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[no.346] 2011年8月16日 上州の田舎へ墓参に行き、83歳の母や弟夫婦、釣りの仲間たちと久しぶりにのんびりと過してきた。故郷の山河は蒼く、空は高く、温泉は緩やかだった・・・・・・。

 

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僕の家の墓の前からの風景。一面広がるのはコンニャク畑。僕の原風景のひとつだ・・・・・・・。
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一番下の弟・勝三とまず、親父や祖父母らが入っている墓へ。盆前の12日に、母とすぐしたの弟・修二の嫁とが来て掃除をしてくれたので、とてもきれいだった。 感謝!
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夏の吾妻川の河原でやってきた恒例の収穫祭。その「あがつま清流倶楽部」の面々が、今年は榛名山麓の集落に夕方から集まってきた。急遽河原が使用できなくなり、メンバーの庭でのバーベキューとなったのだ。今年は新盆などが重なり参加したメンバーが少なく寂しかったが、それはそれ、飲み始めれば一気にそんなことは吹き飛んでしまうのがこの倶楽部の面々。一人を除いて後はみな僕の後輩にあたるが、この歳になるともうりっぱなオジサン連中である。紅一点の可愛い人は、フリィピンから嫁に来たみんなの”アイドル”エミ~ちゃんです。僕はこの倶楽部の正規のメンバーではないが、いつもゲストととして呼んでくれる。面と向かってはみんなに気恥ずかしくて言えないが、こころからありがとうと感謝している・・・・・・・。
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僕がこの会に参加して一番楽しみなのは、メンバーが釣ってきた山女や岩魚などを焼いたり、燻製にしたり、その場で骨酒を作ったりすることだ。みな釣り師だから料理はお手の物。それに地場野菜、故郷の手作り料理などがふんだんに味わえることだ(上の写真)。下の写真は、僕が魚は大好物だと連発していたら、弟の同級生のA君が2日後の15日に燻製にして届けてくれた岩魚と山女。形のいいのがそろっている。家が近所のK君も猟師なので撃った鹿の肉を届けてくれた。ありがたい限りである。 感謝・・・・・・。   合掌
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山間の夕焼けを肴に飲み始めた「あがつま清流倶楽部」の会も夜遅くまで続いた・・・・・・・。
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翌14日は、お袋が10年間以上、務めた四万温泉へ弟の勝三夫婦と出かけた。小さな共同湯だが、湯質が良く、空いている穴場の湯場へ行った。お盆の午後だから、幾等なんでもそれなりの混雑は覚悟していたが、写真の通り僕らだけの貸切状態だった。ラッキー。 実は前々日の12日の夕方も僕が好きな赤城山麓の湯へ連れってもらった。弟たちは夫婦でほぼ毎日、近くのいろいろな温泉へ浸かっているという。こうしたことが実は暮らしのうえでは最高の贅沢なのだ・・・・・・・。うらやましい。
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15日は朝の涼しいうちにお墓参り。小松家、そして母方の本家にあたる上田家の墓と。帰省のたびに墓参りは必ずしている。何か気持ちが洗われるような感覚になるのだ。町が見渡せる岡にある小松家の墓のある墓地をゆく日傘の母・・・・・・・・。
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上田家の墓の前で。  故郷では22年ぶりに駅前で盆踊りが再会された。過疎化と商店街の閉店が相次ぐ中で1889年以来、中止に追い込まれていた戦後すぐにはじまって町の復興と絆のシンボルだった盆踊り。この行事が大震災を期に復活することになったのだ。町にまだ避難している福島・南相馬市の住民100数十人も参加し、共に踊るという。僕も子どもの頃の思い出がたくさん詰まっている盆踊りの再会に拍手を送りたい。
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実家の ”門番” 五右衛門。全然役には立たないが、一応母を守ってくれているのだね。元気なことは間違いない。力がありすぎてみな散歩をやがるのだ。僕は帰省した時には日に1回は必ず散歩はしている・・・・・。
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実家の庭の一隅で。勝三と母と勝三の嫁の美香。 みな何時までも健やかに・・・・・・・・。

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