湯河原・天野屋の玄関へと続いていた赤い橋。現在は通行止めとなっている。藤木川の右手に往来の面影を伝えた木造の天野屋はあった。漱石は『明暗』の主人公、津田と謎の女、清子と邂逅のドラマをここ天野屋で展開させたのである。
太宰治が壇一雄らと昭和10年の秋に遊んだ湯河原温泉へ9年ぶりに訪れた。以前は、写真研究会のメンバーたちと合宿で度々訪れていたが、その変貌ぶりにはただただ驚くばかりであった。少なくても10年ほど前には、まだ文豪・夏目漱石や島崎藤村、山本有三らが好んで逗留していた頃のたたずまいが、あちこちに感じられて山の温泉町の風情があったものだった。何よりも驚いたのは、漱石の名作『明暗』の舞台として知られる天野屋が跡形もなく消えていたことだった。他にも由緒ある歴史的な名旅館がいくつも廃業となって野ざらしになっていた。そして空いた土地には、決まって高層リゾートマンション。しかし、地元の人に聞くとほとんどが売れ残っていると言う。
あまりの虚しさにカメラを向け、取材する気にもならなかった。そうしたら深夜、水嵩の増した藤木川の音を聞いているうちに突然、句心がふつふつと湧いてきて、一気に22句詠んだ。・・・・そんな駄句までも、と言われるのを覚悟で、ここに僕のその時の心情のひとつの記録として残すこととする。ちなみに僕の俳号は、「風写」。加藤楸邨の弟子の俳人・石寒太さんが付けた。僕の俳句の先師は、高島茂さん。戦後の日本俳壇史のなかに歴然とした存在感を示している「ばん焼き ぼるが」の主人であり、俳句誌「のろ」の創刊者で、現代俳句協会賞なども受賞している俳人である。また後日、俳句の事についてはいろいろと書くこともあるので今日のところはこのへんで・・・・・・・・。
「五 月 行 」・・・・・・・・小松風写
うたたねし青年の車窓夏岬 風過ぎて青胡桃二つ落ちにけり
逃避行似合ふ濃い目の炭酸水 もののけの棲む万緑の風の森
眉に迫る山滴りて昼餉かな 昼下がり宿に迎えし白蛾かな
夏の瀬に背向けてゐる腕枕 蚕豆飯土耳古石のように並びをり
野天の湯早桃ひとつ朽ちにけり 竹の皮脱げし朝に爪を磨ぐ
栗の花匂ふシーツや注射針 親しげに声かけてくる山蚊かな
露天風呂頭上に夏の蜂光る 紫陽花の中に隠れてかくれんぼ
血を分けてやりし昼の蚊低し飛ぶ 新緑の峪に木霊すアべマリア
フランス映画観つつ髭剃る夏始 温泉街貫いてゐる夏の川
朝食の真鯵に碧き海のあり 漁師の皺深く刻みし夏の潮
夏海へ若き漁師の声とほる 根府川駅ホームは夏の海霧かな
深浦港 湯河原には、何年か前まで東京で企画会社をしていた友人の佐々木幸寿君がいる。彼は、結婚をして子どもができたのを機に、縁も所縁もない湯河原町福浦港にやって来て住み着いた。現在、「天恵丸」と子どもたちの名前からとった船を操り、漁師をしている。捕りたての鯛を捌いて一杯やったが、何とも旨かった。一本釣り、釣船、海洋観光にはぜひ、ご利用を。いい海の男です。
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