写真家 小松健一・オフィシャルサイト / Photographer Kenichi - Komatsu Official Website

2009年11月14日 生きとして生けるものの未来へ・・・サルガドの「アフリカ」、御酉様、チベット、そしてホームレスの人々の群れ。

久しぶりに会った精神科医のHを誘って、品川のキャノンギャラリーSで開催されている長倉洋海写真展「シルクロードー人間の貌」を再度見に行った。日々仕事で疲れている彼女にとっては、長倉の撮った子どもらの澄みきった瞳は、癒されるのではと思ったのである。その足で東京都写真美術館へ行った。セバスチャン・サルガドの「アフリカ」と「旅 異邦へー日本の写真家たちが見つめた異国世界」を見るためだ。サルガドとは日本写真芸術専門学校校長の藤井秀樹さんの紹介で、一度会い、写真を撮らせてもらって固い握手をしている。現存する世界の写真家のなかで、僕が最も注目している写真家の1人である。何度もみている作品も、現在、彼が取り組んでいる「最後の大プロジェクト」のシリーズ「GENESIS/起源」の作品も圧倒的な迫力で見るものに訴えかけてくる。混雑していた会場内にあっても、息を呑むような静寂さが支配していた。


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別会場で開催されていたもうひとつの写真展「旅 異邦へ」も木村伊兵衛、名取洋之助、渡辺義雄、奈良原一高、川田喜久治さんなどの作品を興味深く見た。特に渡辺さんの「イタリアより、1956年」は印象に残った。先生の新しい側面を垣間見た気がした。外に出るとXマス用にデコレシーョンされたイルミネーションの木々に、木枯らしが吹き抜けていた。ブログ用にと撮影していると「よーお、小松ちゃん」と暗闇から声がした。びっくりして振り返ると渡辺義雄先生の教え子であり、お弟子さんでもあった木村恵一さんがいた。そこで一杯やろうと言うので目の前のビヤホールでご馳走になった。何故か写真家の末路についてしみじみとした話になった。


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下町の江戸っ子を自認する木村さんに言わせれば、「鬼灯市は愛宕が本家本元でいい、ぜひ行ってごらん。浅草は後で始まったので観光化されすぎてね・・・・・」だそうだ。何故、こんな話になったのかといえば、僕の親父は神田生まれの神田育ちだが、祖母の実家は、愛宕山の麓にあった大きな魚屋さんであったと言う。祖母の生前中に「昔は賑やかでね~健ちゃん。店に越後からよく行商に来ていたお祖父さんと出合って一緒になったんだよ~」と威勢のいい声で話してくれたものだった。そんな話を少し木村さんにしたからである。ちなみに祖母は94歳まで生きてその人生を全うした。前置きが長くなったが、この日はお酉さまの一の酉。僕は師走を前にしたこの市が好きで、東京にいれば必ずといっていいくらいに足を向けている。年によって浅草の大鳥神社の時もあれば、新宿の花園神社の時もある。こちらには今やすっかり珍しくなった見世物小屋の興行も境内でやっている。何しに行くのかと言えば別段目的は無い。ただその人混みの中に身を置いて人々の声を聴いているのが楽しいのである。翌日は上野の森美術館で開かれている「聖地チベットーポタラ宮と天空の至宝」展を見に行った。肌寒い上野の森には数百人のホームレスの人々が集まって震えていた。世界でも有数の経済大国の大都で、聖地とは程遠い光景が現実としてそこにはあった。

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