄。さゆりちゃんもふくめてみな親戚だ。エリちゃんの手作り料理が評判がよくて常連のお客さんが多い。この日は娘さんのMちゃんも手伝いに来ていた。僕が知っているのはまだ本当に鼻をたらして泣いていた頃のMちゃんだったから時の流れを痛感した。アキラ兄に誘われて久しぶりに近くでエリちゃんの姉のあけみちゃんがしているスナックへ烏里君と顔を出し、一杯のんでから家路へ向かったのであ~る。 帰りは懐もふくめて、まあこれはいつものことだが、木枯らしが一層吹き抜けて寒さが身に沁みたのだった~~☆・・・・・・・・・。
写真展の準備が始まってから8日間都内に出っ放しだったので、さすがに疲れが出た。5日は久しぶりの休みをもらって家で洗濯やらいろいろ溜まっている雑事をしようとしていたら午後に京都のシンガーソングライターのあらい舞さんから「写真展を見たいし、7年ぶりに逢いたいのでギャラリーへ行く・・・・・」と電話が入った。続いて八戸の友人家族からいま、みんなで出かけてきていてこれから写真展会場へ行くと電話が来た。 もう、こうなったら出かけるしかないと意を決して疲れた体に鞭を打ち出かけてきたのだ・・・・・・・。泣いても笑っても後2日間なのだから・・・・・・・・・。
最後まで残った人たちで集合写真を撮った・・・・・・。左上2人目が桑原さんの奥様・和子さん。僕はこの後、JPUの石丸理事と2人で麹町へ引き返し、坂本さんの2次会へ顔を出したのである。 坂本さんはいつも僕の会の時には二次会まで付き合ってくれるから僕も恩義を返さなければ・・・・・・・・。 合掌
2日の夜もみんな食べた「バカ盛り野菜サラダ」を前にして驚く、鈴木渉、鈴木事務局長、そして塩崎君。4人で軽く夕食を取って最後の2日間がんばろうと誓って別れた・・・・・・・。
「風」第3回展は、前半の3日間が終わり、今日から後半の3日間に突入する。4日(月・祝日)の今日は、14時から17時まで出品写真家4人によるギャラリートークが行われる。僕も4時から出演する予定だ。無料ですのでぜひ、お出かけください。
写真展の受付の合間を縫って、鹿児島から来ている真月実雨会員が知人が今、六本木にある新国立美術館で開催されている第45回日本美術展覧会に彫刻を出品しているので見に行きたいというので、1日の夕方六本木で待ち合わせをして案内した。その後、銀座・ライカギャラリーで開かれているロバート・キャパ写真展を見てから新宿御苑前のギャラリー・シリウスへと戻った・・・・・・・。
2日は、午後2時から3時まで、平元盛親君と真月美雨さんとのギャラリートーク、3時から4時は、森武司さんと鈴木孝雄さんのトーク、4時から5時は千代田路子さんと僕が担当した・・・・・・・。
花園神社の境内でお神酒を一杯いただいてから裏手に広がる昭和の雰囲気が色濃く残る「新宿ゴールデン街」へ。写真展がいつも店内で開かれている「ことじ」へみんなで行った。そうしたら先ほど写真展に来てくれていた写真家の染谷学君と偶然に合流。またまた盛り上がったのは言うまでもない。 ママさんからもこの時期に食べると縁起が良い「切り山椒」もいただいた・・・・・・・・。楽しい一夜に限りない感謝をおくりながら美味しい酒をいただけることのしあわせ・・・・・・・・・。 合掌
いよいよ創立5周年記念「風」第3回写真展のオープンの日が近づいてきた。30日の搬入・飾り付けの前日、夜に最初に上京したのは、鹿児島の今年は入会した真月美雨さん。気合が入っている。東京は余り詳しくはないと言うので、宿泊先のホテルに案内するために池袋のメトロポリタンホテルまで迎えにでてやった・・・・・・・。
30日の飾り付け当日は、急に体調を崩して来れなくなった高松の寒川真由美さんと初日から4日間滞在することになっている名古屋の平元盛親君以外は全員参加した。岡山の高田昭雄さんは奥様の紀美子さんも一緒に協力をしてくれた。寒川さんの変わりに初日から4日間、受付など手伝ってくれるために娘さんの同志社大学の学生の愛ちゃんが来てくれることになっている・・・・・・・・・・。