写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

[no.265] 2011年1月29日 写真スケッチ集「啄木への旅」の印刷立会いを終え、その後3つのモノクロ作品の写真展を巡った・・・・・ 。

 

昨日というよりも今朝方というか、サッカーのアジアカップ決勝のオーストラリア戦を一人興奮してテレビ観戦をしていた。先日の準決勝の韓国戦もそうであったが、やはり寝不足ぎみである。その寝不足頭でこのブログを書いているのだ・・・・・・。28日朝9時から江戸川橋にある印刷工場で、写真スケッチ集「啄木への旅」の印刷立会いのために家を7時半過ぎは出た。前の晩早く寝すぎたために、夜中の3時30分に目覚めて寝付けなくなってしまった。しかし遅れると現場の職人さんたちに迷惑がかかるので、とにかくそのまま寝ずに出かけたのだ。
立会いは順調に進み、ケースの印刷もふくめて午後1時半頃には終了した。デザインを担当してくれた塩崎君も駆けつけてくれた。彼は正午から撮影の仕事が入っているために昼前まで付き合ってくれた。印刷の上がりは思っていたよりも良い出来で満足だった。ミラーコートプラチナと言う紙に印刷したケースに傷が付きづらくさせるために、ニスを表面に塗ることにした。納品は2月10日の予定だ。盛岡の石川啄木記念館の山本玲子学芸員へ印刷がうまくいった旨、電話をした。喜びを伝えたかったのである・・・・・・。

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中途半端な時間に解放されたので、どうしようかと思ったかが写真展を見ることにした。最初に行ったのは、藤井英男写真展「風にふかれて モロッコ王国編ー郷愁の大地」。秋葉原のコダックフォトサロンで2月4日まで開催している。6X6版カメラでモノクロフイルム撮影した作品でプリントの仕上げも美しかった。藤井さんが会場にいたのでしばらくオリジナルプリントのことなどについて話した。次に秋葉原から神田小川町にあるオリンパスギャラリーまで歩いて行く事にした。はじめての道なので通り過ぎて、また戻ったりしたので、かれこれ1時間は歩いた。久しぶりに良い散歩をした気分だった。オリンパスギャラリーでは、後藤佳子写真展「サハリンの四季」というやはりモノクロフイルムで撮影した写真展をやっていた。まったく知らない作家であったが北井一夫さんに学んでいる人だった。僕も1997年の夏に稚内から船でサハリンのコルサコフへ上陸したことがある。ちょうどソビエト連邦崩壊直後で大変な時期であった。宮沢賢治の足跡を訪ねる旅であつた。今年5月にもまた取材に行く計画があるので、最近の状況を聞くことができればと思ったのである。彼女はこの4年間サハリンにかよい作品をまとめたというから交通手段の事もふくめていろいろ聞くことが出来た。

最後に向かったのは広尾にあるエモンフォトギャラリーの公文健太郎写真展「BANEPA」だ。2月5日までの開催。実は僕はこのギャラリーも作者の公文健太郎君も知らなかった。公文君の名前と作品の数点はどこかで見た記憶がある程度であった。先日、以前研究会に来ていたニューヨーク帰りの写真家・早川愛子がメールで「同じネパールを撮っているので覗いてみたら・・・・」と知らせてきたのだ。正直あんまり興味は湧かなかったが来て見たらなかなか良かったのである。モノクロ作品でプリントの仕上げも丁寧だった。僕も何度も行ったことがあるバネパという交通と物流の要所の町で、いつも騒がしく埃っぽいイメージだった。僕はカメラを向けたことがなかったし、いつも通り抜ける町でしかなかった。それを彼は、知り合った一人の少女を中心に追いかけることによって町の展開を変えた。その少女が成長し大人になって、バネパの洋服屋さんへ嫁いで行き、そこにしっかりと根をはって生き抜いていく姿を通して町を見つめているのである。僕の知らなかったバネパの町を切り取って見せてくれた。公文君はバネパに部屋を借りて長期滞在することによってこれらの作品をしあげたという。まだ29歳という若さがまぶしくも見えた。

友人の写真家・本橋成一の作品世界に似ているところがあるな~と思っていたら本橋さんのところで助手を4年間して、プリントなど徹底して学んできたという。彼がはじめてネパールの地を踏んだのは10年前の高校生の時だった。写真もなにもよくわからなかった時に、僕の写真集『雲上の神々 ムスタン・ドルパ』と出会いすごく学んだと笑顔で僕に言った。僕はちょと驚くとともにうれしかった・・・・・・。帰り間際に「荷物になりますが・・・・」と言って彼の近著『BANEPA ネパール邂逅の街』(青弓社)と『ゴマの洋品店 ネパール・バネパの街から』(偕成社)の2冊を袋に入れて差し出した。僕はありがとうと言って受け取った。そして「今度『ヒマラヤ古寺巡礼』送るよ」と言ってギャラリーの玄関まで見送ってくれた公文君と固い握手をして別れたのだった。久しぶりの正統派の若手写真家の出現がとてもうれしく思えた・・・・・・。

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朝早かった上に印刷立会い、そして珍しく都内を歩きまわったこともあって疲れ果てた。恵比寿駅前の以前には良く通っていた「日本一の焼き鳥」が看板の店に寄ってみた。ここにはネパール人がたくさん働いていて、帰国したいまでも僕がネパールへ行くと必ず会う友達も多い。軽く一杯やって地元に戻り、駅前の常連の居酒屋「三福」へ寄って夕飯を食べた。あんまり僕が疲れた顔をしていたらしく、看板娘の直ちゃんが心配してくれた。大将も女将も僕の傍らに来てくれて「先生早く帰ってゆっくりとこれでも飲んで休んでくださいな・・・」と三福オリジナル芋焼酎を持たせてくれた。人のやさしさはありがたいものですね・・・・・・。 合掌

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