写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

2013年8月アーカイブ

異常気象とも言える猛暑と集中豪雨の繰り返した8月も今日で終わる。数日前は、ようやく新涼が感じられる朝夕となったと思っていたら、またもや猛暑のぶり返し。いったい日本の四季はどうなってしまったのか・・・・・・・。日本の独特の季節感、風土が崩れ去ってしまうのではという危惧を覚える・・・・・・・・。俳人、鈴木真砂女の句に、 井戸に汐さして八月終わりけり  という句があるが、「八月尽」とか「八月果つ」などの季語は、現在の日本ではその繊細なイメージが感じられなくなってしまったような気がする・・・・・・・・・。

今週は、3日間病院へ行った。循環器科と呼吸器科と歯科である。還暦を過ぎて身体のいたるところがガタがき始めている。来週も内科と眼科へ行かなければならない。我ながら情けなくなってくるが、若い時の不節制が今頃になって出始めているのだからしかたない。自業自得とでも言えよう・・・・・・・・。しかし、いまだやり残した仕事は多々ある。なんとか仕上げたいし、新たな仕事も模索したいという欲望もある。病気らとはうまくだましだまし、共生していくしかないと思っている・・・・・・・・。 みなさん明日からは9月、心身ともに爽やかな日々を送りたいものですね~!☆   合掌

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故郷・上州を貫流する坂東太郎こと利根川。そして浅間山方面に沈む夕日・・・・・・・・。

 

ようやく朝夕は秋めいた大気が感じられるようになった昨日、写真月刊誌「フォトコン」11月号「組写真の部」の審査のために都内の八丁堀にある(株)日本写真企画の本社へ行った。早いもので18年ぶりに復活された同誌の”組写真の部”の審査を担当することになってもう11ヶ月が過ぎた。残す所あと1回。来月が最終回となる。情熱を持ってはじめて見たが、現実はなかなか思い通りにはいかないものであることを痛切に感じた・・・・・・。

それでもこの審査を通じて、少しなりとも全国の写真を愛する人たちにとって、役立てたのではないかと自負している。「組み写真」という今までの概念を変えようと試みたのだが、果たしてどこまでできたか。それは全国の写真愛好家のみなさんの今後の創作活動のあり方にかかっている。僕としては期待して見守るしかない・・・・・・・・・。

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いつも第一次審査、第二次審査、そして入選を決める最終審査という工程だ。
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最終審査。
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今回の審査をアシスタントとして手伝ってくれたアルバイトのY君と。最終段階には藤森編集長、坂本副編集長も審査に立ち会う・・・・・・・・・。
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審査が終わった後、「フォトコン」編集部のすぐ近くにある炉端美酒食堂「炉とマタギ」へ行ってみた。僕の友人夫妻の娘さんがアルバイトをしているというので覗いてみたのだ。鹿料理をメインにした雰囲気のある店だった。
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家が近所で、赤ちゃんの頃から知っているYちゃん。彼女は僕の写真集『雲上の神々』に影響を受け、今から10年ほど前にネパールヒマラヤへ行き、山岳地帯の村々で機織を学び、その後、チベットやインドを巡り、すでに10年。いまはインドのゴアを中心に生活をしているのだ。たまたま日本へ戻ってきていてアルバイトをこの店でしているのだそうだ。たくましくなったYちゃん、自らの夢の実現のためにがんばれ~!☆

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審査を手伝ってくれたY君のごくろうさん会と思って誘った。彼は編集部へアルバイトに入って半年。いまも編集の学校や写真カレッジなどへ通って勉強している24歳の青年である。
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僕が八丁掘に来た時には必ず寄る居酒屋「北海道」。築地直送の鮮魚と旨い焼き鳥が売りだ。大将は北海道の余市出身。9月2日にテレビのBS番組「吉田類の居酒屋探訪」に紹介されると言う。大将と記念写真を撮った。

帰路は集中豪雨に見舞われ2時間程最寄駅の構内で雨宿りをしていたが、一向に止みそうにないので午前1時半に意を決して自転車で帰宅した。久しぶりに全身ずぶ濡れ、酔いがいっぺんにさめてしまったので家に着いてからまた飲みなおしたのである・・・・・・・・・。明日は病院へ心臓の不整脈の検査結果を聞きに行く日なのに・・・・・・。

昨日、自宅の近くにある富士見市立鶴瀬公民館・ホールへ友人たちがたくさん出演する「琉球舞踊への誘い」という富士見芸能鑑賞会公演を見に行った。企画・構成は、池袋の琉球料理の店「みやらび」の女将でもある川田功子さん、指導も川田さんと親しい友人の江籠佐千代さんだ。踊り手の中には画家の美崎太洋さんの奥さんでもある崎山陽子さんや友達の佐野七夕子さんたち16人が踊った・・・・・・・・。僕は愛用のシグマDP1で撮影したが、このカメラのレンズは28ミリの単体レンズが付いているだけなのでアップのカットが撮れなかった。舞台までは遠いし、ロングの写真ばかりになってしまい、ご勘弁ください・・・・・・・・。でも少しでも会場の熱気が伝わって、ご鑑賞いただければ幸いです~!☆

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第1部 古都の雅  「仲里めでたい節」より。
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第1部 古都の雅 「華の踊り」より。
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第一部 古都の雅  「三板の踊り」(さんばのおどり)より。
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第一部 古都の雅 「醜童」より。
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「醜童」は、古典打ち組み踊りで、古典では唯一面をつけて踊る。
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第二部 島人の詩(しまんちゅうのうた) 「海でいきらち」より。
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「海でいきらち」 四方を海で囲まれた沖縄の漁村の風物詩。
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第二部 「白保節」より。
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「白保節」は、自然の恵みと神をたたえ豊年を祝い太鼓とバチを手に打ち鳴らしながら踊りまくる・・・・・・。
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会場と一体となって踊るカチャーシーの踊り。
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企画・構成をした川田功子さん(左)と踊りの指導をした江籠佐千代さん、三板を叩いている。右の踊り手は佐野七夕子ちゃん。
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300人近く入った会場と一体となってフィナーレはカチューシャを踊った。市長も踊っていた・・・・・・・。
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会が終了した後、出演した陽子ちゃんと最近、インドのラダック・ザンスカールから戻ったばかりの遠藤英湖さんを囲んでごくろうさん会をした。写真家の烏里君、菱山君、画家の美崎太洋さんが来てくれた。この日はビールをはじめ、芋焼酎を一升半ばかり空けた。さらにつわものどもたちは韓国のマッコリを飲みにいったのである・・・・・・・・・・。

今年の5月8日から16日まで上州の探検家・矢島保冶郎のチベットにおける足跡を辿る旅に出かけた。この旅の最大の目的は、矢島家とチベットの妻・テンパ・ノブラーの子孫であるテンパ家との100年ぶりの再会にあった。昨年約1ヶ月間、取材で訪れたときに、ノブラーの消息を捜し歩いたのだ。そして奇跡的にノブラーの子孫たちに出会え、ノブラーの実家も突き止められたのである。

それが下地となって今回の旅が実現した。矢島家からは保冶郎の長女である矢島仲子さんが参加。その他に地元伊勢崎市から2人、上毛新聞社から1人、東京から元編集者と通訳を兼ねたイ族出身の写真家・烏里烏沙君、京都から浄土宗の僧侶、岡山から2人の写真家に僕を合わせて10人がこの歴史的な旅に同行した。僕は旅の最中、20数年間、ヒマラヤ、アンデス、チベットと高地を歩いて来ているが、はじめて酷い高山病に見舞われた。だから取材も撮影も正直ままなららなかったのが本音である。

以下の写真は、僕がいつもバックに入れて持ち歩いている「シグマDP1」での撮影したものである。メインのカメラはニコンD800だったが、とにかく圧倒的に押したシャツターの数が少なかった。帰国してから3ヶ月が過ぎてしまったが、お約束通り、チベットの報告を写真を中心にしたいと思う。雑誌「REALITAS」(レアリタス・日立製作所刊)に2回連載したのみで、他には発表していない。その雑誌も9月中旬に発行予定だ。そういう意味では本邦初公開である・・・・・・・・・・。

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チベットの象徴であるポタラ宮。歴代ダライラマの宮殿だ。創建は7世紀頃から始まったといわれているが、本格的な建設が開始されたのは、ダライラマ5世がチベット全土の権力を握った1645年からである。
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ラサの街を睥睨するかのように聳え立つポタラ宮殿。高さ115m、東西360m、南北300m、総面積は41k平方メートルに及ぶ。標高3800mの地からわずか115m上がるのが実は大変なしんどさなのである・・・・・・・。
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矢島保冶郎と親しかった多田等観や河口慧海が修業をしていたセラ寺。ラサ郊外の山腹にある。問答修業を取材中の僕だが、体調が悪くしんどそうなのが写真からもわかる・・・・・・・・。
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ラサのホテル前の屋台で一緒に飲んだ漢族の女性たち。四川省から出稼ぎに来ているという。高山病のため僕はほとんど飲めなかった。残念~!☆ その分、烏里君たちはやたらめったら飲んでいたのだ~!!
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標高4749mのカンパ・ラ峠へ向かう途中の山々・・・・・・・。
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雪のカンパ・ラ峠からヤムドク湖を望む。観光客用のヤクが3頭いた・・・・・・・。

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土産を売っていたおばさんと記念写真を撮った。僕はボーとしていてラサのホテルに登山靴を忘れてきてしまい、ゴムぞうりをはいていた・・・・・・・。だから雪の中はもちろんあまり歩けないので撮影の範囲もおのずと狭められた。
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矢島が日記に「美しい湖・・・・・・・」と書き記したヤムド久湖。5月を過ぎているのにあたりは雪景色だった・・・・・・・・・。
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その後、標高5049mのカロ・ラ峠を越えてようやくギャンツェに着いた。ギャンツェの至宝・白居寺で。
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1418年創建のパンコル・チョーデことは白居寺のパンコル・チョルテン(仏塔)を巡礼する信者。
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白居寺の本堂に年に一度描かれる砂曼陀羅。ちょうど修行僧たちが3つの砂曼陀羅を描いている最中だった。

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一つ一つ砂曼陀羅の図柄が異なっている。
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暗い本堂のなかで真剣に作業を続ける僧侶たち・・・・・・・・。
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完成に近づいた砂曼陀羅。大変美しい・・・・・・・。この年に1回だけの砂曼陀羅を描く作業を取材できたのはラッキーだった・・・・・・・。 合掌
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シガッエにあるタルシンボ寺。この寺は1447年にダライラマ1世が創建。その後、パンチェン・ラマの政治・宗教の中心となった・・・・・・・・。
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タルシンボ寺をバックにして写真家の烏里烏沙君と。彼とはこの6年間に8回の中国・チベット取材を共にしている。後輩だが良き同志である・・・・・・・・・。
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長江、黄河、メコン川、インダス川などアジアの大河の源流は、みなチベットだ。そのチベットを貫流して大地を潤してきたヤルンツァンポ川。
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こんなヤルンツァンポ川の渓谷も通ってラサへ向かった・・・・・・・。
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チベットの代表的な麺料理、トゥクパ。うどんにヤクの肉がのっている。村の食堂で食べた。
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前回に引き続き今回もガイドとして同行してくれたローサン君(35歳)と教諭をしている奥さんと子ども。彼の母親・ツーべムさん(65歳)のお母さんは、矢島の妻・ノブラーの姪である。
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今年80歳を迎えた矢島仲子さんとテンパ家の現当主であるテンパ・ストップソナム・トップゲルさん(65歳)。約100年ぶりの両家の再会は感動的なものであった・・・・・・・・。 2013年5月14日・ラサ市内で。
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ホテルの部屋に戻ってからも、重責を果たした喜びで興奮してなかなか寝付けなかった。窓から空を見上げると満天の星が煌々としていた・・・・・・・・。 僕はもう何時死んでもいいかなと思って自写像を撮った。この旅を共にしたシグマDP1とニコンD800を前にして・・・・・・・・・。  合掌

 

SDIM1501-001.JPG19日、

御茶ノ水駅近くにあるtギャラリー(OCCビル5F・いのちのことば社03-5341-6911)で今月いっぱい開催される小林恵写真展「フクシマ」と、開催記念企画の小林さんと作家の渡辺一枝さんのトークと対談を聞きに行った。二人とも友人であることもあるし、福島の原発被曝の事実についてももっと知りたいと思っていた。2011年3月11日以降づーと福島に通い続けている2人の話や写真には被災者の生の声を代弁した説得力があった・・・・・・・・。

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写真家・小林恵さんと写真展会場。 期間中にさまざまな企画が計画されている。詳しくはいのちのことば社まで。小林さんは、香川県豊島の出身だ。彼の作品はいつも弱者に眼を注いでいる社会派のドキュメンタリーである。
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渡辺一枝さんの最新刊『消されゆくチベット』(集英社新書)にサインをしてくれた・・・・・・・。毎日のように「一枝通信」をメールで送ってくれるが、いつもそのバイタリティーさに敬服し、励まされている。この日もトークの終了後、福島の南相馬へ向かった・・・・・・・・。 ☆8月31日午後2時から神楽坂・セッションハウス・ガーデンにおいて渡辺一枝トークの会「福島の声を聞こう!VOL.7」が行われる。参加費は1500円。申し込み:03-3266-0461(セッションハウス企画室)

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翌日、昨年暮れに受けた特定検診の結果、不整脈があるので総合病院で再検査の必要ありといわれていた件をようやく9ヶ月ぶりに済ました。とりあえず3つの検査をすることとなった。家に帰る頃にはすっかり日が沈んだが入道雲の上部の方にはまだ残照が残っていた。家の前で・・・・・・・・。
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東の空を見上げたら、まん丸な大きな月が昇ってきていた・・・・・・・・。もうお盆は過ぎたがその前後の満月を盆の月というからさしずめ今宵の月は盆の月か・・・・・・・。 「盆の月山に近くて山てらす」(木附沢麦青)
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高松のSさんが僕の大好物のさわらや真かつおの味噌漬けと讃岐のさまざまな果物、野菜などを送ってきてくれたり、近所の人たちが野菜を持ってきてくれたので、珍しく夏野菜がたくさんある。毎日野菜づくしだ。みなさんに心から感謝したい。ありがとうございます・・・・・・・。 合掌

今朝のメニューは、きのことアサリと黒ゴマと大量の夏野菜入りオリーブオイルパスタと納豆、讃岐ピオーネ(ぶどう)、カフェオレでした・・・・・・・。

家の近くに僕の小学校・中学校時代の同級生が、子どもや孫たちに囲まれて住んでいる。ここ一年間程、電話も会ってもいなかったので、どうしたのだろうと心配になって連絡をとった。そうしたら人と会うのが面倒になってしまい、家から余り出ないという。ワンちゃんや孫たちといるのが落ち着くのだと言う。これはあんまり良くないと思い、今から会おうということになった。2時間程、飲みながら話した。そうしたらまたいつものように元気で朗らかな彼女に戻ったので安心した。45年以上前のことが、昨日のように思い返せ、精神がその時代にタイムスリップしたようになる。これが同級生同士の不思議さである・・・・・・・・。

同級生のQさんと別れた後、「きずな寄席」の世話人会の仲間たちが中心になってやっているバーべキューに誘われた。友人の山本浩夫妻が世話役だ。手広く野菜作りをしている武士俣久男夫妻も大量の夏野菜を持って来ていた。宮崎牛や夏鰤一本をはじめ、酒も豊富にそろっていて美味しくいただいた。僕はカメラを持っていなかったので、友人で元カメラマンをしていた武士俣さんが撮影したものを送ってきてくれたのである。写真を見てもらい楽しさを感じていただけたらと思う。 みなさんご馳走になりました。 ありがとう・・・・・。  合掌

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〔以上11点の写真撮影は、武士俣久男さん)

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写真研究会「風」の合宿などにも参加している写真家の本田織恵さんが3人展をしているので、四谷三丁目のギャラリーニエプスへ出かけた。今回の作品は「生きること」をテーマにした新作。福島の被災地などの写真が印象に残った。彼女は9月16日から21日まで中央区の萱場町にある森岡書店で個展「FLOW OF TIME」も開催する。 本田さんの作品の前で。右は、一緒に展覧会をしている斉藤りつこさん。

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斉藤りつこさんの作品の前で。
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この日は会場近くの神宮外苑の花火大会の日。しばし、本田さんと道路から見つめていた。本田さんと一緒に事務所を経営している写真家の富樫君(右)と前日、中国から戻ったばかりの写真家の烏里烏沙君(右奥)も駆けつけてくれた。4人で本田さんの写真展開催のささやかなお祝いをした・・・・・・・・・。僕は池袋まで来たが久しぶりに終電に乗り遅れてしまい、何とか家に戻ったのは午前2時を廻っていた・・・・・・・・・。

今日8月15日は、68度目の敗戦の日。この日は決っして終戦の日ではない。日本人だけでもこの戦争で亡くなった人は310万人余あり、アジアで日本軍が虐殺した人数は2000万人とも言われている。靖国神社へこの日、参拝して「御国のために命を捧げた英霊の御霊に・・・・・・・」と言うような次元の話ではない。それならば戦争で兵士でもないのに犠牲となった多くの一般市民たちはどうなるのだろうか・・・・・・・・。それこそ広島や長崎の原爆で一瞬にしてなくなった数十万の人びと、東京大空襲で一晩で亡くなった10万人を超える人びとなどには、安部首相をはじめ、自民党の国会議員や閣僚たちは思いを馳せないのか、その御霊に手を合わせないのか・・・・・・・・・。もちろん日本がアジアで侵略していた国々で亡くなった人々に対しても・・・・・・・・・・。

僕の個人的な話であるが、叔父さんが27歳で中国戦線で戦死している。母のすぐ上の兄だ。 今日は68年前の過ちをふくめて深く反省をし、アジアや日本などで亡くなった幾多の御霊に対して心からご冥福を祈る日である・・・・・・・・・。    合掌

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連日の異常な極暑続きであるが、僕が審査をしている「マリナーズ・アイ」展と友人の琉球新報の山城博明さんの写真展がまもなく終わってしまうので、暑さが少し柔らいだ午後に1年ぶりに横浜に出かけた・・・・・・・・。
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琉球新報創刊120年企画展として同写真映像部のカメラマン・山城博明さんが42年間にわたって沖縄を追い続けた記録である。沖縄返還闘争、米軍基地問題から沖縄の自然、伝統・文化まで一人の報道カメラマンの眼差しで撮ったことがすばらしく、何よりも説得力があった。 猛暑のお盆休みにも係わらず大勢の家族連れなどが真剣に見ていたことはうれしかった・・・・・・・。

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その後、近くの赤レンガ倉庫1号館で8月8日~14日まで開催していた第24回「マリナーズ・アイ」展へ行った。この人と海のフォトコンテストはもう20年間にわたり僕が審査委員を務めてきている。今年は約3700点の応募作品のなから入賞、入選した120点が展示されているので見ごたえがあった。この後、北九州市立美術館で9月1日から9月23日まで。9月25日~10月6日までは、神戸海洋博物館で巡回展が開かれる・・・・・・・・。主催者で受付を担当していた人たちと記念写真。

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会場を人通り見た後、隣のカフェでお茶をごちそうになった。土日の入場者は一日で900人を超えたという。僕が行った日もすでに300人を超えていたので案外入場者が多いことに驚いた・・・・・・・。
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夕暮れの横浜港湾岸を歩いて桜木町駅の近くにある野毛町界隈の飲み屋街まで行った。軽く2軒ほど飲んで帰った。帰りの電車は、家の最寄り駅まで乗り換え無しで来れるようになったので安心して眠ってしまった・・・・・・・。

 

9日は午前中から沖縄の小橋川さん、岡山の高田さん、高松の寒川さんの3人で新宿、銀座の写真展巡りをしていた。僕は午後2時過ぎから銀座で合流した。銀座キャノンギャラリー、アートギャラリー、ニコンサロン銀座と廻った後、品川のキャノンギャラリーSで開催している野町和嘉写真展「バハル再訪」を見に行った。そして目黒のコスモスギャラリーで8月6日~11日まで開催していた「2013 第2回JPUモダンプリント展」に顔を出した。下の写真が会場。担当の坂本理事と荒谷会員と。左から高田さんと寒川さんと。高田さんは協同組合日本写真家ユニオンの会員でもある・・・・・。

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僕も入れと言うので。今回は僕は出品していないが、若い新人の女性会員たちが意欲的な作品を展示していたのが注目された・・・・・・・・・。
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染色家でデザイナーでもある橋本真智子さんと友人の奄美大島在住のUさん。伊勢丹新宿本館4Fのウェストパークでの展示場で。
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奄美大島から来たUさんは、中学校の教師。半年前までは徳之島で教鞭をとっていたという。パワーのある島の女性だった(右)・・・・・・・・。大島紬が良く似合う真智子さん。
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高松から来た写真家の寒川さんは2人の大学生の娘さんへのお土産にとカシミアのショールを求めていた。
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僕ら5人と彼女ら2人で合流して夕食に行った。お盆前の金曜日とあってどこもいっぱいで7人も入れない。いよいよ困って隠れ場所的な台湾料理屋へ行ったら空いていた。主人は僕を覚えていてくれて、紹興酒の古酒を一本プレゼントしてくれた。右は東京で働いている高田さんの息子さん。寒川さん、高田さん、小橋川さん、Uさん、真智子ちゃんと僕でした・・・・・・・。

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さらに飲まない高田さんを息子さんが送って行った後、新宿ゴールデン街の常連の店に行った。ちょうど友人が写真展をしていた。森山大道さんも時々お見えになるバーである。その店屋の前で記念写真・・・・・・。
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8月10日の朝から猛暑の中、都内で写真研究会「風」の例会が開かれた。10月31日からギャラリーシリウスで開催が決まっている第3回「風」写真展へ出品するための作品作りを中心に進めた。地方から高田さん、寒川さん、平元君、それにチベット建築研究者のOさんが長崎の軍艦島の写真を持ってゲストとして参加したので総勢10人と賑やかな例会となった・・・・・・・。

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会の終了後は、恒例の暑気払いと三軒茶屋のいつもの店に繰り出した。女将が特別にと手作りのキャラブキと人気の薩摩の芋焼酎・伊佐美を特価で出してくれた・・・・・・・。久しぶりに飲んだが円やかで旨かったのでたちまち一升が空になってしまった・・・・・・・・。
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夏の暑さ対策にとうなぎや刺身の旨いのをたくさん食べてご機嫌なメンバーたち。
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11日早朝に高松に帰ると言う寒川さんも、しみじみと飲んでいた。いま彼女が取り組んでいる作品は「杜氏・国重」という造り酒屋の杜氏さんだ・・・・・・
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最後にみんなで、写真展の成功を誓って乾杯をして解散した・・・・・・・・。 合掌
☆2013年 残暑お見舞い申し上げます。  みなさまのお心使いに感謝いたします。  日本お布施党 党首
・奄美大島の黒糖酒をはじめ鹿児島、アジアの食品多数 (鹿児島:Uさん)

 

8月9日は、広島に続いて長崎に原子爆弾がアメリカによって投下された日だ。今年で68回目のナガサキ忌がやってきた。心からの黙祷を捧げたい・・・・・・・・。  合掌

その前日である8月8日、写真家・丹野章さんの誕生日に、「丹野章さんの米寿を祝う会」が都内の琉球料理の店で行われた。よびかけ人は、丹野さんの一番弟子の熊切圭介さん、写真家の石川文洋さん、水越武さん、やはり弟子で沖縄在住の小橋川共男さん、それに僕の5人。猛暑日のなか92歳なられる日本写真界の最長老の芳賀日出男さん、「VIVO」のメンバーだった奈良原一高さんの奥様の恵子さんをはじめ、大勢の方々が出席していただき、心から感謝している。ありがとうございました・・・・・・・。  合掌

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呼びかけ人を代表してあいさつをする写真家の熊切圭介さん。学生時代に丹野さんのアシスタントをしていた頃のエピソードを懐かしく語られた。司会・進行は僕が務めた・・・・・・。
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会場となった琉球料理&琉球舞踊「座・みやらび」は、35人の出席者で満員に・・・・・・・・。
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祝辞を写真家・奈良原一高さんの奥様の恵子さんからいただいた。
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乾杯の音頭は、丹野さんの先輩になる芳賀日出男さん。写真の著作権運動を丹野さんが中心となって推進してきたことなどに触れた後、乾杯をした・・・・・・・。
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乾杯~!!☆☆
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丹野さんから出席した一人ひとりを紹介をしてた。そしてみなさんにお礼の言葉をのべた。丹野さんの代表作の一つである「サーカス」のオリジナルプリントを出席者一人ひとりにお礼に渡した。丹野さんの米寿のお祝いに出席した人たちから薩摩切子のグラスが、代表して初代日本写真家協会事務局長の清水光子さんから手渡された。

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丹野さんの教え子である東京新聞写真部次長の堀内さん(右)をはじめ参加したみなさん。
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右から熊切さん、小橋川さん、芳賀さん、丹野さん・・・・・・。
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チベットから戻ったばかりの烏里烏沙君が持ってきたカタを首に巻く丹野さん、奈良原恵子さん、桜井秀さん、並木すみえさん、宮崎から参加してくれた芥川仁さん、石川さん。
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丹野さんと芳賀さんと僕・・・・・・・・・。
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琉球舞踊を踊ってくれた江籠佐千代さん。
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崎山陽子さん・・・・・・・・。
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沖縄から駆けつけてきてくれた写真家の小橋川さん。写真学生時代の丹野さんとの思い出など語った・・・・・。
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閉会のあいさつは呼びかけ人でもある石川文洋さん。この日は長野の諏訪から駆けつけてくれた。文洋さんは丹野さんへの質問形式を取り入れてあいさつをした・・・・・・・・。
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丹野さんの若さの秘訣など次々と質問していった。それに応える丹野さん。「若さの秘訣は常に3人以上の女性と恋をしていること・・・・・・・・」などと明かすと会場は笑いに包まれていた・・・・・・。
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お店のママで琉球舞踊家の川田功子さんをはじめ門弟の人たちに囲まれて・・・・・・・。
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最後まで残っていてくれた人たちで記念写真を撮った・・・・・・・・・。
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記念写真を撮影している写真家の石丸幸一郎君と菱山忠浩君・・・・・・。
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2次会もそのまま「みやらび」でした。丹野さんを囲んで飲みなおす画家の美崎太洋さん(右から4人目)たち・・・・・・・・。
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左から僕と女将の川田功子さん、崎山陽子さんと丹野さん・・・・・・・。
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最後はまたしても美しい女性たちに囲まれて。右から並木さん、功子さん、陽子ちゃん、佐千代さん、この日、四国高松から来てくれた写真家の寒川真由美さん・・・・・・・。ご苦労さまでした。

☆会のために北海道の摩周メロンを送ってくれた水越武さん、岡山のぶどうを持ってきてくれた岡山から参加した高田昭雄さん、30年以上の泡盛の古酒とぐいのみの壷や焼きを持ってきた沖縄から参加した小橋川さん、仙台から宮城の地酒を届けてくれた佐藤浩視さん、17年物のウイスキーを送ってくれた横井滋治さん、紹興酒の古酒とヤクの干し肉を持ってきてくれた烏里烏沙君、備前焼の人間国宝・藤原雄作の杯を届けてくれた倉敷の写真家・中村昭夫さんの奥様・恵子さん、江戸切子のダブルグラスを送ってくれた遠藤英湖さん、お祝い金を届けてくれた紋谷さん、羽子田さん・・・・・・・・。皆さん本当にありがとうございました。   合掌

今日8月6日は、アメリカが広島に原爆を投下してから68年目の日だ。この一年間で新たに原爆病で亡くなったり、死亡者の氏名が確認された人は、5859人。これで広島に投下された原爆で亡くなった人は、28万6818人となった・・・・・・・・・。「過ちは二度と繰り返しませんから」ではとても済まされるような命の数ではない。改めて放射能被爆の恐ろしさ再確認した。広島の人びとが、福島の被災者たちに深い思いを寄せて支援活動を続けているのは、身をもって放射能被爆の恐ろしさを知っているからだ。核は人類にとってだけでなく、地球のあらゆる生命体にとっても「絶対悪」である。核兵器の恐ろしさ、それを持つことの愚かさを、ヒロシマから全世界へ、そして未来へ、伝え続けなければならない・・・・・・。 合掌

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野町和嘉写真展「バハル再訪」の会場、品川にあるキャノンSギャラリーは初日とあって来場者いっぱいだった・・・・・・・・。
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この日の主役、写真家の野町さんと写真家でもある榎並悦子さんご夫妻。僕は2人の結婚式にも出席している・・・・・・・・。
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夫妻そろってのあいさつは珍しいので、さっそく写真を撮ろうと集まった人たち・・・・・・・・。
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写真界の大御所的存在の写真家・田沼武能さんと写真家・熊切圭介さん。
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右から出席した写真家の松本徳彦さん、木之下晃さん、林義勝さん、榎並悦子さん、中村正也さんの代表作『野分け』のモデルをはじめ、大竹省二さんのモデルなど務めた俳人の片桐うららさん。「一滴」同人。
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左から写真家・齊藤康一さんと写真家・松本徳彦さん。
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右から何冊も野町作品を世に送り出している新潮社のK編集者。僕とも太宰治の本を出している。野町さん、林さん、木之下さん・・・・・・・・・。
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パーティを少し早めに切り上げて、8日に開く「写真家・丹野章さんの米寿を祝う会」の打ち合わせのために、池袋の琉球料理・みやらびへ寄った。
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この日はじめて出会った島唄者・草薙貴美さん。彼女は沖縄の八重山地方で10年間三線と島唄を習い、現在は都内を中心に三線ライブをしているという。旨そうにオリオンの生ビールを空けていたが、僕のために1曲歌ってくれた。哀愁を感じさせる美しい声であった・・・・・・・。今秋、みやらびでライブをやることが決定したという。応援したいと思っている。 背後に飾ってある写真は僕の撮影と、写真家・石川文洋さんの作品。

☆ 8月2日からはじまっている東日本大震災チャリティー企画「被災地の子どもたちへ」のオリジナル写真展(即売)に今回も出品している。第1回目は8日までだが、2回目は8月30日から9月5日まで銀座にあるフレームマンギンザサロンで開かれる。主な出品写真家は、大石芳野さん、織作峰子さん、森山大道さん、水越武さん、三好和義さん、竹内敏信さん、土田ヒロミさん、テラウチマサトさん、山岸伸さん、鈴木一雄さん、ハービー山口さんたち68人だ。現在活躍している写真家たちのオリジナルプリントが額装されて1万円~3万円で購入できるという超お得な企画展だ。売り上げは実費をのぞいて全額被災地の子どもたちへ寄付される。ぜひ、見に行って見てください。お気に入りの作品に出会えるかもしれませんよ~!☆

 

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8月3日は午後3時から川越で第31回「写真集団・上福岡」写真展の僕が講師で作品講評会がおこなわれることになっていた。数日前に届いた夏野菜をたっぷりと使ってごま油で炒め物ときのこ&青海苔入りパスタを作り、夏バテ対策にとしっかり食べて行った。
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8月1日から始まった第31回目となるこの写真展には、3日も次々とお客さんが鑑賞に訪れていた・・・・・・・。
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合評が始まる頃には、40人を超える参加者で会場はいっぱい。会員でない人たちもたくさん参加していた。
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19人の作品をひとつひとつみんなの前で講評をしていくのは、けっこう疲れる。1時間40分程で終わりにしたがその時はもうヘトヘトだった・・・・・・・・。
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僕の特別出品作品「ヒマラヤ古寺巡礼・神仏像左半面相」(ネパール国立博物館収蔵)の前で。
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今回の出品作品は合計61点。見ごたえのある第31回展にふさわしい写真展となっていた。真剣に話を聞く参加者たち・・・・・・・。
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この日参加した写真集団・上福岡のメンバーと記念写真を撮った。 (撮影:菱山忠浩)
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夕方から有志の参加者で会場近くの居酒屋で暑気払いと写真展の中間中締めのご苦労さん会を兼ねて一杯やった。会員でない人たちも参加して会は盛り上がった・・・・・・・。 (撮影:竹川義之)
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今回同時に併設して個展「にんげん曼陀羅」を開催した竹川義之会員。(カメラを構えている人)
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一瀬会員とゲスト参加の人と・・・・・・。
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左からベテランの川越山岳写真クラブ代表の利根川さん、栗原会員、やはりベテランの鈴木会員。
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いつも会をまとめて運営している第4代目「写真集団・上福岡」田中栄二会長と昨年会員になったばかりだが、いまや集団のホープの富田さんと・・・・・・・・。ご苦労さまでした。 後2日間がんばって~!☆

2013年  極暑 お見舞い申し上げます。 お心使いに感謝いたします。ありがとうございます・・・・・。 合掌   日本お布施党  党首      ☆博多明太子  福岡・Tさん

昨日から8月、暦の上では秋である。季語では文月、秋初月、涼月、盆秋、桐秋などとも言う。いかにも涼しそうな時候の名前ではあるが、実際の近年の日本は、半端でない猛暑日続きである。8月8日は二十四節気の一つである立秋だが・・・・・・・。

数日前に弘前の友人である鎌田さんから便りが来た。7月31日に新宿花園町にあるバー風紋で朗読会をすることになったので来ませんかという誘いであった。津軽ではお世話になったし、その後も東京でおこなった僕と水越武さんの合同出版記念会にもわざわざ出席してくれたことなどもあったので少し暑さが収まってきた夕刻になって出かけたのである・・・・・・・・・。

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鎌田紳爾さんは、足洗学園大学音楽学部声楽科卒。1885年からフランスに留学、パリ・エコール・ノルマル音楽院声楽科卒。ガブリエル・フォーレ国際歌曲コンクール入選。バリトン歌手として活躍中。現在、弘前学院聖愛高等学校教諭。
この日は津軽弁で軽妙な話をしながら太宰の作品『魚服記』の朗読をした。彼は津軽弁に訳した『走っけろメロス』(未知谷刊)の著者であり、CDでは朗読もしている。風紋は太宰治と縁のある店。この店で太宰作品を朗読できるのは何かの縁と引き受けたそうだ・・・・・・・。ギターを片手にシャンソンをフランス語で歌う鎌田さん。

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バー風紋は1961年創業だから、今年で創立52年になる。僕も以前に「中央公論」編集長や「東京人」編集長、朝日新聞論説委員などと時々この店に来ていた。もう二十数年前になるだろうか。この店には1960~70年代には、壇一雄、中上健次、色川武大、井伏鱒二などの作家、新潮社、平凡社、筑摩書房などの編集者たちが毎日とぐろを巻いていた。故に出版界では「文壇バー」として知られていたのだ。

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津軽の飲み屋で知り合いになったという俳優の角野卓造さんと鎌田さん。
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2009年の太宰治生誕100年の年に新潮社から発行した僕の著書『太宰治と旅する津軽』の担当編集委員のKさん(中央)と鎌田さんと・・・・・・・。今年の夏の甲子園に野球部の創部まもない彼が務めている弘前聖愛高校が青森代表で行くことに決まったのだと言う。それでいろいろと忙しくなって8月1日の午前中に青森の戻るといっていた・・・・・・・。

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バー風紋のママ、林聖子さん。今年で85歳、僕の母と同じ歳だ。太宰治の作品『メリイクリスマス』のモデルとして有名。少女時代には太宰にずいぶんと可愛がられたという(中央の女性)。右は出版社・未知谷の編集・発行人の飯島徹さん。朗読会が終わった後、鎌田さんとしばらく2人で飲んだ。その後は独りで久しぶりに新宿3丁目界隈で軽くやってから家路についた・・・・・・・・・・。

☆2013年 盛夏  全国の皆さまの心温まる贈り物に感謝申し上げます。 合掌  日本お布施党 党首

☆瀬戸内の魚、果物、野菜などたくさん  香川・Sさん  ☆ユーハイムのビスケット詰め合わせ  神奈川・Mさん  ☆白桃の箱詰め  岡山・Hさん

 

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